まえがき

松田 亮三(立命館大学大学院社会学研究科 教授)

 日々の生活のあり方、そして社会のあり方と健康がどれほど深くかかわっているか、この20年間の社会疫学の展開はそのことをますますはっきりと示しつつある。しかし、所得や職業が健康を規定し、ことなる階層間に格差をもたらしているとすれば、社会はそれにどう立ち向かえばよいのであろうか。そしてそのとき、なぜ立ち向かうのかという問いにどう答えるのであろうか?この問いは、障老病死を取り扱う生存学にとっても─とりわけ分配のあり方と関わるという意味で─避けては通れない課題の一つだと思われる。
 このような課題について、英国・米国から研究者を向かえて議論する場として、2008年3月6日に国際シンポジウム「健康、公平、人権:健康格差対策の根拠を探る」が立命館大学衣笠キャンパスで開催された。本報告書はこの主題についての議論をさらに展開していくために発行されるものである。
 米国のジェニファー・ルーガー氏は国際保健の実践から出発し、現代規範哲学の展開をふまえて健康権の理論的根拠づけに取り組まれてきた。そして、英国のアダム・オリバー氏は経済学をベースに学際的な健康格差の検討を組織してこられた。
 気鋭の研究者である両氏をお迎えして行われた企画は、健康格差に関わる原理的な議論を含め、全体に熱のこもった議論が行われた。ルーガー氏はエール大学からの衛生通信による参加であったが、時差と距離を越えた活発な議論が行われたことは特記しておきたい。
 この企画が実り多いものとなったのは、急なお願いにも関わらず快くコメントしていただいた後藤玲子氏、高山一夫氏、青木郁夫氏、司会を務めていただいた山本隆氏によるところが大きい。記して感謝申し上げる。
 本報告書は当日の記録そのものと当日の議論をふまえて書き起こされた原稿の両方が含まれている。その意味では当日参加された方にも改めてお読みいただければ幸いである。