あとがきにかえて

あとがきにかえて

小川さやか

 わたしは、いまから15年前、どちらかといえば、アフリカ諸国の人々が抱えている実際的な困難や課題に対する関心よりも、私たちとは異なった文化や社会、経済のしくみをもつ世界に対する憧れや冒険心からアフリカ研究を志した。アフリカは、当時のわたしにとってグローバルな世界認識においても、「人類」の営みについて現地での体験をもとに思索をめぐらせたいという欲望においても、フロンティアだった。
 ここ数年、「21世紀はアフリカの世紀だ」という言葉が頻繁に叫ばれている。豊富な天然資源と魅力的な人口構造をもつアフリカ諸国は、これから成長が見込まれる巨大な市場という意味で「フロンティア」として再定義されるようになった。しかし、「いまだ紛争の絶えない世界」や「貧困や病の蔓延する世界」「人権侵害が横行する世界」から「豊かな市場」へとそのイメージや語り口がスライドされても、そこに生きている個別のアフリカの人びとに対する関心はけっして高まってはいないようだ。
 生存学研究センターでは、「アフリカを目の前に近づけよう」をスローガンに、これまで計10回のアフリカセミナーを実施した。とりわけ、生存学研究センターが掲げる「障害、老い、病い、異なり」の4つのテーマに関連した話題を提供してくださる多彩な講師をお迎えし、アフリカの人びとの抱える困難や問題、芸術や豊かな知恵、実践に光をあてた講演会を開いてきた。本特集に収録された、いくつかの論文、エッセイは、本セミナーでの講演をもとにしている。
 アフリカの人びとと目の前で対話するように「障老病異」のテーマに接近すれば、アフリカ人や○○民族とわれわれ日本人という区別はときに大きく立ち現れ、ときに雲散霧消する。本特集の論文にもあるように、おなじ障害者、病者、老人であるにもかかわらず、国家の社会保障制度が十分に機能していないアフリカのある地域と日本ではかなり異なった生が営まれている。だが同時に、おなじ病を抱える者として、アフリカの病者と日本の病者は類似した問題を抱え、ときに同じ地域の「他者」よりも近しい考え方をもっていることもある。そして、わたしたちは同じであり非常に異なっているからこそ、互いの実践からよりよい生を築くヒントを得られる。
 だから本セミナーには、ぜひアフリカ研究者やアフリカ地域で仕事をしている人びと以外の人びとにもお越しいただきたい。アフリカを目の前に近づけるためには、アフリカにではなく、アフリカに生きている人間に対して関心をもち、地域や国籍を横断して具体的な生の営みについて活発な意見交換と討議をしてくれる方の参加が不可欠である。
 わたしはいまでもアフリカはフロンティアだと思っている。でもそれは、開発や経済的な投資の新天地という意味ではない。わたしは、わたしたちの思想や実践、あるいは未来を部分的に先取りしているかもしれないという期待において「フロンティア(最前線)」だと思っている。どこがそうなのかと疑問に感じる方にも、ぜひセミナーにお越しいただきたい。
 さいごに本セミナーの企画運営者を代表して、本セミナーでご講演いただいた方々、企画運営にご協力いただいた方々、オーディエンスとしてご参加いただいた皆様に改めてお礼を申し上げたい。