終章 質問集

終章 質問集

1.インタビューに関して

Q:インタビューの語り手と聞き手の関係によって、語れるものと語れないものがある。自身の語りを質的分析法で分析してもらうと、このようなことを語っていたのか、とあらためておもった。インタビューと分析をもっとうまくしたい。
うえの:これまでの聞き取り調査では、どれほど宝の山を持ち腐れていたかに気づくでしょう。質的分析法では、データを絞りとれるだけ絞って、絞りカスになるまでデータを分析しぬくことが大事です。

Q:インタビューのとき、とても集中力がいる。
うえの:あたりまえです。語り手は聞かれないことには答えませんから、事前に調査設計をきちんとしておくことと、現場で二次的、三次的な派生的質問を繰り出すことが大事です。

Q:1人にインタビューしたとき、関係のない語りで…。
うえの:関係のない語りだと誰が判定するのか?聞き手が関係ないと思っても、語り手にとっては意味があるから語っています。データに語らせることが大事です。

Q:目下、10人以上のインタビューを行なっている。このとき論文でケース分析を書くときは、自分の問いの設定に近い人のケース分析を取り上げるというのでいいのか?
うえの:その際、分析者がケースそれ自体をどう位置づけているかが問題です。例えば、典型例か逸脱例か、メリハリが必要。集めたケースをだらだらと全部だす必要はありません。典型例が6事例あったとしてケース分析はその中から1事例のみ記述し、それに加えて逸脱事例を1事例入れると発見が増えます。

Q:いろいろと話せない場合どうするか?
うえの:訓練で、インタビュースキルをバージョンアップしてください。

Q:挑発型としゃべりすぎは違うのか?
うえの:違います。なぜ違うかというと、挑発型は、相手の答えから二次的、三次的に引き出された問いをたてているからです。読んで判定してください。

うえの:インタビューとは、ほんらい不自然な場の設定です。「今からあなたに、これについてお伺いします」というのはとても非日常な場面です。集団の一員としてかかわりながら、参与観察(participant observation)でいろんなやりとりをきいていて、あえてインタビューをしなくても、データコレクションの場になっている場合、大きなメリットとデメリットがあります。集団の場で自明になっていることは語られず、聞かれないからです。情報とはそもそも聞き手のアンテナにひっかかるものしか情報とはなりません。これが、参与観察の限界です。
ですから、わざわざ不自然な場を設定する意味もあります。場合によっては、語り手をその集団から引き離して別の場所で1対1のインタビューをすることも必要かもしれません。

2.インタビューの分析に関して

Q:いかに語られたかということが記録で漏れてしまったり、一つ一つのフレーズを大事にしていかないと、まとめたりすることでカテゴリー化が異なったりするので、語られたことを大切にすることが次の分析につながる。
うえの:はい、そのとおりです。データコレクションの現場でも、スカスカのデータをゲットしていることがあります。ノートテイクは大事ですね。

Q:質的分析法は時間的に効率的で、要約する力、表現する力が求められていますか。
うえの:質的分析法は効率がよいし、グループワークに向きます。今回のように11事例をひとりで分析するのは大変です。共同研究だと他人が採取してきたデータも、自分のデータに組み込むことができます。共同研究だと、一人の研究者がすべて自分でデータコレクションして分析するというような深みのあるものはなかなかできないかもしれませんが、「いい加減なデータ」でも、確実に何かが言える、というのが質的分析法のメリットです。
音源は録音しておいて、分析結果、自分が大切だとおもうところを論文で引用したいとき、その部分だけを音源でテープ起こしをすればいいのです。テープ起こしは引用する部分だけでじゅうぶんです。音源を全部テープ起こしする必要はありません。

3.ノートテイクに関して

Q:ノートテイク(インタビューの記録をとること)は、語り手が話したことと違うことばでもいいのか?
うえの:かまいません。やむをえないと考えることです。情報加工の過程にはありとあらゆるノイズが発生します。できるだけ当事者の語り、生のトークを生かすノートテイクをした方がよいですが、ノイズの発生は防げないと考えること。

Q:どこでノートテイクをとるの?
うえの:語りと同時がベストです。また、ノートテイクはどの部分も飛ばしません。
ノートテイクは愚直に記録マシーン化して、きいたことを全部メモすること。ただし1情報1ユニットなので、一人の人が話しだして終わるまでに、複数の情報カードが生産される。「この人、同じことを言っている」と思っても、取捨選択をしないこと。くり返しも落とさない。自分で情報の価値判断をしない。繰り返し話したことをノートテイクすると、同じメッセージカードが複数できる→情報ユニットの分量の多さそのものが一つの情報価値を持つ。

うえの:インタビューデータやグループディスカッションのノートテイクをするときには、記録マシーンと化してください。
自由回答法を採用するというのは、何が重要な情報かは聞き手が判断しないということです。語り手が判断します。語り手にとって何が重要かは、情報カード化すると、質的分析法でデータ処理する際に浮かび上がってきます。繰り返し同じことを言っているからです。聞いていないことも、語り手は語ります。聞かれていないのに語り手が自発的に語ることは、その人にとって重要な情報です。

4.ノートテイクと音源起こしの違いに関して

Q:音源起こしというのは、時間をかけて一語一語記述するということですね?
うえの:そうです。

Q:ノートテイクは、音源起こしと違うということですね?
うえの:違います。ノートテイクは音源起こしの簡略版、省エネ版です。逐語音源起こしをすると、どうしても情報が冗長になります。冗長になると、情報処理がむずかしくなります。

Q:よくある論文で、語りを引用するのは、音源起こしですよね。ノートテイクしたものは、あのような形で引用しないのですか?
うえの:引用しません。場合によっては引用する場合もあります。音声データを作っておけば、データ処理をしたあとで何が重要かわかったときに、1次情報に戻ってその部分だけ音源起こしするという省エネができます。後で自分の論文を要約することを考えてみてください。要約には分析と発見のコンテンツだけが重要で、引用はすべて落ちているはずです。引用とは基本、落としてもよい情報のことです。

Q:私は事例をたくさん挙げてページ数が多かったのですが、そういう事例を挙げなくていいということですか?
うえの:事例をたくさん挙げるのは、単なる事例レポート集です。事例レポート集は報告書であって、研究ではありません。

5.ケース分析とコード分析に関して

Q:違いについて
ケース1、ケース2、ケース3と設定する。あらかじめ一定の調査項目、
A、B、Cと言ったものを作っておく(プレコーディングpre cording前もって質問項目をコード化すること)。今回は、93人にアンケート調査をおこなったので、ケース1〜ケース93まで設定した。今回のプレコーディングは、(障害のある)子どもとの関係、夫との関係、学校、教師等との関係等12問(第6章参照)。

(1)ケース分析
たとえばケース1のAさんの場合、Aさんに関する分析(ケース分析)ができる。ここでケース分析というのはケースレポートではないことに注意。
今回は93人分のケース分析ができる(Aさん、Bさん、Cさんなど)。
 ここで大切なことは、比較するために複数のケース分析をおこなうこと。比較することで情報の発見が増えるから。そしてケース分析集ができた段階で研究が終わってしまってはいけない。

※比較
比較とは、実験のできない社会科学にとっては、必須の、もっとも有効な分析方法である。そのためには類型間の比較や、類型化できない逸脱事例や対照事例との比較が有効になる。

(2)コード分析 
コード分析では、プレコーディングされたものは、半構造化回答法ではすべて情報が得られるはずである。今回のプレコーディングには、(障害のある)子どもとの関係、夫との関係等12問ある。今回は、アンケートの回答者が自由に回答できる自由回答法なので、得られた回答をアフターコーディング(after cording)する。アフターコーディングでは、たとえばAさん(ケース1)がアンケートに書いてくれた回答は、Bさん(ケース2)の回答には出てこない、というようなことが起きる。自由回答法では、分析者があらかじめ想定した以外の情報が発見される可能性が高い。これが質的研究の醍醐味!

例:「おひとりさまの老後」の話をインタビューにいったのに、相手が突然、信心の話をしはじめた。聞き手は「そんなことは聞いていない。宗教の調査でもないのに、興味はない」と思っても、実は相手(語り手)の生活のプライオリティが宗教活動に重きをおいていて、宗教団体が老後のネットワークの大きなサポートとなっている、ということを、聞き手があとから発見するようなこともある。
プレコーディングの中に、「信仰」や「宗教」が入っていなくても、アフターコーディングで発見することができる。自身が大切だと思っていることを当事者は語るので、当事者の語りをさえぎらないように話を聞くのが、自由回答法では大切である。
コード分析をしていくなかで、事例間の比較分析をする→ケースとコードをクロスすると二次元のマトリックスができる。
マトリックスを作ると、ケース分析とコード分析ができる→1次データをケースの文脈においてと、コードの文脈において、その両方の文脈から分析する。これを「データをしゃぶりつくす」と言う。
これをしないと、1次情報のケースに溺れてしまう、あるいは、とても豊かであるはずの情報をつまみ食いして、一部しかつかわないので、あとは捨ててしまうことになる。

6.分析全般に関して

Q:語り手が自覚していない部分が3次情報、というのは理解できる。3次情報で語り手が言わなかったことを聞き手側が解釈することは、聞き手側が自分の意思をかなりいれていることになるのではないか?
うえの:意思ではなくて、それが分析者の発見になる。相手が見落としていることを、自由回答法のインタビュー過程で、「あなたにはこの回答がありませんが」と聞き返すことももちろんできます。でも、聞かれなかったことに答えないのは、相手の念頭にその情報がなかったということ。なら、なぜなかったのかを発見することが分析者の役目です。
第3次情報では、すでに当事者の1次情報から飛躍が起きている。情報加工度は1次、2次、3次と上がるごとに、1次データから離れていきます。つまりその分、恣意性が高まる。それが分析者のオリジナリティとなります。なぜなら分析者が異なれば、同じデータから違う解釈が引き出せるからです。

Q:語りの部分を自分が重要と思う個所を何行かにわけて提示して、それを分析するという手法は?
うえの:もちろんそれでもいいですが、ケース分析やコード分析のなかで、その情報がいかに再文脈化されるか、ということがみえなくなるのでは。

Q:1人に複数回のインタビューをしたときは、合算して分析するのか?
うえの:分析者が何を解きたいかによって、分析の仕方は異なります。もし時系列上の変化を問いに立てるのなら、たとえばAさんの1回目のインタビュー、2回目のインタビュー、3回目のインタビューとすると、一定のコードに対して、異なる情報が得られる可能性があります。それを分析してみると、重複しているところと、差異化しているところの両方が発見できるでしょう。そうすれば、Aさんの生活史のなかでの「成長」や「変化」を分析することができます。何を解きたいかによって、分析の仕方は変わります(表3参照)。

表3 結婚式の衣装
【省略】

表3の説明:結婚式にどんな衣装で式をあげたいかという分析で、Aさん(独身女性、婚約中、30歳)に、半年間で3回インタビューを行なった場合(仮想の事例)。1回目のインタビューでAさんは打掛とドレスで式をあげたいといっていたが、2回目はドレスとサリー、3回目は、本当はダイビングスーツで水中ウエディングをあげたいけれど、結婚相手も周りも反対している。聞き手はAさんと信頼関係ができて、3回目のインタビューでAさんは聞き手に本音を語ってくれた。

Q:考察者はどれだけの文脈情報を持っているかというのは、考察者がどれほどの概念があるかということか?
うえの:概念は分析ツールですが、それだけでなく、制度的文脈、社会的文脈、家族的文脈、全国の統計平均などというさまざまな文脈情報のもとに、調査で得られた情報データをおいてみたときに、多元的で重層的な分析が可能になります。分析者がどれだけの文脈をもっているかによって、情報生産性は圧倒的に変わってきます。そのような文脈を持っている人ともっていない人がいる場合があるので、共同作業でするほうが生産性は高まります。

Q:その人にとっての人生の時間の変化、それは1回のインタビューの中でも語られているか?
うえの:語られている場合もあります。ただし、それは必ず事後的な回想になります。すなわち当事者によってすでに生活史のなかで意味づけられた情報になります。インタビューでもなぜ脱文脈化するか(情報をいったんバラバラにする)というと、語り手の話は構造的にでてこない、行きつ戻りつするからです。たとえば、ある行為の動機をお尋ねしますといっても、あとから動機に当たることを言う場合もありますし、動機にあたる語りが複数の箇所で矛盾した情報として出てくる場合もあります。だとしたら1回の話のなかの動機に当たる部分の情報を全部集めて、再文脈化した上で分析を行ないます。

7.チャート化に関して

Q:質的分析法で、どうもチャート化ができていない。
うえの:無意識かつ直観的に頭でやっていることを手作業にかえたのが質的分析法です。空間化した2次元のチャートを1次元にして時間化すれば、論文になります。つまり、論文を書くには、時間軸上に線形に配置する必要があります。線形にするというのは、論文自体が再びナラティブ(物語)になるということです。だからストーリーテリングと言います。

Q→一宮さんに:1番最初に見取り図を作ったとき、何度も書き直したとおっしゃったのは、見取り図を書き直したのか?
一宮:見取り図を書き直しました。「自分の体験」、「先行研究」、「事例」で、落としているものがあったので何回も書き直しました。
うえの:チャートは進化します。チャートがないと、目次ができません。ぎりぎり土壇場までチャートを微調整して、だんだん進化していくのが研究です。チャートは1事例でできる場合もあるし10事例でできる場合もある、100事例でできる場合もある。ある分析がモデルと呼べるかどうか(普遍性)は、一般化できるかどうかにかかっています。そのモデルが一般化できるかどうかは、限られた事例から帰納法で生まれたモデルの中に、まったく別の事例を入れてもそのモデルで説明可能だとしたら、一般化されたモデルが形成されたと言えます。そうなれば、結論の発見部分で、○○モデル、○○理論等の提示を主張することができます。例:一宮モデル、茶園理論等。

8.アウトプットに関して

Q:ケース分析とコード分析の両方をしているが、膨大な文字数になるのは冗長すぎるということか?
うえの:膨大な文字数になるということは、引用に依存しすぎているためでしょう。
 研究者は自分のとってきた1次情報をできるだけ引用したいと思うものです。1次情報それ自体に価値があると思う傾向にあるから。研究者にとっては、1次情報から何を発見したか、ということが大切。情報加工(1次情報の分析)のアウトプットが、研究者の貢献です。長い引用もカテゴリー化してしまえば、1語でおわるかもしれません。生データを引用するときは、選び抜いて、ここぞというところで引用することです。

うえの:私が時間管理にものすごくこだわるのは、他人はあなたのアウトプットに時間を割いてくれないからです。自分の身に置き換えてください。長ったらしい論文なんて、読んでいられませんね。前提はいいから結論だけさっさと言ってくれ、という冗長なプレゼンが多いです。正直に言うと、博論を読むのは、教師にとって拷問です。職業だから、やむをえずやっているんです。
研究をアウトプットする時、なんで学術誌に枚数制限があるのか。人の時間資源は有限で、限られた時間しか割けないからです。自分の提示した情報にこれだけの価値がある、と主張することで初めて他人の時間資源を奪う資格ができます。
人文社会系の学会は学会報告に15分〜20分くれます。理系の学会では、5分間です。5分であなたの発見のコンテンツを言ってみなさいと。
メッセージの届け方がとても大切です。周辺情報よりも、核心を衝く情報が大事です。結論をまず述べて、なぜならばとevidenceを示す必要があります。それが価値のある情報なら、耳を傾けてもらえます。