第二部 慢性疼痛と「障害」認定をめぐる課題  ――障害者総合支援法のこれからに向けて

大野真由子
(日本学術振興会特別研究員PD/立命館大学)

1 背景と目的

 日本では、2012年6月に障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)が成立しました。本法によって「障害」の定義のなかに難病が含まれ、難病者が新たに障害者福祉サービスの対象となりました1)。もっとも、すべての難病が対象となるわけではなく、現在、難病患者等居宅生活支援事業にあげられている130疾患(特定疾患)と関節リウマチを基本に疾患名ごとに検討されるとのことです。対策に入っていなくても、日常生活や社会生活に深刻な影響を及ぼしている難病は数多く存在し、なかには痛み、痺れ、倦怠感など可視化・数値化できないものを主症状とするものもあります。形式的には難病者が「障害者」として認められても、政府の「難病」リストに入らない限り支援を受けられないのであれば、障害者手帳の有無によって線引きしていたこれまでの制度と結局は同じことになってしまいます。
 そこで、本報告では、難病対策の対象とはなっておらず、かつ可視化・数値化が困難な慢性疼痛を主症状とする難治性の病気である複合性局所疼痛症候群(CRPS)2)を例に上げ、本法の認定基準の課題を明らかにすることを通して、痛みと「障害」をめぐる問題について検討していきたいと思います。

2 障害程度(支援)区分における認定基準と慢性疼痛

 支援を利用するための申請手続きと認定について、ごく簡単に注3に記載しましたので、ご覧になっていただけたらと思います3)。利用できるサービスは「障害支援区分」によって決定されますが、判定には介護保険制度の「障害程度区分」の基準が暫定的に用いられることとなっており、実際に支援の必要性をどのように判断するかは今後の検討課題となっています。では、この認定基準は慢性疼痛による障害をどの程度捉えられるのでしょうか。例として、下肢に痛みがあるCRPSの場合を考えてみたいと思います。

2.1 心身の状況に関する項目
 認定調査項目のなかで下肢の動作に関するものには、座位保持、立位保持、歩行、移乗、移動、立ち上がりがあります。例えば、歩行については5m程度、立位保持については10秒間程度を目安に、「(1)できる、(2)支えがあればできる、(3)できない」の3段階で判断されます。
 CRPS患者の場合、それらが一瞬一瞬の動作としては可能であっても、動作自体が強い痛みを伴うものであったり、その動作を継続することが困難――たとえば、30分は立っていられない、歩くことはできるが5分程度に限られるなど――であったりして、広義の意味での日常生活に多大な支障を抱えている人がいます。しかし、そのような事由を記載する箇所は設けられていません。

2.2 社会生活に関する項目
 社会生活に関する項目には、調理、掃除、洗濯、買い物、交通手段の利用などがあります。しかし、ここでいう「できる/できない」の判断基準は能力についてです。たとえば、交通手段の利用は、目的地まで一人で「適切に」移動できるかどうかが基準とされています。これはおそらく認知症を患っている方や精神障害・知的障害の方たちが想定されているのではないかと思うのですが、「適切に」利用できるかということと利用が困難であることには大きな異なりがあります。
 CRPS患者が公共交通手段を利用できないのは、地下鉄の階段を降り、改札口まで行き、電車を乗り換え、目的地に辿り着くまでに15分以上歩行しなければならないからとか、混んでいて座れなかった場合立ち続けていられないからとか、振動によって痛みが悪化するからなどの理由によるものです4)。ですが、ここでもそのような事情は勘案されないため、社会生活に制約があるにもかかわらず、ないという認定がなされてしまうことが危惧されます。

3 慢性疼痛と「障害」認定基準

 本来は必要な人が必要な分だけ支援を得られることが望ましいのですが、実際のところ対象者はどこかで絞られることとなります。その際、可視化・数値化できない症状をもつ人をどのような基準によって線引きするのかという問題が生じてきます。もっといえば、痛みのような主観的な症状を支援制度の対象とすると、いわゆる「ニセ患者」が現れるのではないかとの批判があるということです。認定基準の提言にあたって、理想案と現実案の2つをあげさせていただきたいと思います。
 先日、調査のためNYを訪れ、慢性疼痛を専門とするある医師にインタビューを行いました。その際、その先生が「痛みは主観的なものだということを政府は真摯に受け止め、適切な支援を行うべきだ」とおっしゃられたので、私は上述のような批判に対してどのように応答したらよいのかと尋ねました。先生はこのような例をあげられました。

泣いている2人の赤ちゃんがいる。一人は痛みのため、もう一人は別の理由によるものである。では、どのようにしてそれを見極めることができるのか。赤ちゃんは言葉を喋れないので私たちにはわからない。だが、わからないから痛みはないと言ってよいことにはならない。もし私たちがその赤ちゃんの傍でずっと居続けることができれば、その子が泣いている理由は痛みによるものだということがきっとわかるだろう。

 これは本当にその通りだと思いました。医学的な証明ができないのは現代医療の限界であって、それを患者本人に帰責するのは不当なことです。数週間に1回、それも医療という限られた空間の中でしか患者と接する機会を持てない医師の意見書に全てを一任するのではなく、家族、友人、職場の同僚、介護者など患者の身近にいる人たちからも意見を聞き、実際の生活の変化――たとえば、アパートの2階から1階へ引っ越した、立ち仕事から座り仕事に変えてもらったなど――も勘案して判断がなされるのであれば、ニセ患者の問題はある程度は解消できるのではないでしょうか5)。
 ですが、現実的な問題として、個々人に対し政府がそれを調査するには多大なコストがかかります。理想と現実の折り合いをつけられる認定基準とはどのようなものか。私はここ数年このことについてずっと考えているのですが、未だに答えは見つかっていません。ですので、ここでは障害年金制度における認定基準について既に言われていることのうち、本法の認定基準とも重なりのある高橋氏らのご意見をお借りしたいと思います。
 先に検討した調査項目からもわかるように、身体状況において認定評価の基準とされている日常生活能力は、障害評価の場面では機能障害レベルとしての日常生活動作能力に矮小化されてしまっています(高橋 1998)。また、取り上げられている動作の項目数が非常に少なく、一部の動作で機能障害全体の程度が測定されてしまうことも問題です(高橋 1991)。これらの指摘を踏まえ、現行の基準をもう少し生活上の実際の困難を捉えられるような基準へと広げられないでしょうか。その際には、動作自体を行なうことはできても、それを継続的に行なうことによって症状が悪化してしまう場合なども考慮する必要があります。一瞬の動作としての「できる/できない」ではなく、1日、1週間、1ヶ月といった時間的経緯の中でどのように日常生活や社会生活が制約されているのかといった観点から(茨木ほか 2009: 273)、障害の程度や必要な支援を評価できるような認定基準を作成することが求められています。
 韓国では、慢性疼痛を主症状とする病気のなかでも、CRPSに限って痛みを「障害」として認める方向で現在議論がなされています。また、その際の認定基準として、(1)「疼痛の程度」20点、(2)「日常生活を行う際の疼痛の変化」20点、(3)「疼痛による精神的苦痛」20点、(4)「疼痛治療の内容と投薬の程度」20点、(5)「疼痛行動」10点の合計90点に、(6)医師によって判断される「疼痛行動の真実性」±10点を合計し、100点で算出するという案が出されています(キム 2007)。
 この認定基準が妥当か否かはともかくとして、ここで申し上げたいのは、痛みそれ自体は客観化できなくても痛みから生じる困難は何らかの形で示すことが可能であること、そして実際に支援が必要な人がいる以上その支援は提供されるべきであるということが韓国では認められつつあるという事実です。痛みと障害をめぐっては日本よりもかなり先行しているような印象を受けました。こうした背景には患者会、医師や弁護士などの専門家、そしてDPIを含む障害者団体総連合会の方々の働きがあるとうかがっていますので、よろしければ痛みと認定基準についてどのようにお考えなのか、後の議論のなかでもご意見をお聞かせいただけましたら嬉しく思います。

4 おわりに

 以上、障害者総合支援法の認定調査項目から慢性疼痛と「障害」について検討し、認定基準について若干の提言をさせていただきました。
 障害者差別禁止法と障害者総合支援法は「車の両輪」のようなものだと言われています。最後に、それについて北野氏らが述べた言葉をご紹介させていただきます。

「福祉サービス」が要らない障害者もいるかもしれないし、「差別」を経験しない障害者もいるかもしれない。しかし、そのような障害者には一般施策で十分であり、「差別禁止法」はいらないということにはならない。なぜなら、憲法をはじめ各種の法が、私たちの生活を全体として守り、機能させているからこそ、今の私たちの生活があるからである。……まさに一罰百戒であって、それは、「差別禁止法」を使って、実際に差別を訴える、訴えないにかかわらず、その社会の規範として作用するのだ。「障害者総合福祉サービス法」(障害者総合支援法)もまた、それを必要とする者はもちろんのこと、必要としない者にも、その社会の福祉力として影響をあたえる。(茨木ほか 2009 : 226-7)

 本法は個人の尊厳の理念のもと、必要な人が必要な支援を得られるようサービスの拡充を目指すものです。本報告では、痛みに焦点を絞らせていただきましたが、こうした検討の積み重ねから痛み以外でも可視化・数値化できない症状をもつすべての難病が「障害」として認められるようになること、ひいては、障害者総合支援法が社会の福祉力として正しく機能するような法律となることを願って、私の報告を終わらせていただきたいと思います。

[注]
1)これまでは、難病は「障害の予防」という枠組みの中でのみ捉えられてきた。同法第三章「障害の予防に関する基本的施策」の第23条3項(「国及び地方公共団体は、障害の原因となる難病等の予防及び治療が困難であることにかんがみ、障害の原因となる難病等の調査及び研究を推進するとともに、難病等に起因する障害があるため継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めなければならない」)や、2004年の参議院付帯決議(「『障害者』の定義については、『障害』に関する医学的知見の向上等について常に留意し、適宜必要な見直しを行うよう努めること。また、てんかん及び自閉症その他の発達障害を有する者並びに難病に起因する身体又は精神上の障害を有する者であって、継続的に生活上の支障があるものは、この法律の障害者の範囲に含まれるものであり、これらの者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めること」)などから、障害者基本法は、難病者も一応対象としながらも、その判断に当たっては病気そのものを見ているのではなく、難病から起因して生じてくる「身体障害」をもって「障害者」としていると解釈されている(大黒 2011)。
2)CRPSとは、採血・手術などの医療行為、事故による骨折・捻挫などによる神経損傷を契機とし、感覚神経や運動神経の病的変化によって発症する慢性疼痛症候群である。運動障害や萎縮性変化などを伴う場合もあるが、最も主要な症状は、「激しく」「持続する」「灼熱の」「深く疼く」痛みである。詳しくは下記HPを参照。
Kirkpatric, A. & International Research Foundation for RSD/CRPS, 2003, “Clinical Practice Guidelines”(=2010,真下節・柴田政彦訳「国際RSD/CRPS研究財団 標準的治療法ガイドライン第3版.」
3)まず、サービスを利用したい本人もしくは保護者が市町村に対して申請を行う。認定には、障害程度(支援)区分認定調査票が用いられ、コンピューターによる一次判定が行われる。介護給付を希望する者に対しては、さらに市町村審査会による二次判定が行われる。二次判定では、一次判定結果の原案、認定調査票の特記事項、主治医の意見書をもとにして、一次判定が適正であるかどうかなどの審査が行われる。このようにして、障害程度(支援)区分の審査・判定が行われ、支給が決定された場合には、支給量などを記載した障害者福祉サービス受給者証が交付される。
4)「買い物」についても同様である。「適切に必要な商品を選び、代金を支払うこと」が判定基準とされているが、CRPS患者のなかで買い物に支障をきたしているという人の多くは、長時間立ったまま商品を探すことが困難である、思い荷物を持っての移動ができないなどを理由としている。
5)もっとも、そうした場合、実際には身体的な痛みが深刻であっても、周囲から様々なサポートを受けられている人はそうでない人よりも日常生活や社会生活がより円滑に行えている可能性が高いため必要な支援の度合いが低く評価されてしまうといった新たな問題が生じることも考えられ得るだろう。

[文献]
茨木尚子・大熊由紀子・尾上浩二・北野誠一・竹端寛編,2009,『障害者総合福祉サービス法の展望』ミネルヴァ書房.
김용철, 2007,「통증질환의 장애인정 여부에 대하여」『대한통증학회지』20: 1-7(=2007,キムヨンチョル,「慢性疼痛の障害認定可否に関して」『韓国疼痛学会誌』20: 1-7.)
厚生労働省,2012,「障害者総合支援法が公布されました」(2012.9.28取得, http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/sougoushien/,).
大黒宏司,2011,「障害者福祉のなかの難病患者の位置づけ」に参加して(2011年1月10日取得, http://t-neko.net/kansaibenkyo/s202.pdf).
障害者生活支援システム研究会,2010,『どうつくる?障害者福祉法――権利保障制度確立への提言』かもがわ出版.
衆議院厚生労働委員会議事録,2012年4月18日(2012年9月28日取得, http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009718020120418011.htm).
高橋芳樹,1991,「障害年金の等級認定基準を改善するために――日常生活能力の問題点を考える」『障害者問題研究』66: 53-66.
高橋芳樹,1998,「年金制度における「障害」概念の問題」『障害者問題研究』(2012年7月12日取得, http://www.eonet.ne.jp/~pension/gainen.pdf, 2012.7.12取得).