第10章 難聴者、中途失聴者への支援

第三部

第10章 難聴者、中途失聴者への支援

高岡 正

 皆さんこんにちは。ただいまご紹介をいただきました、高岡です。
 今日のシンポジウムのテーマが「聴覚障害者の情報保障について」となっていますが、非常に幅が広いので、キーワードとして、「障害者の権利条約」をおきたいと思います。
 それは、現在内閣府で「障がい者制度改革推進本部」の会議が、毎月2回開かれていまして、4月からは毎週開くような話もありますが、障害者の問題について非常に幅広い内容にわたって議論をしています。
 お話する前にちょっとお伺いしたいのですが、障害者権利条約の条文を見たことがある方、読んでいるとまででもなくとも見たことがある方、半分ぐらいか半分ちょっと欠けるくらいですね、わかりました。
 私は、難聴者中途失聴者の問題についてお話したいと思いますが、皆さんは聴覚障害者と言った時に、どんな人を想像されますか。
 全く聞こえない人、手話で話しをする人、うちのばあちゃんはちょっと耳が遠いけれどやはり聴覚障害者っていうのかな。いろいろお考えになると思います。
 日本の障害者福祉施策では、聴覚障害者っていうのは聴力デシベルで決まっています。
 両方の耳の聴力レベルが70デシベル以上になると身体障害者手帳の6級ということになりますね。6級から2級までありますが、成人の聴覚障害者は34万1000人、30万人ちょっとです。
 ところが、補聴器販売店協会、難聴者をマーケットとしてみて商売をしている人たちは、難聴者人口は1900万人と言ってます。これは、3000人だかのサンプル調査をして、その結果、人口に対する割合をはじいて、難聴者人口は15%という数字が出たそうです。
 人口1億2000万にかけ合わせると1900万人、1940万人という数字が報告されています。
 その中で、補聴器を使っている方、あんまり使わない人も含めて、470万人、人口の3.7%です。
 それから、データは重複しますが自分が聞こえないと自覚している難聴者は570万人。
 自分ではわかっていないけど、他の人から見たらどうもちょっと聞こえてないな、耳が遠いんじゃないのか、そういう方は920万人。人口の7.2%もいます。
 そうした方々を合わせて、難聴者人口1900万人という数字が出ています。
 なんで私が、ここで、こんな1900万人という数字を出したかっていうと、非常にたくさんの難聴者がいる、難聴だとほとんど自覚してない人達もいる。でもこの人たちは障害者だ、社会できちんと支援を受けるべき障害者だということをいいたかったわけです。
 障害者権利条約で障害の定義というのは、どういうふうになっているかと言いますと、障害者権利条約は人権条約です。
 今まで基本的人権を守る条約が幾つもできていますが、それらをすべて踏まえた上で、障害のある人、すべての人のすべての人権、基本的自由を完全かつ平等に共有することを第1条の目的に書いてあります。
 すべての人です。障害のあるすべての人。障害者権利条約を読むとわかりますが、障害の種類について書いていません。聴覚障害とか知能障害とか車椅子とか何も書いてありません。それから重度、軽度とか障害の程度についても書いてない。
 つまり、日本でいう障害という見方は障害者権利条約ではもっと幅広いものです。内部障害も入りますし、一時的に病気になった人も妊婦の人もすべて障害者というカテゴリーに入ります。
 これの前文のいい意味ですね、機能障害のある人と社会の理解と制度の障壁との相互作用の障害として現れるって書いてあります。
 どういうことかというと、機能障害とかは聞こえない、見えない、手が動かないいろんな機能的な障害である。でも、その人が持ってることが障害ではなく、その人が社会の中で理解が不十分だったり、あるいは制度が不足していたり、あるいは実際のバリアーがある、それらにより「障害」というものが発生するということです。
 その障害は本人、機能障害を持っている人がいるからの障害ではなく、社会の中できちんと受け入れられないから障害となる。つまり社会モデルというとらえ方をしています。
 二つ目に、ほかのものと、平等を基準にして社会に完全かつ効果的に参加することを妨げる、完全に参加する。完全に参加することを妨げるのが「障害」なんですね。ですから障害は、聞こえない障害を持っている人本人ではなく、社会の側にあるということを障害者権利条約はいっています。
 そこで、難聴者など、などとは難聴者と中途失聴者のことですが、三つの問題があります。
 一つは、自分で難聴を自覚していないが周りの人は気が付いてるという人が多いということです。二つ目に、そうした人々がほとんど支援を受けていない。受けていないどころか誤解とか差別を受けている。
 今日私ここへ来る途中、タクシーの運転手さんと話したんですけども、
 「どちらへ行かれるんですか。」
 「立命館大学です。」
 「へえ、お休みなのにご熱心ですね。何か勉強されるんですか。」
 「いや、一般の方々に、難聴者の問題を話しに行くんです。」
 「そうですか、私の母も難聴でね、随分聞こえなくて困ってるんですよ。」
 一般の人にも、難聴である人がいることは知っているのです。でも難聴であるおばあさんとかおじいさんに対して理解があるとは言えない。
 タクシーの中で高齢者の難聴っていうのは高い音が聞こえないんです、だからお孫さんの声とかねお嫁さんの声とかは聞こえないので、おばあちゃんは、「お箸を取ってください」と言われたときにお箸の「はし」とか高い音は聞こえない、でも「ください」は聞こえます。ですから、おばあちゃんは、「何とかをください」っていうのは分ったけれど、「何とか」は分らなかった。
 そういう話をして、おばあちゃんは本当は自分は聞こえないんだけど、なんで聞こえないのかわかってない。周りの人もわかってない。
 ふつう、家族の方は、「おばあちゃんたら、何度呼んでもわかんないんだから」と言います。おばあちゃんが悪い、自分は悪くない。おばあちゃんを差別してるのですね。
 まあ、そういうふうに支援を受けてない、理解が進んでいない。
 三つ目は、ではそうした難聴の人々が利用できる社会資源、サービス、制度といったものがほとんどないということです。
 これについてはあとで述べたいと思います。
 なぜ理解が得られないのかということですが、一つは、感覚の障害だからです。聴覚っていう、頭の中で耳でなくて脳で聞いているわけです。耳は単に音を集め、電気信号に変えて、脳の細胞に送ってるだけです。また感覚の障害なので、言葉で説明しにくい。
 で、今日食べたお昼の弁当、とても美味しかったですけれども、どのおかずがどういうふうに美味しかったのか説明できません。あのお豆腐美味しかったですよ。あのお味もよかったです。それ以上に言葉で説明できるものも私は持っていない。
 だから、聞こえないと言ったときに、どういうふうに聞こえているのか、何がわかって何がわかってないのか自分で説明できない。
 それから、よく言われるように、脳がどういうふうに理解してるのかっていう話なので、外見でわからないですよね。
 聞こえてるとか聞こえてないとか、聞こえてる人なのか聞こえてない人なのかも、わからないのです。
 それから二つ目にコミュニケーションの障害。つまり自分1人でいる時は、障害っていうのはあまり発露しない。でもだれかと話しをする、あるいは誰かがノックする。すると、ノックの音の信号がわかればノックと自分とのコミュニケーションが発生するんですけども、そのコミュニケーションの成立してることが自分で確認できない、確認しにくい。
 話をしていて、今の話に自分の理解が相手とちゃんと合ってるかどうかっていうのが確認しにくい障害です。
 それから三つ目が多様である。非常に千差万別です。
 私は生まれた時すぐ高熱が元で聞こえなくなった難聴者です、まあいわばネイティブの難聴者です。でも、中には、人生の途中で、病気になったり事故で聞こえなくなった方もいる。
 私は、補聴器と人工内耳を使っています。補聴器も使ってない難聴者もいます。私は手話がまあちょっと手話が出来る。手話ができない難聴者もたくさんいる。まあまあちょっと声が出る、なかなか声が出ない人もいる。
 というふうに、難聴者は非常に多様性があって、その一人一人に対応するのが非常に困難な障害なんですね。
 ちょっと例えが悪いですがここにスロープがありますから、車椅子の方はここまで上がってこられるようになっている。一回作ってあれば来年も大丈夫、五年先も大丈夫だと思います。
 でも、難聴者は、私は字幕と手話、磁気ループが必要。松本さんは手話が必要。対応もまちまちなんですね。
 で、その聴覚障害は情報コミュニケーションの障害だとよく言われます。
 コミュニケーションの障害っていうのは、自分の話していることが相手に伝わる、相手の話が自分の中で、頭の中で理解する、ということだと思うんですけれども、それは話の中身がお互いに理解し、ある知識とか考えとか行動とかになると思いますが。
 聞こえないコミュニケーションの障害は、どうしても言葉、言葉の伝達に歪曲されているという気がします。
 ですから、情報保障、コミュニケーション支援といったときに、私の声をそのまま文字にすれば伝わる、そのまま逐一手話通訳すれば伝わる、と思っている嫌いがあります。
 嫌いがあるというのは、必ずしもそうではないということですね。
 聞こえないというとふつう皆さんは、物理的に対応されるんです。どういうことかというと、大きい声でしゃべる、ゆっくりしゃべる、あるいはぜんぜん聞こえないと筆談する。
 こないだ飛行機に乗りましたけど、ある航空会社のカウンターの人は筆談してくれました。
 聞こえませんって言ったら筆談してくれる。
 でも、本当は、聞こえないという障害はそういう言葉のやりとりだけではなく、関係性の障害、つまりコミュニケーションすることによって人との繋がりが築きにくい、築けない障害です。
 私の会社では隣に上司が座っています。それは、私が就業中何してるのかを調べるためではなく、話がしやすいようにと隣に座ってくれているのですが、私と上司とのコミュニケーションがうまくいかないと、私がどういう人間かということが会社の課長とか他の役員に伝わらない。
 私も課長を通じて社長と仲良くなりたい、私の考えたアイデアを採用してほしいといったときに、課長との関係が悪かったら、私のアイデアが社長まで行かないのです。
 ですから毎日のコミュニケーションというものは、人と人とのつながり、社会とのつながりっていうのを繋ぎあげるということなんですね。ですから、聞こえないというのは聞こえないだけではなく、そのコミュニケーションをもとに、いろんな人との繋がり、相手との関係の繋がりが築けないってことの障害だってことを忘れてはいけないと思います。
 その結果、聴覚障害は情報コミュニケーションの障害だけではなく関係性の障害でもあるということが理解されても、自分の存在意義、自分が聞こえないのになぜ生きてるのか。自分はここで何をしなくちゃいけないのか。何のために生きてるのかというアイデンティティーに関する疑問が起きるのです。
 それから、自尊感情が起きにくい。自尊感情というのは自分に対する自信ですね。
 自分は何かするために生きていていろんな能力を持っている。自分は1人の人格を持ってる人間であるっていうことについて自信を持てなくなる、そういうような障害に繋がっていくと思います。
 で、これから先の話は政策と施策に関する話なので、この後のパネラーの皆さんの話の後にまわしたいと思いますが、難聴という障害は実は世界共通です。
 2週間前私、アメリカに行きましたが、アメリカは「ADA」という障害者の差別を禁止する法律が20年前にできています。その全米難聴者協会の理事長さんとお話したときに、ADAが20年たっても難聴者にとってフルアクセスがない。つまり、まだ完全な参加、平等というものが実現していないってことを言われました。
 なんでかと聞いたところ、それは難聴者の多様性、ダイバーシティがあるからとおっしゃっていました。難聴者が非常に多様なので雇用している企業に対しても社会に対しても説明と対策が大変。いろいろ違う状況に合わせたいろいろな違う対応を説明して理解してもらうってことが大変だと言われていて、そのことが非常に私の印象に残った言葉です。
 またあとで続きをお話したいと思います。
 どうもありがとうございました。

[報告資料]

シンポジウム「聴覚障害者の情報保障を考える」
2010年3月22日(月)10時より15時45分まで
於:立命館大学衣笠キャンパス創思館1階カンファレンス・ルーム

パネルディスカッション「障害者権利条約下におけるコミュニケーション支援の課題」

「難聴者、中途失聴者への支援」
高岡 正 (たかおかただし)
全日本難聴者中途失聴者団体連合会 理事長

1.「聴覚障害者」とは?
   難聴者人口は、1900万人!人口の15%
    補聴器装用者470万人、自覚していない人920万人
  ◆聴覚障害者(ろうあ者、難聴・中途聴者)約34.3万人
  ◆補聴器の使用者約470万人(人口の3.7%)
   *殆ど使用しない人も含む
  ◆自覚のある難聴者約570万人(人口の4.5%)
  ◆自覚のない難聴者約920万人(人口の7.2%)
   (日本補聴器販売店協会提供資料)

   障害者権利条約:機能障害を持つ人々と社会の理解とバリアーとの相互作用の結果

2.難聴者等の抱える問題
  ・難聴を自覚しない人々
  ・ほとんど支援を受けていない
  ・利用可能な社会資源の不足
  ※なぜ、理解が得られないのか?

3.聴覚障害は情報・コミュニケーションの障害だけではない。
  ・ コミュニケーションの障害
  ・ 関係性の障害 ⇔ 情報・コミュニケーションの欠如
  ※存在意義のへの疑問、自尊感情が育ちにくい、社会資源の不足

4.難聴者等への支援のあり方
1 聴覚に障害のある人が必要とする「多様性・専門性」に答えられる支援につい  て考える。
2 身体障害者手帳を持つ人に限らず、難聴者や難聴の自覚のない難聴者も含め「広  く聴覚に障害のある人に支援対象を拡大」して、求められる支援について考える。
  聴覚障害者の情報コミュニケーション支援のあり方に関する勉強会」報告書     2008年3月

5.難聴者等への支援の内容
 ・情報保障 情報バリアフリーの社会
 ・コミュニケーション支援 対人援助を伴う意思疎通の仲介
   「権利擁護」「通訳」の意識をもった支援者
 ・社会生活力※の獲得、向上 =エンパワメントの重要性
  ○難聴者当事者支援事業 社会生活力の獲得※
  機能訓練+生活訓練事業として実施する。
   例)中途失聴者、難聴者のための手話講習会、読話講習会など
   例)難聴者、中途失聴者コミュニケーション教室
   例)難聴者手を動かす会(東京都中途失聴・難聴者協会)

障害者自立支援法「相談支援」
  ○難聴者対応相談支援事業
   難聴者等の悩み事、相談は非常に多い。
   誰が対応していたか。
   要約筆記サークル、難聴者協会等の他、ろう協会、情報提供施設にも
   ⇒ きちんとした対応の出来る相談支援員を養成、配置、研修。 
   ⇒ 都道府県相談支援事業→市町村の相談支援事業支援
     例)東京都心身障害者福祉センターの中途聴覚障害者の研修事業
       2009年11月18日

※社会生活力
・リハビリテーション・インターナショナルRIの定義(1986年)。
・社会生活力とは、さまざまな社会状況の中で自分のニーズを満たし、一人ひとりに可能な最も豊かな社会参加を実現する権利を行使する力を意味する。」
・=自分の身体的、知的、精神的な力を発揮出来る力を身につけること