あとがき

松田 有紀子
(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程・日本学術振興会特別研究員)

■執筆の発端
 本報告書は、立命館大学先端総合学術研究科公募研究会「歴史社会学研究会」の研究会メンバーを中心に執筆された。活動内容についての詳細は、立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点ホームページ内、「歴史社会学研究会」http://www.arsvi.com/o/shs.htmを参照されたい。
 本研究科は、インターディシプリンな研究拠点であることを旨とするため、さまざまな学問分野に所属する学生が在籍する環境にある。そのような場に共通項として現れるのが歴史叙述の問題である。人文・社会科学領域において、研究対象となるテーマやフィールドの変化を語る時、当然に歴史軸を意識せずにはいられない。2008年に、本研究会を立ち上げるに関わったメンバーの専門分野は、歴史学ではない。しかしながら、いずれも、ある対象について分析するなかで、否応なしにいかに歴史を叙述すべきか、という問題に直面することになったメンバーであった。歴史をどのように叙述すべきか、という問題については、歴史学のみならず、社会学、社会福祉学、人類学、経済学、政治学など、複数の学問分野で模索が続けられているが、「王道」のメソッドが存在しているわけではない。研究対象や、書き手の専門分野、そして問題意識によって、ふさわしい叙述のあり方は変わりうる。そのため、本研究会が立ち上げられまでは、それぞれが手探りで、この歴史叙述の問題に向き合ってきた。
 「歴史社会学研究会」は、このような背景のなかで設立された。前述のとおり、歴史叙述に関わる分野は多岐にわたる。研究会の立ち上げにあたり、われわれは、このなかで歴史社会学と呼ばれる分野に注目した。その理由は、歴史学以外の分野であり、かつ歴史を叙述することを前提とした学問であるという点と、歴史学と社会学という2つの分野の融合を目指す学際的な分野であるという点にある。そのため、本研究科において、歴史叙述をどう扱うかという問題を考える上で、重要な参照点となりうると思われた。「歴史社会学」を専門とするメンバーが一人のみ(櫻井悟史)であるにもかかわらず、研究会の名称が「歴史社会学」研究会であるのは、こうした理由からである。
 したがって、本研究会の目的は、歴史社会学の定義の確立や歴史社会学の方法の一般化ではない。歴史社会学を実践する諸文献を学際的に読み解くことで、そこで示されている歴史叙述の手法を、それぞれの学問分野にどのように応用できるのかを探求することにある。そのため、本報告書の執筆にあたっては、学際的な研究において歴史叙述をどう扱うか、という共通する問題意識のもとに、研究会の内外から、専門分野を異にする執筆者が集まることになった。その意味で、本報告書は本研究科の学問環境ならではの成果であるといえるかもしれない。
 これまで本研究会では、月1回のテキストの輪読会を行ってきた。ピーター・バーグ『歴史学と社会理論』(佐藤公彦訳、2006年、慶應義塾大学出版会)や佐藤健二『歴史社会学の作法』(2001年、岩波書店)などをとりあげることで、歴史社会学の理論枠組みについて学んできた。同時に、シーダ・スコチポル『失われた民主主義──メンバーシップからマネージメントへ』(河田潤一訳、2007年、慶應大学出版局)やセルトー『ルーダンの憑依』(矢橋透訳、2008年、みすず書房)、そして雑誌『アナール』論文といった異なる専門分野のテキストをとりあげ、異なる分野における歴史叙述の実践例について学ぶことで、輪読会でとりあげた歴史叙述の手法を、研究会員の個々の研究にどう活かすかを検討してきた。
 くわえて、2009年および2010年度には、歴史社会学を専門としておられる講師をお招きして、公開研究会を二度に渡り開催した。公開研究会は、実際に日本国内で歴史社会学を実践しておられる研究者をお招きし、方法論や問題設定などについて、直接質問をさせていただく場として企画された。詳細については、「歴史社会学研究会」のページをご覧いただきたい(http://www.arsvi.com/o/shs.htm#l3)。この成果は、本報告書に掲載されている。
 2009年度には、立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点との共催で、公開研究会「歴史社会学の方法論」を開催した。講師としてお招きしたのは、本学産業社会学部准教授で歴史社会学・メディア史を専門分野とされている福間良明先生である。本研究科の天田城介先生にコーディネーターをお願いした。司会は「歴史社会学研究会」代表の櫻井悟史がつとめた。「歴史社会学研究会」では、事前に福間先生のこれまでのご著作・論文について講読会を行い、同公開研究会では各人が指定質問をさせていただくという形をとった。
 2010年度には、「インターディシプリンな歴史叙述」と題した公開研究会を開催した。講師として明治学院大学社会学部准教授で、歴史社会学・地域社会学をご専門とされている石原俊先生をお呼びした。この際は、ご著作の『近代日本と小笠原諸島──移動民の島々と帝国』(2007年、平凡社)を中心に、輪読会を事前に行い、当日は同書の内容から、各人の関心に則った指定質問をさせていただいた。
 両先生とも、歴史社会学の方法論のみならず、ご自身の院生時代の経験や、現在の研究対象に出会うに至った学問的環境などについてもお話くださった。われわれの拙い質問にも、丁寧にお答えくだるとともに、愛情あふれる叱咤激励もいただいた。
 このような、歴史社会学研究会における蓄積を踏まえて執筆されたのが本書である。執筆者それぞれの研究背景や専門分野は異なるが、複数の異なった視座による歴史叙述を呈示する本書が、われわれと同じ問題に悩む読者の助けとなれば幸いである。

■謝辞
 最後になりましたが、本報告書を作成する上で、歴史社会学研究会の教員責任者であり「生存学」創成拠点の事業推進担当者である天田城介先生、編集進捗に際して、きめ細やかなサポートをしてくださった生存学研究センター事務局の佐山佳世子さん、荒堀弓子さん、「生存学」プロジェクトマネージャーの片岡稔さん、そして生活書院の高橋淳さんに、編著者を代表して、深く感謝いたします。
 そして、ご多忙にもかかわらず、公開研究会の講師をお引き受け下さり、講演録の掲載を快諾してくださった福間良明先生ならびに石原俊先生に重ねて深く感謝致します。