第2章 カード作り

第2章 カード作り

1.情報のユニット化(単位化)による徹底的な帰納法

情報のユニット化(単位化)とは、文脈をいったん解体すること(脱文脈化)。帰納法とは、データに即して事後的に分析する方法で、情報のユニット化によって、脈略のない情報の中に、隠れた文脈を事後的に発見することで、徹底的にデータに語らせるという方法である。
帰納法の利点は、データの重要性の判断を調査者がするのではなくて(データセレクションをしない)、データそれ自体に語らせる(エビデンスに語らせる)ことができる。例外的な逸脱事例も落とさない。認知的不協和(仮説と調和しないデータを無意識に無視する傾向)がおきるデータを読み飛ばすこともしない。

※通常は膨大なインタビューデータをどう分析していいかわからないため、結果として自分があらかじめつくった文脈にあわせて切り貼りして使う傾向がある。これでは恣意的になってしまう。一般的な質的調査の信頼性の低さは、データの恣意的な利用に対する疑いがなくならないために起きる。

質的調査、とりわけ会話分析はディテールにこだわる傾向がある。たとえば、間、沈黙、話題の転換、言葉遣いなど微細に考察する。
うえの式質的分析法で私たちが注目するのは、コンテンツ(メッセージの内容)であって、語り方ではない。私たちが分析するのは、あくまでも会話のコンテンツであって、間、語り口調など、言語の周辺にあるメッセージ(non verbal message, paralinguistic message)ではない。言語的に発信されたメッセージをコンテンツとしてどう分析するかをきちんと考察せずに、言語の周辺にある非言語的メッセージに注目してもあまり意味がない。

まとめ

1次情報を収集しただけでは研究にならない。大事なのは情報を加工した分析者の発見。1次情報から何を発見したか。それが研究者が提示するものである。1次情報から何を生産したか、ということが勝負どころ。
→これが調査者と分析者の違い。研究者は分析者であって、たんなる調査者ではない。

2.カード作りのルール

1つのテーマ(1 セッション)のインタビューや討論で、約1 時間で100〜200(最大)の情報ユニットがとれる(経験則)。情報処理には、データコレクションと同じだけの時間がかかる。
※注意点:50以下ならデータコレクションの効率が悪いし、200を超すと情報処理が手に負えなくなる。データユニットが200以上ある場合には、基準を決めてデータを分割する。 
 相手の発話の繰り返しも、そのままカードにとること(ノートテイカー)。繰り返しだからといって省略しないこと。話し手にとって意味があるから(こだわりがあるから)繰り返す。(後で情報加工する際に、重複したカードの量でその主題の話し手にとっての重要性が視覚的にわかるようになる。) 

1. 1カード1情報の原則。
2. テーマでなくコンテンツ(新聞の見出し方式、5W1H)
例:女性の結婚適齢期 
たとえば、「女性の結婚適齢期」というカードがあるとする。このカードが有効かどうかは、So what? テストをおこなうことで確認できる。
女性の結婚適齢期→So what? (で、なんだ?)→だけでは意味がわからない。女性の結婚適齢期がどうなのか?
女性の結婚適齢期が変化したというメッセージを伝えたい場合、「女性の結婚適齢期」ではなく、「クリスマスケーキから大晦日へ」という表現に変えることで伝わる。

※インタビューを記録していくとき、ノートテイカー(記録者)は、ディスコース(言説)を書く。ディスコース(discourse)とは、語(word)以上の意味の単位。したがって意味の成立しないディスコースを書かないこと。この点で言説分析は、キーワード分析やデータマイニングとは決定的に違う!

3. ‌簡潔・明瞭にやさしいことばで、発言の持ち味を生かして。多少強引でもよい。漢字熟語は使わないこと。
例:婚外セックスの自己中心性 → 浮気はしたいが許せない
うえの:(実例として)20代〜50代の女性が集まって女子会をおこなったときの会話をうえの式質的分析法で分析したときに、集まった全員が一致した意見は、「自分は、浮気したいが相手が浮気をするのは許せない」。
  この意見を漢字熟語に要約すると、「婚外セックスの自己中心性」になる。この漢字熟語を誰にでも伝わることばで表現すると、「浮気はしたいが許せない」という表現になる。
注:ただしこれはメタ情報のレベルなので、1次情報では、別のことばで語られている。
4.‌自分のことばでまとめなおしてもかまわない(情報はゆがむ。ゆがんでもかまわない!→情報加工は不可避)。

※重要ポイント 
1次情報それ自体は臨床的データ。臨床的データは話し手と聞き手との相互作用で生成するものなので、聞き手が違うと、違うデータがゲットできる。1次情報は、このようにすでにバイアスがかかっている。ノートテイカーはさらにバイアスがかかるが、データ収集過程では避けられないと覚悟すること。
5.大きくはっきりした字で(1カード2〜3行以内)
6.‌カードが誰のデータか確認するために、カードそれぞれにわかりやすいID コードを付与する。例:Sさん30代女性→S30F
7.‌30分で50ユニットが目安。それよりユニットが少なければ、相手が沈黙しているか、聞き手がインタビューをあまりしていないか、どこかでデータを取り忘れている。
8.‌ノートテイカーはコンパクトに書くこと。話し手の情報をできるだけゆがめないようにするが、自分の言葉で置き換えることはやってもかまわない。
9.‌テープ起こしの場合でも、再文脈化するときにゆがみが起きる→ゆがみは不可避。

Q:たとえば聞き手と書き手、話し手3人の場合、書き手にどうしても書き洩らしがある場合はどうするか?30分で50ユニットが集まらないときは?
うえの:話し言葉は冗長なので、長い話を1センテンスにまとめると、結構コンパクトになる。でもこれは要領よく記録できる人の場合で、うえのがインタビューをしているとき、隣の記録者(ノートテイカー)の手が止まっているときは、その都度、書き手には「今の書いた?」と尋ねています。
-参加者全員大笑い-「怖い」という声もあり-

うえの:そのつど、記録者に注意を喚起してデータを漏らさないようにする。記録者がいないときは、音源をとったものを、流しっぱなしにしておいて、その音源を同じ時間内で情報ユニット化する。
理想をいえば、音源を全部テープ起こしをして、その内容をユニットに落とすのがいいけれど、通常音源のテープ起こしは、慣れた人でも話した時間の3倍はかかるし、そこで達成感がでてしまう。
 うえの式質的分析法の記録のテープ起こしのときテープを止めないでする理由は、効率がいいからです。時間に十分な余裕があって、いかに語ったかという会話分析する場合は、逐語テープ起こしのほうがベターですが、それだと件数がこなせません。実習ではたとえ失敗しても、「こんなに情報を落としたよね」、ということを体感してもらうのもあり。失敗からも学べます。

-全員、苦笑い、大笑い-

Q:講義の記録を正確で素早くするには、なにかコツがありますか?
参加者A:わたしはライターで、記事を書くためにインタビューしているので、テープ起こしをするのは早いほうです。自身のインタビューテープで2倍も時間がかかることはありません。他の方のテープ起こしで、2倍〜3倍くらいの時間です。アウトプットに時間をさきたいため、語り手の目の前で、ブラインドタッチで入力して、語り手に逐次確認していただき、ニュアンスの違うことが書かれていたら、訂正してもらいながら、記事にするという方法をとっています。同時通訳に近いものがあるかもしれません。今とっているのは授業のメモですが、ポイントは何が語られたかなので、あとで思い出してアウトプットしやすいように、やっています。タイピングが早いのは、仕事柄ですので(笑)。

Q:タイピングが早いだけが問題ではないと思います。
A:でも、タイピングのスピードは大切です。ゆっくり話す人だとリアルタイムで書きとれるのですが。
うえの:うえの式質的分析法をする場合は、スピードだけじゃなくて、分析者のクオリティも関係します。実習では、採取した情報を分析前にお互いにチェックするというやり方をしてもいいとおもうのですが、相互チェックしなくてもかまいません。相互チェックしなかった場合、後ほど分析を進めると、なぜこの情報がないの、という事態がどこかででてきます。質問を忘れているからです。そのときになって、こういう情報が欠陥のある情報だということを、体感してもらうのも学習の効果だから、クオリティが低くても学習の材料となるので、いいとおもいます。

Q:インタビューのとき、聞き手も話し手もお互いパソコンで目の前でやり取りする方法は、おかしいでしょうか。目の前にいながら対面なのですが、会話は、お互いパソコンを利用しながらチャット状態でインタビューを進めることです。つまり、発話ではなく、お互い文字情報でやりとりするということです。それは、語る情報とは異なるのですか?
うえの:そういうやりかたは、ありうるでしょう。たとえば、言語障害者や聴覚障害の方とのやりとりとか。それから通常のインタビューでも、聞き洩らしたことを、あとでメールで補充情報としてゲットすることもあります。だから、オーラルか、ネット上の文字情報なのかの違いだけでしょう。

Q:語尾に「〜かしら?」とか、わたしは東京方言でしゃべっちゃうんですけど、そのように入力すると、「〜です」とか返ってくるのですが、そこら辺はこだわらなくても?
うえの:ものすごくそういうことにこだわるひとはいます。ナラティブ分析では、What(何)よりHow(いかに)のほうが大事だという信念のひとたちがいて、会話分析の時にそういうことにこだわります。
ですが、わたしたちがしているインタビュー調査は、目的があってやっています。目的があるということは、知りたいことが主題として立っているから尋ねているわけです。それを知りたいために、相手の情報を文字でゲットするか口頭でゲットするかは、ただの手段の違いに過ぎません。たとえば言語障害のある人なら、文字でしかデータを入手できないこともあるでしょう。データを手に入れるために、その表現方法やツールの違いにこだわる必要はないでしょう。

Q:じゃあ、もしできたら一緒にチャットやって下さいといって、了承してくれたら、チャットでインタビューをやってもいいですか?
うえの:インターネットというツールができましたから、チャットもOKです。ですが、チャットでなくてもいいのでは?チャットはリアルタイムですが、メールで1問1答をおこなって、時差のある回答でもいいでしょう。
インタビューは、対面かつオーラルでという条件に限定する必要はありません。それからインタビューには、電話インタビューもあります。対面性がない方が、もっと率直に話してもらえることもありますから、インタビューの手段に何を選ぶかというだけの話でしょう。

Q:チャットだと文字に残るので、あとでいいかなと思いました。
うえの:ああ、書き起こしの必要がないということですね。それなら、メールインタビューもありですね。

Q:メールだとリアルタイムじゃないので。
うえの:リアルタイムでないと2次質問はやりにくいけれど、やり方次第です。最近はメールインタビューもずいぶん増えました。

Q:はい。ありがとうございました。