第7章 フォローワークセッションは結論のための準備作業

第7章 フォローワークセッションは
結論のための準備作業

1.フォローワークセッション(方法論篇)

うえの:コメントセッションで私たちは、第3次情報を143ユニット生産しました。これからするのはフォローワークセッションです。ここには推論と文脈情報が入ります。

※推論speculation
推測、憶測、思弁ともいう。情報をもとに自由に論理的な推論を行う。抽象度が高まれば高まるほど1次情報から離れるが、同時に一般性や汎用性は高まる。

情報の全体的分散としては、人間関係が近い方がP(ポジティブ)情報が高く、遠くに行くほど、たとえば制度や政策に行くほど、N(ネガティブ)情報が増えてくるという傾向がありますね。
先ほど項目ごとにコメントをしてもらいましたが、全12問をとおして発見や分析があったら、発言してください。
R1(レスポンス):相手によって具体的にこんなに困っているというのがもっと出てくるかと思ったけれど、そんなになかった。
うえの:もしかしたら年齢のせいで、子育て現役感がないのかもしれません。
R2:まさに困っているというのではなく、父母の会の情報も得て、目下困り中というのではないから、具体的にこれが困っているという語りが少ないのかも。
R3:おもったよりも肯定的な語りが多かったかなと思います。
R4:それがサンプルバイアスなのか、どうなのかがちょっと判断しにくいと思いました。
R5:印象に残ったのは、言葉として語られていないですが、要因連関図を作ってみえたものがあるということでした。
うえの:たしかにそうですね。メタレベルで初めてみえてくることがあります。じゃあ、あっても不思議じゃないのに、ついにでてこなかったものは?
R6:子どもの具体的な障害にまつわる話とかそれに関しての話がもっとでてくるかとおもったのですが、ほとんどなかったという印象です。
うえの:こんなコンパクトなアンケートでは、生育過程に立ち入ってまではなかなか情報が得られませんね。
R7:親がどう保護していくかに対して、教育の所で2つだけでています。仕事とか大学進学ですね。将来を教師が考えてくれるというのが、大学の進学に反映されていました。ただそれが具体的な将来像とは、ちょっと違うかもしれません。
うえの:成長と自立というシナリオがないのですね。
R8:具体的に父母の会の活動が親御さんにどう適しているのかが意外になかったという印象があります。
うえの:父母の会との関係を、設問に加えたらよかったかもしれません。ただし父母の会が実施しているアンケートなので、N情報はほぼ出ない可能性があります。第3者機関、たとえば立命館大学うえのゼミが実施すれば別でしょうが(笑)。
だれか、障害児(者)福祉制度についての経年変化の年表を知っている人はいますか?簡単な年表があれば年代や世代と対応させることができます。やっぱりきちんとした分析をするには、時代・世代・年代の3つのセットを考える必要がありますね。かなり年齢ファクターが強そうです。年齢ファクターすなわち、時代ファクター。いつの時代に障害児の子育てをしたかで、変わってきます。そこまでいくともはや1次情報からだけではデータは得られません。

2.フォローワークセッション(実践篇)

うえの:それではいまから、コメントセッションで生産した143情報と、そのまとめから得た追加情報を加えた計164の情報ユニットを共同で分析します。これが3次情報から4次情報を産み出す考察部分で、この研究の結論となります。問1〜問12の各問について、A4用紙2ページまでのケースレポートを書いてください。ルールは以前からお話ししたとおり、ストーリーテリングの中にメタカードは必ず1回は全部使用する。それから1次情報は適宜必要なものを採用する。1次情報で採用したものは、アンダーラインをしておく。メタカードとメタカードの間に入るものは接続詞で、接続詞はできるだけ短い方がいいです。
わたしたちがさきほどプレゼンから得たコメント(3次情報)が、この段階では1次情報となります。その後グループディスカッションをしました。そこで得たものは、みなさんが今きいていただいたとおり、ランダムで脈略がない情報です。これを今から約1時間かけて情報処理します。

全員、分類作業を行なう

うえの:今、わたしが書いたのは、4次情報です。だんだん俯瞰的になってきてここにはもはや当初の1次情報はありません。これを全体的にマッピングした上で、今度はここから何が発見できるのか、ここに何があるのか、そして何がないのかを考えてください。
ここでデータそのものの限界を解説します。まずサンプルバイアスがあって、母親のデータばかり。高齢者が多い。Pデータに分散が偏っていることがサンプルバイアスです。変数として、時代、世代、年代というファクターを入れることが重要だというのは、フェイスシートに戻ればわかります。それからミッシングファクターとしては、入所か在宅か、障害種別を尋ねていていないこと。設問の不備としては、公共がなにかわからない、という問い自体の欠陥があります。わたし自身がいま聞きながら、ほーっとおもったのは、説明変数として次の子どもを産むか産まないかという違いは、使えるかもしれないことです。もしかしたら、その人が障害児を産んだあとにも、子どもを産み育てることにポジティブになれるかどうかに、他の要因が関わってくるかもしれません。
R1:手作業でこれだけのことができるのは、発見でした。なので、「データに語らせる」ということは可能なんだなというのがわかったことです。
うえの:そのとおりです。わかってくださってありがとう。質的調査と量的調査は決して相反するものではありませんが、コスパ(cost performance)を考えると質的分析法のほうがサンプル数が少なくても、はるかに発見が多いです。
R2:1つのケースのデータ量が多いときも質的分析法ができる。ケースが少なくてそこから抽出することが多いのは、質的分析法がすごいのだなと。
うえの:そうです。たとえば類型が二つでも対照サンプルを1例入れて比較するというやりかたもあります。
Q:3次データのときは、いろんな意見をもらいましたよね。それを1人でできるという?
うえの:もちろんできます。1人質的分析法です。
R3:1人質的分析法をする前に、自分で文献の読み込みをするんです。制度のことや子育ての現状を知らないといけないし、こういうことを自分のなかに入れていると、1人質的分析法は可能になる。読み込みですよね。
うえの:そうです。文脈情報のインプットが大事です。
R4:質問も重要ですよね。質問も12項目をきいていくから、これができるんですよね。
うえの:基本は、ああいう質問は聞かれないと答えません。聞かれない問いには答えを引き出せないので、調査設計はとても大事です。
Q:1次からやっていくときには、その中のことばから選んでやってきて、だんだん離れてきて、完全にうえの先生の頭の中からひねり出されたことばですか。
うえの:そんなことないですよ。いいですか。これは3次情報です。3次情報はすべて1次情報にもとづいた分析から導かれたものです。情報加工度が上がれば、1次情報からだんだん離れて行きます。離れていくと、だんだん分析の妥当性が問われます。そうなると、それがどのくらい証拠(evidence)にもとづいているかが問われます。たとえばここででてきた3次情報を遡及していけば、必ずそれに該当する1次情報があるかどうかが重要です。その証拠を示すことができれば、解釈の妥当性を争うこともできます。だからさっきからコメントする上で、自分の意見や体験をいわないでくれ、といったのはこのような理由からです。必ず1次情報にもとづいて分析することが大事です。
また質的分析法では、複数の参加者がいると、文脈情報は多元的で豊かになります。
R5:うえのゼミがまさしくこれをやっている。全然分野の違う人たちが集まって意見をもらうことで、文脈情報が豊かになる。
うえの:だから、たくさん文献を読む必要があるのは、文脈を豊かにするということなので、1人質的分析法はもちろんできます。でも複数参加者がいると文脈がその分増えますから、1人では視野から落ちる文脈から介入できるわけです。しかもその中に多様な人材がいるほうが、文脈も複合的になります。
R6:それが1人質的分析法と集団作業でやる質的分析法-うえのゼミ式質的分析法-の差だね。
うえの:はい、集団作業にはメリットがあります。マルチディシプリナリーというか、トランスディシプリナリーというか。素人が混じれば、専門家だけならたぶんみえないこともでてくるでしょうね。
R7:1次情報はPがおおかったのに、こうしてみるとNが増えましたよね。2次情報にあがってきたら。
うえの:それはもしかしたら、わたしたち解釈者のサンプルバイアスかもしれませんよ(笑)。まさか、こんなわきゃないだろーというクリティカルシンキングがこのゼミでは強いために、そうなる傾向があります。もう一度1次情報に戻れば、もともとP情報が多いというサンプルバイアス(つまり回答者には現状肯定的な人が多くなる傾向がある)があるデータ特性を押さえた上で、という解釈です。
R8:P情報が多いから、要求水準がある程度高い部分があったりするってことですか?そのギャップがある分、制度や設備がたらんよというNとなる。
うえの:それもありうるでしょう。
今回意識的にやったのは、家族や親族というジェンダー中立的な概念に、夫や妻というジェンダー概念をいれたことです。そうすると、夫と妻、夫方親族と妻方親族のコントラストがきれいに出ました。アンケートによっては単に「親」としか書かれていないものがありますが、父か母か、夫か妻かでは大違いです。こういうテーマを研究する人は、「親」というジェンダー非関与な言葉を使わないでほしいとおもいますね。
それでは、この次のステップで、残された課題は、意義と限界です。つまり研究計画書に出てくる、一番後の部分です。わかりやすいでしょう?
Q:だったら、このデータであつかっていない若い世代は、今回のケースレポートでは扱えないですよね。
うえの:はい。だから厚労省が扱っているように、調査対象を低年齢層へ拡大することが次の課題である、という指摘でもいいわけです。
最初にコード番号をつけるときに、全部年代を記入しといてもよかったですね。ただ最初は年齢がそれほど大きな変数になるとは予想しなかった。やっぱり最初に仮説を立てるときに、説明変数として何が有効かを考慮しなかったツケですね。
Q:今回のみなさんの発言で、世代がでてきたんじゃないですか。
うえの:そうですね。意義と限界のなかには、世代間ギャップが出てきました。これを本研究の発見としてよいかもしれません。
R9:いままで出たことで考えられることは、分析するときに、再コード化しておけばフェイスシートにもどらなくてもそのまま使える。
うえの:あと、設問の不備として家族構成の答えがバラバラだったことがあります。なぜかというと、家族のメンバーの続柄を記入する回答者もいれば、ただ人数を記入するだけの回答者もいるので、分類不可能でした。
Q:質問をしたいのですが、質問項目=コードではないとおっしゃったけど・・・。
うえの:質問票では質問項目は、コード化してあります。1次コードは作りました。その次にPかNかのコード化もしてあります(「よかったこと、困ったこと」)。ただしその後の下位コードは、自由回答法ですのでアフターコーディングになります。
Q:何を知りたいかというときに、研究計画というか質問計画というか、その段階で知りたいことに照準を合わせて質問を出すということですね。
うえの:イエス。人はきかれないことには答えないものだからです。問いが立っていなければ、そもそも調査すらできません。

次頁は、第6章および第7章をへて、うえの式質的分析法の参加者による実習レポートの目次である。(刊行予定)

資料

「障害児の(母)親」という経験
2016年度立命館大学先端総合学術研究科うえのゼミ質的分析法実習レポート

目次

1章 調査の目的と回答結果
2章 自らの成長という物語を紡ぐ障害児の母親たち:子どもとの関係
3章 他の子どもには助けられた:他の子どもとの関係
4章 カギを握るのは夫との子育て分担:夫との関係
5章 親・親族からは物心両面の支援:自分の親・親族との関係
6章 夫の親・親族とは距離を置く:夫の親・親族との関係
7章 近隣、地域との関係は積極的につくる:地域との関係
8章 医療に求めるのは相談と情報提供:医療機関・医師等との関係
9章 ‌学校への満足度は教師の個人的資質に還元される:学校・教師との関係
10章 行政への満足度には世代間ギャップ:行政との関係
11章 制度・法律の運用は人次第:制度・法律との関係
12章 公共の空間での関係は時代と共によくなった:公共空間
13章 「親密圏」から「公共圏」へ:その他
14章 発見と結論:加齢による変化・終わらない介護
15章 残された課題:年齢・世代・時代
付表 障害者福祉制度年表
参考資料 1 調査票(「父母の会」京都版)
参考資料2 調査票(「父母の会」近畿ブロック版)
謝辞
執筆分担

うえの式質的分析法の参加者による実習レポートの目次