報告書刊行によせて

報告書刊行によせて

西 成彦

 1955年生れの私にとって、アフリカといえば、ちょうどテレビが普及した時期に放映が始まった『野生の王国』(MBS系で1963年12月から放送開始)に映し出されたサバンナの動物たち、東京オリンピックで東京の中心部を快走した裸足のアベベ・ビキラ、少し時代が下ると、ナイジェリアで勃発したビアフラ戦争のドキュメンタリー映像(餓死する子どもたち)。そして、リアルタイムで読んだわけではなかったが、後で読むことになって、ついみずからを重ねてみずにはおれなかったのが、『個人的な体験』(大江健三郎・作、1964)の主人公「鳥(バード)」だった。
 日本とアフリカとのつながりは、遠く南蛮時代にまで遡れるものなのかもしれないが、ごく普通の日本の子どもたちが「アフリカ」を映像として思い描くようになったのは、1960年代に入ってからだったと思う。そんな私は、その後、比較文学を専攻するようになり、とくにポストコロニアル批評が席巻した1990年代からは、アフリカ文学にも積極的に手を延ばすようになった。私たちの生存学研究センターでは、2007年の立ち上げ以来、特別招聘教員としてセンターの発展に貢献していただいてきた林達雄先生、斉藤龍一郎先生の力もあって、「障老病異」を地球大のスケールで考えるときに、二つの意味でアフリカを重視するようになっていた。
 ひとつは、近代化=グローバル化のなかで、経済的・社会的に、今もなお脆弱な基盤の上での生活を強いられているという意味では、アフリカの民衆こそが、相対的に見て、人類のなかで最も「生命の危険」にさらされているということ。
 そして、もうひとつ。かつては先進国でこそ問題化されてきていた「障老病異」の問題が、近代化=グローバル化の波に巻きこまれたアフリカでもまた社会問題として大きく浮上してきていて、こうした問題を無視したアフリカとの交流や連帯は難しいということ。つまり、「障害を持つ子どもの誕生」という家庭内での出来事と、「アフリカ逃避願望」との並置を試みた日本人作家、大江健三郎の時代から半世紀を経て、私たちは「アフリカの障害者」というものを身近に感じないことには、もはや世界と友好的な関係を結ぶことのできないところまで来ているということである。
 2013年4月、立命館大学大学院先端総合学術研究科に着任された小川さやか先生のアイデアをふんだんに取り入れてスタートさせたセンター企画「目の前のアフリカ」は、民博でも、京大のアフリカ地域研究資料センターでもない、立命館大学生存学研究センターならではの視角を鮮明に打ち出しながら、関西におけるアフリカ研究のもうひとつの核を築き上げようとしている。本報告集は、その最初の成果である。
 日本人一般にとって、「アフリカ」はまだまだ遠い。しかし、その「気配」を退けて生きていくことはできないのが現代なのだ。