第一部 障害者権利条約履行のための国内法研究 ――障がい者基本法制定を中心に

キム・ドンキ(牧園大学社会福祉学科教授)
○イ・ソック(韓国障がい者財団事務総長)
ソン・ヒョンソク(韓国障がい者連盟広報局長)

1 序論

 障がい者問題に対する当事者の自覚と障がい者団体の活動は、障がい者との関連法制度の政策発展に大きく寄与してきた。韓国政府と市民社会は、障がい者の問題を社会問題として受け入れ、障がい者の問題は単純に福祉とリハビリテーションの問題ではなく、人権の問題としてアプローチしていくべきだというコンセンサスを形成しつつあり、このような流れは、韓国国内的には、障がい者差別禁止および権利救済に関する法律、そして国際的には障害者権利条約が制定されるというかたちになり、障がい者問題に対する人権的なアプローチが大きな流れとなった。
 しかし、韓国社会において障がい者問題は、依然としてその目標に対する社会的合意がなされていない。このような問題は、障がい者政策が障害者の現在の問題に対して一時的に対応しているだけで、障がい者が社会の構成員として自らのアイデンティティーを持ち自己肯定の主体として暮らすことができるビジョンと希望を提示できずにいる。そのため、障がいのない者が中心の社会は、障がい問題に対して消極的であり、依然として医療モデルにとどまっており、今後もその可能性が高い。
 このように、韓国社会で障がい者問題に対する目標への合意がなされない大きな理由のうちの一つが、障害者権利条約を国内で履行できる実効性のある推進体が存在しないということである。つまり、障害者権利条約の目的と内容を国内で適用および実現するための必要な国内法の整備がまだ整っていないのである。もちろん、障害者権利条約の批准と合わせて国内では「障がい者差別禁止および権利救済に関する法律」が制定、施行され、障害者権利条約の国内適用のため、一定部分の実効性がある手段が整ったことも事実である。しかし、それだけでは、不十分であることも確かだ。
 つまり、障害者権利条約は、人権法として福祉法より内容がかなり膨大であり、いくつかの法が個別に施行され、国内の完全履行を担保するのは不可能なのである。よって、障害者権利条約の履行のためには、障害者権利条約の下位法律であり、国内の障がい関連法の一般法的性格を持つ「障がい者基本法」のような法律制定が必要である。すなわち、障害者権利条約に込められた目的と内容を国内の状況に合わせてその骨格を維持しながら、国内の障がい関連法の方向性と内容を有機的に統合し調整できる法律の制定が必要である。よって、本研究は、障害者権利条約の国内履行のための障がい者基本法の基本内容を提案し、国内の障がい関連法との有機的な関係性を展望することを目的とする。

2 理論的背景

2.1 障害者権利条約制定をめぐる障がいパラダイムの変化
 「障がいパラダイムの変化」とは「障がいを見る観点の変化」と定義することができ、最初の障がいパラダイムは「障がい」を個人の悲劇として認識する「個人悲劇論」から始まったとみられる。ユン・サモは「個人悲劇論」から出発した「障害パラダイム」は、1980年WHO(World Health Organization, 世界保健機関)が発表したICIDH(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps)によって本格的な議論が始まり、1997年6月に発表されたICIDH-2(ICIDH beta-1draft)と2001年5月に発表されたICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)による変化の過程を経た後、2006年障害者人権条約の制定で「障がいパラダイム」は「人権」へと帰結したとする(ユン・サモ 2007)。
 1980年、WHOはICIDHという概念の枠によって「障がい」を機能障がい(impairment)、能力障がい(disability)、社会的不利(handicap)に区分して定義し、「障がい」の原因を個人的な機能障がい(impairment)に置いた(チャン・スホ 2010)。つまり、個人の身体的・精神的な機能障がいが能力障がいへと発展した結果、社会的不利を受けることになるのだ。上述のようにICIDHの分類は「医療モデル」に基づいた完全な「リハビリテーションパラダイム」であった。つまり、障がい者が経験する全ての社会的分離の責任は、障がい者個人にあるため、物理的・文化的障壁そして偏見等の社会的障壁を障がい者個人が医療的リハビリテーションによって取り除くべきということであり、これは「障がい」問題の解決のためにはリハビリテーション医療によって障がい者を主流社会へ取り込むべきだという完全な「リハビリテーションパラダイム」であった。ICIDH分類について障がい当事者や団体は、機能障がい、能力障がい、社会的不利の間の明確な線引きが難しく、機能障がい以外にも能力障がいと社会的不利に影響を与える要因、つまり「環境因子」や「社会的要因」に対する認識が欠けているという問題点を提起し、批判した(ユン・サモ 2007)。
 上述の批判によりWHOは、個人が接する「障がい」を機能障がい、活動(activity)、参加(participation)という三つのレベルを利用し説明したICIDH-2を1997年6月に発表した(チャン・スホ 2010)。ICIDH-2は、障がいに対する概念と分類において社会的側面と環境的側面を強調し、ICIDHの分類で解決できなかった社会的障がい、つまり外見上の機能障がいはなくとも明らかに社会から差別を受けており、社会参加の制限を受けている障がい問題を扱っており、意義のあるものである。
 しかし、ICIDH-2が提示している障がいの概念もまた社会・環境的要因を少し強調しているだけで、ICIDHの分類と実際にはたいした差がなかった。つまり、この概念も活動制限(activitieslimitation)と参加制約(participationrestrict)の原因を個人の機能障がいに焦点を合わせ「障がいの医療化」を目指すものであり、「障がい」問題において「環境的要素」の考慮が不足していたのである。上述の批判によってWHOは、2001年5月に「障がい」を作り出す環境的要因を強調したICFを発表した(チャン・スホ 2010)。ICFは、人間の機能問題を機能障がい、活動制限、参加制約によって分類し、この三つの領域全てでまたは一つの領域において遭遇する困難を「障がい(disability)」と規定した。
 ICFは、身体機能、活動、参加、環境の肯定的側面を理解し測定するのに使用することが可能であり、中立的な言語を使用し、障がいの類型と原因を区別しなかった。また「障がい」を「個人の健康状態や個人的・環境的要因で構成される状況要因の相互作用の結果」と規定しており「障がい」を単純に個人が持っている身体的、精神的機能障がいによるものだけを説明しておらず、個人的機能障がいや疾病、状況的脈略(環境的要素と個人的要素)との相互作用によって「機能」と「障害(disability)」を説明した(韓国障がい者財団 2012)。ICFは「障がい」問題が個人的・医療的影響から抜け出すことができるきっかけを作った。しかし「障がい」を「個人の健康状態や環境的要因で構成された状況要因の相互作用の結果」として規定することで、完全な社会・環境的なレベルで「障がい問題」をアプローチする部分ではまだ不十分である。
 一方、2000年代に入って「障害」の問題を「人権」の問題としてアプローチすべきだという世界的な流れの中で、2001年から国連障害者権利条約制定の動きが本格化し始め、2002年第1次国連特別委員会につづき2003年6月第2次国連特別委員会決議によって、障害者権利条約制定のための基礎段階として作業部会の設置を決議し、障がい者の権利と尊厳の保護および促進のための国際条約制定の第一歩を踏み出した(韓国DPI 2003)。
 障害者権利条約の制定は、これまで「障害者の権利に関する宣言」「障害者に関する世界行動計画」「障害者の機会均等に関する標準規則」等、疎外されてきた障がい者に対してさまざまな国際的な努力があったにもかかわらず、障がい者の権利がそれほど改善されなかったという現実的な問題を国際社会が認めるようになり、これを別の人権保障条約として成案したことに大きな意味を持つ。特に障害者権利条約制定は、障がい者を保護の対象として見られていた観点から、障がいのない者と平等に人間の基本的権利を享有する主体として認め、その基本権権利の実現のために国家社会の義務を認めることになった。このような観点から障害者人権条約の制定は、これまでそれぞれの国の足並みが揃わずに進められてきた障がい者に対する視角の変化、障がい者人権の促進、障がい者の福祉パラダイムの変化を最終的に反映したことが分かる(韓国障がい者財団 2012)。
 つまり、障害者権利条約の制定は、障害の問題が社会統合に関する問題であり、基本的人権保障の観点から国家社会に障がい当事者の主体的な暮らしの実現のため措置を取るべき問題として認識させ、障がいに対するパラダイムの変化に大きな役割を果たし、「障がいパラダイム」を「人権」として帰結させたのである。韓国もこのような世界的な流れに合わせ、障がい関連法と政策の制定を障害者権利条約を根拠にし「人権パラダイム」として一刻も早く転換すべき時が来たのではないだろうか。

2.2 障害者権利条約と韓国障がい関連法の課題
 一般に個人の法律上の生活は国内法に依拠するが、国際法も個人の法律上の生活を規律できる法的権限を持っている。つまり、憲法第6条1項では「憲法により締結・公布された条約と一般に承認された国際法規は国内法と同じ効力を持つ」と規定されており、国際法が国内法と同一の効力を持っているという点を明らかにしている。
 しかし、国際法を憲法によって締結・公布されたからといってすぐさま国内に適用できるのかという点については明確に整理されていない。また、国際法が国内法との関係においてどのような地位を持っているかに関しても見解が分かれている。チョ・ヒョンソクは「国内法的効力を持った条約だからといっても、条約または条約の条項によって直接執行(直接適用)できる場合と別の追加立法措置が必要な場合に分けることができ、これは司法の判断で残されており、自己執行力が認められた場合は、1)条約がその施行と効力において別の国内的執行行為を必要としない場合、2)条約が明白で詳細に規定されており別途の国内的執行行為を必要としない場合、3)条約が個人に権利または義務を付与している場合、以上三つの要素を満たさなければならない」としている(チョ・ヒョンソク 2009)。
 また、「障害者権利条約は、個人に直接、権利と義務を付与する条約ではない。なぜなら、常に『当事国は義務がある』、『当事国は促進しなければならない』、『当事国は保障しなければならない』、『当事国は保護しなければならない』、『当事国は措置を取らなければならない』といったように、個人に権利の義務を付与するというよりは、当事国の義務を強調しているからだ。よって、おそらく裁判所は同条約を履行するための追加的な立法措置を求めるだろう」と語った(チョ・ヒョンソク 2009)。韓国政府は、条約の批准前に国内法と障害者権利条約の内容が相反する部分がないかどうか検討をおこなった結果、障害者権利条約第25条e)項1)が韓国の商法第732条2)と相反していたため、韓国政府は第25条e)項については留保し、国会に批准同意案を提出した。政府の国家報告書3)には「商法第732条によって精神障がい者の障がいの程度と関係なしに生命保険の契約締結が不可能になる点を考慮し、2008年8月上記条項の改正案を国会に提出した。同改正案が国会で成立すれば韓国は、条約第25条のe)の留保撤回を検討する予定である」と書かれている。国内法の整備で権利条約の留保条項について国会批准が行われるという点を明らかになり、権利条約履行のためには、国内法の制定・改正等、追加的な措置が取られるということが確認できる。
 以上が、権利条約の国内適用においての方法と手続きの問題であった。そして、障害者権利条約が、他の法律とどのような関係を持つのかということについて法的地位の問題がある。憲法第6条1項)で明らかなように国内法と同じ効力を持つとあるが、条約と国内法が相反する場合、何を優先し、適用するのかという問題がまだ残されている。条約の批准前に国内法と相反する部分について、事前の整備で問題要素を事前に取り除くことができるが、商法第732条と条約第25条e)のように明らかに相反する問題の場合、国内法の制定・改正の手続きを踏んではいるが、依然として条約の解釈とこれによる適用に問題があるため、商法第732条以外の権利条約と相反する余地も多く残っている。この場合、権利条約と国内法のうち、どちらを優先し適用するのかという問題は慎重に検討すべき問題である。
 この問題について、チョは「人権条約は、通常の条約とは違う特殊な性格を持っているため、その他の条約とは違う法的地位にある。つまり、国際法上の人権規約は、人間の尊厳と価値を保護するためのものであり、単純な国内問題ではなく、世界で保障しなければならないため、そのような内容は、韓国の憲法上保障されている基本権と概ね一致する。このような点を考慮すると、人権条約の一つである障害者権利条約は、韓国憲法の解釈原理の一つとして憲法を解釈するとき、一つの基準になると言える」と話している(チョ・ヒョンソク 2009)。これは、権利条約が国内法と不一致である場合、国内法の改正を引き出せるだけでなく、障害者権利条約の国内履行に必要な新しい法律の制定にも影響を与えるかもしれない。
 法律には、各法の制定趣旨と目的がある。憲法第6条1項において「憲法により締結・公布された条約と一般に承認された国際法規は国内法と同じ効力を持つ」という規定がある。この条項の趣旨と目的は韓国そして国際社会で合意された内容について国内法と同じ地位を付与し、これを忠実に履行するということであろう。この観点から考えると、権利条約の国内履行において直接適用するのか、それとも追加的な立法措置で履行するのかという問題は、それほど重要ではないかもしれない。むしろ、立法趣旨に合わせてこれをどのように国内に履行するのかという問題が優先されなければならない。また、人権は、一つの国家の問題ではなく国際社会の全ての人々が享有すべき普遍的権利としてこれを尊重し、促進、保護すべき義務を各国の政府は当然受け入れなければならず、これを約束することが権利条約に対する国家レベルでの批准なのである。

2.3 障害者権利条約履行と関連した国内障がい関連法の制限
 韓国では、障がい者を直接な対象として作られた単独の法が多く存在している4)。各法律に障がい関連の条文まで含めると約1,000件にわたる関連の内容がある。他の先進国と比べても、ひけをとらないほど多様な領域で、障がい者関連の法的制度の装置が存在している。障がい者のたゆまない努力と犠牲、市民社会の積極的な支持と参加がこうした今日の成果を生んだといえる。しかし、障がい者の問題は、依然として韓国社会において最も遅れており、障害者は最も教育を受けられず、最も貧しく、最も疎外されている代表的な集団のままでもある。
 これは、法的制度の装置がまだ障がい者の権利と尊厳を促し保護する上で、限界があるということの裏返しである。障害者権利条約が制定、批准され、韓国も権利条約の当事国になった。批准当事国は、批准後2年以内に第1次報告書を提出してから、毎年4年ごとに定例報告書を提出することになっている。これは、条約の批准当事国が権利条約をある程度履行しており、条約の完全な履行のためにどのような履行計画があるのか審議し、各当事国の積極的で能動的な条約履行を導いていくためである。
 このように条約は、一次的に各当事国の履行努力を求めるものであり、これを持続的にモニタリングするための国際法である。つまり、各当事国に条約履行のための義務があるということである。このような義務は、単に政府当局の意思にまかせるのではなく、法と制度によって政府の義務と責任を明らかにするのはもちろんのこと、市民社会の積極的な参加と実践するための努力を引き出し、人権状況全般が改善できるようにすべきである。このため、国内法のうち、障がい関連法が権利条約の履行にどのような問題があり、限界があるのかどうか見極め、これを補完するための努力は、一番優先すべき条項であると言える。
 すべての法律および条項に対する検討は、今後の課題とし、まず何点か象徴的な条項の検討と補完のための提案でまとめたい。まず、憲法第34条5項「身体障がい者および疾病、高齢その他の事由により生活能力がない国民は、法律が定めるところにより、国の保護を受ける」という規定から修正すべきである。憲法に唯一明示されている障がい者を生活能力がない代表的な事例として載せているこの条項は、韓国社会において障がい者がどのような位置にいるのかを最も象徴的に表しているものである。これを障害者権利条約制定の趣旨および目的に合わせて修正してから、下位の法律がこれに適合する法の制定趣旨と目的を持つことができるのである。
 障がい者関連法の基本法といえる障がい者福祉法もその内容を大幅に修正する必要がある。現障がい者福祉法は第1条の目的において「この法が、障がい者の人間らしい暮らしと権利保障のための国と地方自治体等の責任を明白に」とあり、障がい者の権利保障のための国と地方自治体等の責任を明白に規定するとあるが、条項の多くに「努力しなければならない、できる」等の任意条項がまた多くあるため、政府および地方自治体の責任を明確にしてもいないし、義務を明示することもできていない。また障がい者福祉法は「障がい発生防止と障がい者の医療・教育・職業訓練・生活環境改善等に関する事業を定めて、障がい者福祉対策を総合的に推進し」とし、保険福祉領域だけでなく障がい者の暮らし全般にわたっている。特に、「障がい発生の防止」は、障がい者に対する政策でないにもかかわらず、目的に明示されており、障がい者の福祉および尊厳、権利に触れる部分で相反する部分である。また「障がい者の自立生活・保護・手当支給等に関して必要な事項を定め、障がい者の生活安定に寄与する等障がい者の福祉と社会活動参加の促進によって社会統合に貢献することを目的とする」とあり、障がい者も社会に統合させることについて触れてはいるが、障がい者を排除、分離し、物理的、非物理的な社会環境に対してどのような変化させていくのかについての言及がなく、依然として社会で共生するための社会統合のための障がい者の努力に焦点を合わせている。
 また、障がい者の定義において障がい者福祉法第2条の障がい者の定義を示している第1項によると「障がい者とは身体的・精神的な障がいにより長い間、日常生活や社会生活で相当な制限を受けている者を指す」とあり、障害者権利条約前文e)項5)および第1条の目的6)において明らかにしている定義とはかなり異なっている。障がい者福祉法第2条2項7)においても身体的障がい、精神的障がいを別に定義し、このうちの一つに該当する障がいのある者として規定しており、権利条約の「障がい」および「障がい者」の定義とは異なって規定されているため、この改正が必要である。障がいと障がい者の定義を行うことは、どのように障がいと障がい者を理解し、それを基盤に障がい者関連政策をどのようにアプローチしていくのかを決定する重要な条項である。
 障がい者差別禁止法および権利救済に関する法律第8条の国および地方自治体の義務を示す1項8)において国と地方自治体に差別禁止、権利救済の責任、積極的に差別是正措置を規定している。また第2項においては9)、正当な便宜が提供できるよう必要な技術、行政、財政の支援をすべきであると規定している。一方、障害者権利条約は、障がい者の尊厳と権利保障のため、政治、経済、社会、文化といった全領域にわたって政府の積極的な措置を強調しており、差別禁止法の差別防止、権利救済、差別是正の前に、権利を保障するための先制的かつ積極的な措置の責任が政府の義務であることを明らかにしている。差別禁止法が権利侵害、差別に対する救済および是正にその法律の制定目的があるとすれば、障害者権利条約は、権利を規定し、これを保障するための積極的な措置の履行にその目的があるということである。このような点において、権利条約と差別禁止法は相互補完的であり、権利条約の目的である権利の規定とこれの保障を明示し、中央・地方政府の義務を明らかにする国内法の制定が必要である。
 一方、母子保健法第14条の人工妊娠中絶手術の許容の限界を示す1項1号では「本人や配偶者が大統領令で定める優生学または遺伝学的な精神障がいや身体の疾患がある場合」人工妊娠中絶手術を合法的に認めており、同条3項において第1項の場合本人や配偶者が心神障がいにより意思表示ができない時には、その親権者や後見者の同意をもって、親権者や後見者がいない時には扶養義務者の同意をもって本人の同意とみなすことができる」と規定しており、障害者権利条約前文n項10)、第10条11)、第17条12)、第23条13)と真っ向からぶつかる代表的な条項である。障害者権利条約は、障がい者みずからの選択権、生命権、個人の固有性、家庭や家族に対する尊重を障がい者の権利として宣言し、これを保護し尊重すべき義務を政府に付与している。このような条約の制定趣旨および目的に合わせてみると、代表的な反障がい者的条項である母子保健法第14条に対する改正を議論する必要がある。
 また、民法改正で施行を目前にしている成年後見制度の場合も、障害者権利条約第12条の法律の前にひとしく認められる権利条項として法と制度の制定・改正の議論が必要である。これは、権利条約の制定当時にも議論されていた内容で、障がい者の法的権限と行為能力を制限することは、権利条約の制定趣旨と目的に合っていない代理人制度により、障がい者自らの判断と決定によって法的権限を行使できるよう支援する制度としてアプローチすべきだという条約の制定趣旨に照らし合わせてみると、民法改正による成年後見制度の国内施行は考慮すべき事項である。
 障がい者の福祉、雇用、教育、権利救済、差別禁止等を規定した法と制度の数は相当存在している。しかし、国内に存在している多くの法と制度、政策が、権利条約の制定趣旨と目的にしっかり合っているのかという点においては、まだ多くの問題を抱えている。簡単にいくつかの事例の検討を確認したように、多くの障がい、障がい者関連の法と制度はより精密に、かつ掘り下げて検討をする必要があり、補完および改善、新しい案の整備が急がれる。その中でまず我々が考慮すべき部分は、障害者権利条約の理念を完全に盛り込んだ障がい者基本法の制定である。障がい者基本法は、既存の法のなかに障がい関連法を加えるのではなく、権利条約の制定趣旨と目的に合わせて障がい者の権利とこれを保障すべき政府の義務を明確に規定し、障がい関連法および条項間の相互有機的な補完で体系的かつ統一的な枠を持つ基本法としての法が必要である。

2.4 日本における障がい者政策関連法の最近の動向
 日本の障がい者政策関連法の始まりは、第2次世界大戦以降である。戦後日本は、児童福祉法(1947年)、身体障害者福祉法(1949年)、精神保健および精神障害福祉に関する法律(1950年)、知的障害者福祉法(1960年)を制定した。以降、障害者基本法(1970年)により「障がい」に対する基本理念が盛り込まれた法律を制定し、最近の動向としては2013年4月に施行予定の障害者総合支援法制定関連の動きが挙げられる。
 戦後から始まった日本の障がい者政策の歴史は大きく4段階の時期に分けることができる。第一に戦後から2003年まで、第二に2003年から2006年まで、第三に2006年から2012年まで、第四に2013年4月からに分けることができる。日本の障がい者政策の時期別の特徴は次の通り簡単にまとめることができる(チョ・ウォンイル 2007)。第一に、措置費制度の時期(戦後〜2003年)だが、「措置費制度」は、サービスの利用者、提供者の自由な契約関係を認めず、必然的に、不必要な福祉費用の増加をもたらした。またこの時期の日本は、経済が長引いて低迷し、少子高齢化時代の到来による福祉効率性を求める時代の流れと合わなかった。その結果、支援費制度という新しい制度の転換が必要になった。
 第二に、支援費制度の時期(2003年〜2006年)であるが、「措置費制度」と比較すると「支援費制度」の最も大きな特徴は、障がい者とサービスの提供者との自由な「契約」である。「支援費制度」は、利用者と指定事業者が直接契約するため、利用者が指定事業者を選択できた。しかし「支援費制度」は従来の「措置費制度」のリハビリテーションモデル理念を打破した理念上の革新があったにもかかわらず、制度施行による財源をしっかり確保できず施行後3年で廃止された。
 第三に、障害者自立支援法の時期(2006年〜2012年)であるが、障害者自立支援法の最大の弱点として指摘されているのが「応益負担」14)制度である。この制度の導入にあたって障がい観の概念上の性質に注目しなければならない。障害者自立支援法以前の本人負担方法はいわゆる「応能負担」15)であった。障がいの種類や程度による福祉サービスの提供の根拠は、多元化(つまり生産的福祉の適用対象であるか、人権的側面の適用対象であるか是非)であるべきだ。しかし、障害者自立支援法の「応益負担」の原則は、福祉サービスを受けるすべての障がい者を生産的福祉の適用対象として一元化したのだ。これは、障がい者福祉サービスの対象を、少しでも生産を期待できる一部の障がい者に限っただけでなく、人権的側面で福祉サービスを提供する意思がないということを明確にするものである。結局、障害者自立支援法は、経済、非支配層としての障がい者が置かれている政治、重度・重複化や多様化として特徴付けられている障がいの固有の特性を反映できておらず、「人権」問題としてアプローチしていく障がいパラダイムの反映はおろか、社会福祉的観点だけの評価ですら理念的・実践的に後退した。
 第四に、障害者総合支援法の時期(2013年4月〜)だが、「障がい者関連法制度の全面再検討」の作業が進んでいる時期であり、2009年12月に「障がい者制度改革推進本部」が設立し、2010年1月に「障がい者制度改革推進会議」が発足、本格的な議論に入った。早くから日本の障がい者たちは「障害者自立支援法」の「応益負担」問題で「障害者自立支援法」の代替となる新しい法案制定の必要性を認識していた。「障がい者関連法制度の全面再検討」の作業が実務会議の性格を持ち「障がい者制度改革推進会議」を構成した。
 「障がい者制度関連推進会議」は、5年間の改革期間(実質3年間)と位置づけ「遅くとも2013年8月までに『障害者自立支援法』を廃止、新しい総合的な福祉法制を実施する」16)という計画を立て、新しい総合的な福祉法制は、国連障害者権利条約、自立支援法訴訟の基本合意書を基礎としており、その名称は「障害者総合福祉法(障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律)」とされた。また「障がい者制度改革推進会議」は、障害者権利条約の内容を基礎として「障害者総合支援法」を制定することとし、障害者権利条約の批准を前提にしており、障害者基本法、障害者差別禁止法、障害者虐待禁止法、障害者総合福祉法、教育、雇用、障害物除去、情報アクセス、所得保障および関連法に明示されている「障がい」(「障がい」の定義)に対する検討も予定している。「障がい者制度改革推進会議」が推進している内容の通り、「障害者総合支援法」が制定された場合、「障害者総合支援法」は、国連障害者権利条約の内容を基礎に制定された基本法の性格を持つことになる。
 現在「障がい者制度計画推進会議」が進められているなか、特に「障害者総合支援法」制定の方向性はとても重要なポイントになっている。つまり障がいパラダイムを「人権」に帰結させた国連障害者権利条約の内容を基礎としており、「経済」ではなく「生活」に重点を置いて進めている点である。これは、いままで「経済論理」に基づいて提供されていた福祉サービスの限界、つまり予算に縛られるしかなかった問題を越えることが可能となり、何よりも「障がい」の概念を「人権」の概念として変換し、国が提供した各種のサービスを「恩恵として受ける福祉」ではなく「当然の権利」として定着できる可能性があることを意味しているのだ。

3 障がい者基本法制定の方向性および主要内容

 障害者基本法制定に対する議論は、韓国の障がい者関連法では、障害者権利条約の実現を担保できないというところから始まった。つまり、障がい者福祉法、障がい者差別禁止および権利救済に関する既存の法律では、障がい問題を人権の観点から展望し解決できないために、同法に対する制定議論が始まったのである。したがって、本節では障がい者基本法の基本的な制定の方向性および主要内容についてみる。

3.1 制定の方向性
 本研究は障がい者基本法制定において、次の事項を検討する。第一に、障がい問題の人権観点からのアプローチ。第二に、国の責務の強調。第三に、既存の障がい関連法の相互有機的な調整および統合。第四に、障がい問題解決に対する無差別的・包括的なアプローチ。第五に、障がい当事者主義の実現である。

 3.1.1 障がい問題の人権観点からのアプローチ
 障がい者基本法は、障がい問題を人権の観点からアプローチし、これによって障害者権利条約を完全に実現しようとするものである。権利条約第1条(目的)には「本条約は障がい者のあらゆる人権と基本的な自由の完全と平等な享有を促進し、保護しおよび保障し、障がい者の生まれもった尊厳の尊重を促進することを目的とする」と明示されている。つまり、権利条約は、これまで障がいのない者中心の社会で人間の生まれ持った固有の人権でさえも否定し剥奪された障がい者の人権を、障がい当事者に返すことを目的としている。また、障がい者基本法も権利条約の延長線上で障がい問題を人権の観点からアプローチしようとしている。
 障がい問題を人権の観点からアプローチすることは、身体的・精神的機能障害(impairment)を持っている障がい者と障がいのない者との違い(difference)を認め、その違いによって障がいのない者には不必要な社会的支援として思われることを障がい者の権利として保障してくれることを意味している。よって、障がい者に提供されている暮しの諸般領域における社会的支援は、国の当然の責務であり、国は社会的資源の持続可能性を担保するための必要な財源を整えなければならない。つまり、障がい者が既存の韓国社会で各種の社会的支援に対して同情的で受け身の対象にとどまっているのではなく、国を相手に社会的支援を堂々と要求し享有する権限のある権利の主体になったのである。

3.1.2 国の責務の強調
障がい者基本法が障がい問題を人権の観点からアプローチするために何よりも先に解決すべき課題は、国に高い水準の責務を担保することである。権利条約第4条の(一般的義務)1項によると「締約国の政府は、障がいを理由とする差別なしに、すべての障がい者の人権と基本的自由に対する完全な実現を促進し、保障すべきである」と明示しており、同条(a)項によると「この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置、その他の措置をとること」と明示されている。つまり、国は、権利条約の履行のために必要な法的、行政的、財政的、その他すべての措置を行うべきであり、当然ながら、その措置の中心は、障がい問題を解決するために必要な財源を整備することであることである。
 支援費制度において障害者自立支援法を展開していた日本の障がい者政策の変化によって、財源確保がどれほど重要な事案であるか確認できた。障がい者基本法は、日本の経験を貴重な手本とし「財源確保」という国の責務を担保できる実効性のある案を作成しなければならない。また、国の責務にはただ財政確保に関連した側面だけがあるのではなく、財政支援の方法と強制性のある予算執行のシステムも含まれる。詳しい内容は、後述で確かめ、障がい者基本法の主要内容を扱うことにする。

 3.1.3 既存の障がい関連法律の相互有機的な展望と統合
 上述で言及した通り、韓国では障がい者を対象とする独立した法律がかなり多く存在する。そして現在、有機的な展望および統合の役割を果たしながら障害関連の一般法の性格を持っている法律は、障がい者福祉法である。一般法とは、法の効力が特別な制限なしに、一般的に適用される法を意味し、一般法は個別の法律を相対的に指揮する憲法の下位規範であり、法律の上位規範としての意義および個別の法律間の全体的に統一し連携する役割を果たすべきである。
 しかし、現実に障がい者福祉法は、まったくこのような機能を果たせていない。特に、既存の障がい者福祉法は、人権の観点からの法律ではなく、恩恵として受ける福祉の観点からの法律であるため、障害者権利条約の理念と目的を実現できないだけでなく、既存の他の法律を有機的に展望および統合する役割もしっかり果たせていない。さらに現在、障がい者福祉法は、明文化されている条項として障がい者関連法律の一般法としての性格を規定することすらできていないのが実情である。よって、障がい者基本法は、韓国の障がい関連法律を基本的に人権の観点から展望および統合する役割を果たすべきである。

 3.1.4 障がい問題解決に対する無差別的・包括的アプローチ
 障がい者基本法は、多様な障がい問題を解決するため無差別的・包括的アプローチをとるべきである。無差別的とは、障がいによって差別を受ける障がい集団内で二重(double)または、多重差別(multi-discrimination)を受けることになる障がい児童、障がいのある女性、発達障がい者が、他の障がい集団そして障がいのない者が享受できる人間の尊厳と価値を同じように無差別的に享有すべきということを意味する。権利条約第5条は(平等及び差別されないこと)を規定しており、1項によると「締約国は、すべての者が、法律の前に又は法律に基づいて平等であり、並びにいかなる差別もなしに法律による平等の保護及び利益を受ける権利を有することを認める。」とある。第6条では「障害のある女性」を第7条では「障害のある児童」の人権保護を別途に明示している。よって障がい者基本法は、このような二重または多重の差別集団が直面している障がい問題に対する無差別的なアプローチをとるべきである。
 一方、障がい問題に対する包括的なアプローチとは、障がい者が障がいのない者の主流社会で暮しながら直面することになる多様な暮らしの問題領域を網羅し、アプローチすべきものである。権利条約条文には、アプローチ、生命権、危険状況および人道主義の非常事態、法の下に平等、司法的アプローチ、拷問または残虐など非人道的または品位を傷付ける処遇または差別からの自由、搾取・暴力および虐待からの自由、インテグリティの保護、移住および国籍の自由、自立した生活と地域社会への参加、個人の移動、意思表示の自由および情報アクセス、プライバシーの尊重、家庭や家族に対する尊重、教育、健康、リハビリテーション、労働と雇用、適切な生活水準および社会的保障、政治的・公的活動への参加、文化生活、娯楽・余暇およびスポーツ活動全般領域において障がい者が当然享有すべきであり、そして国が必ず保護および保障すべき権利が明示されている。これは、すべての法の最高上位規範である憲法と同じ規模と程度の包括性を持ち、障がい者基本法もこのように障がい者が障がいがない者が主流である社会で暮しながら直面する多様な障がい問題を全て包括すべきである。

3.1.5 障がい当事者主義の実現
 障害者権利条約の基本精神は“Nothing about us Without us !(私たち抜きに私たちのことを決めるな!)であり、権利条約前文(o)項によると「障害者が、政策及び計画(障害者に直接関連する政策及び計画を含む。)に係る意思決定の過程に積極的に関与する機会を有すべきであることを考慮し、」と明示されている。よって、権利条約は、障がい当事者主義を基盤にしている。障がい当事者主義とは、障がい者こそ障がい者にとって何が一番必要なのか、本人が直面している問題だからこそ障がい者がその解決する方法を一番よく分かっているため、障がい政策の策定過程に必ず障がい当事者の参加が保障されなければならないということである。したがって、障がい者基本法も障がい当事者主義を実現すべきである。
 障がい者基本法が障がい当事者主義を実現するということは、一次的に同法を制定する過程で障がい当事者の全面的な参加が制度的に保障されるべきということを意味している。これは、日本の障害者総合支援法の制定過程においての事例を参考にできる。
 日本は、障害者総合支援法制定過程で「障害者制度改革推進会議」に障がい当事者を24名のうち14名と、多く参加させ、制定過程において障がい当事者主義を実現させた。したがって今後、韓国も障がい者基本法制定過程において日本のように障がい当事者の多数の参加を制度的に保障すべきである。また、障がい者基本法の内容のうち、政策の立案および決定においての利害当事者の体系的な参加保障や、国の重要な障がい関連基本政策機関での障がい当事者の参加保障が制度的に後押しされるべきである。

3.2 主要内容
 障がい者基本法が権利条約の完全実現のために必ず扱うべき中心の内容を次のとおり各ジャンル別でみてみる。

 3.2.1 総則
 障がい者基本法第1章総則に必ず盛り込むべき内容には、障がい者基本法の目的、基本理念、障がいと障がい者の定義、国および地方自治体の責任、他の法律との関係である。
 第一に、障がい者基本法の目的を権利条約の目的の延長線上で「すべての障がい者が人間らしい生活を送るために必要な社会的支援を人権の観点から提供し、すべての障がい者が人間としての平等な社会的権利を享有できるためである」と規定したい。
 第二に、障がい者基本法の基本理念は次の通りである。(1)障がい者基本法の基本理念は全ての障がい者の人間の尊重を回復することである。(2)障がい者が直面している暮らしのさまざまな問題の解決を人権の観点からアプローチする。(3)国と地方自治体は、障がい者の傷ついた尊厳を回復させる責任を持っている。(4)障がいの問題解決において障がい当事者主義を実現する。
 第三に、障がい者基本法において定義する障がいと障がい者は、権利条約の障がい者の定義の延長線上で「障がいとは身体的・精神的機能障がいを持っている者に与えられる社会的・環境的制約を意味し、障がい者とは、身体的・精神的機能障がいを持っている者としてこのような社会的・環境的制約によって日常生活や社会生活において差別、不利、制約等を受ける者を意味する」と規定する。
 第四に、障がい者基本法において明示されている国と地方自治体の責任は、権利条約の一般義務の延長線上において(1)国と地方自治体は、すべての障がい者が障がいを理由に差別を受けず、すべての障がい者の人権保護および保障にさらに取り組むべきだ。(3)国と地方自治体は、すべての障がい者の人権を保護するため必要な政策を講じ、これを実行するのに必要な財源を確保すべきである。
 第五に、障がい者基本法において明示されている他の法律との関係は「障がい者の人権増進に関する他の法律を制定または改正する場合には、この法に合うようにすべきである」と規定したい。よって障がい者基本法が障がい関連の最高位の一般法としての性格を持つことによって、障がい者福祉法、障がい者差別禁止法および権利救済に関する法律等の障がい関連法律は障がい問題に対する観点、障がい者の定義等に対して不可避に改正するしかなく、それだけではなく、追って各個別法律の制定・改正時の障がい者基本法の目的、基本理念、障がいおよび障がい者の定義等に内容的拘束を受けるだろう。

3.2.2 障がい者基本政策計画
 障がい者基本法ではまず、韓国の障がい者基本政策計画の主要事項が明示されなければならない。障がい者基本政策とは、障がい者基本法の目的、つまり、障がい者の人権促進および人間の尊厳を回復するため、保健福祉部大臣が関係中央行政機関の長と障がい者基本政策計画の計画、調整、執行および評価等の過程で障がい当事者の参加が制度的に保障されるべきである。特に、障がい者基本政策計画についての執行機関に障がい当事者の参加が保障されるべきで、この場合、障がいの種類および障害の程度、性別等を考慮する必要がある。
このような障がい者基本政策計画には権利条約の内容を基に次の各号の事
項が含まれなければならない。

 (1)障がい者の教育に関する事項
 (2)障がい者の労働および雇用に関する事項
 (3)障がい者の所得に関する事項
 (4)障がい者の住居に関する事項
 (5)障がい者の社会参加に関する事項
 (6)障がい者の健康および生命に関する事項
 (7)障がい者の虐待および不当な扱いに関する事項
 (8)障がい者の余暇および文化に関する事項
 (9)障がい者の福祉に関する事項
 (10)それ以外に障がい者の人権促進のための必要な事項

 次に、障がい者基本法に障がい者基本政策調整委員会設置に関する事項を規定すべきである。つまり、上記の障がい者基本政策を策定し、関係省庁間の意見を調整し、その政策の履行を監督・評価するため大統領所属の下、強制力のある常設機関として障がい者基本政策調整委員会を設置するべきである。現在、障がい者福祉法上、障がい者政策調整委員会は関係省庁の意見を調整した事例がほとんどないだけでなく、非定期的な機関として現実的にその機能をほとんど果たせずにいる。よって、障がい者基本法はその政策機関を格上げし、大統領傘下の常設諮問機関として障がい者基本政策調整委員会を設置し、その権限の強制力を向上させるべきだとことを提案する。よって、このような障がい者基本政策調整委員会は次の事項を審議・展望する。そして、障がい者基本政策調整委員会は、次の事項を事前に検討し、関係機関のあいだの協力事項をまとめるため、委員会に国務総理を委員長とする障がい者基本政策調整実務委員会を設置する。

 (1)障がい者基本政策の基本方向性に関する事項
 (2)障がい者福祉向上のための政策調整に関する事項
 (3)障がい者教育政策の調整に関する事項
 (4)障がい者労働および雇用促進政策の調整に関する事項
 (5)障がい者所得保障政策の調整に関する事項
 (6)障がい者住居保障政策の調整に関する事項
 (7)障がい者の社会参加および移動の保障政策調整に関する条項
 (8)障がい者の自立した生活を実現するための政策調整に関する事項
 (9)障がい者の健康および生命権保障の政策調整に関する事項
 (10)障がい者虐待および不当な扱いからの保護政策調整に関する事項
 (11)障がい者の余暇および文化の保障政策調整に関する事項
 (12)障がい者基本政策推進と関連した財源調達に関する事項
 (13)障がい者基本政策の推進のための、関連省庁の協力に関する事項
 (14)それ以外に障がい者基本政策と関連して大統領令で定められた事項

 最後に、国および地方自治体が関連政策を策定・執行する過程で、その政策が障がい者の人権の尊重促進に及ぼす影響を事前に分析・評価し、このことが国および地方自治体の義務事項を明示すべきである。また、障がいの認知予算制度の実行を国および地方自治体の義務事項であると明示すべきである。性の認知に関する予算が女性だけのための予算編成なのではなく、男女平等という目的を持った予算制度であるように、「障がい認知」の予算も障がい者だけの予算編成でなく障がい者と障がいのない者の平等を求めるものであり、障がい者とそれ以外の者の共生を実現するための目的を持った予算制度である。重要なのは、適切な予算の分配なしに人権の観点から障がい者の社会共生を実現できず、既存の国家予算制度では適切な予算分配を導き出すことができないことである(キム・ドンキ2008)。
 「障がい認知」予算制度は、韓国および国際的にとても珍しい概念というわけではない。2010年代に入り、障がい認知制度に対する関心とこの制度の必要性に対するコンセンサスが急速に広まった。その代表例として、2011年教育・社会・文化分野の国会対政府質問においてハンナラ党のユン・ソギョン議員がキム・ファンシク国務総理にこの制度の必要性を主張し、制度の導入の意思について質疑し、これに対しキム総理は同制度の導入について肯定的な態度を見せた。またソウル市は、4月に「障がい者希望ソウル総合計画」を発表し、2013年に障がい認知の予算制度を試験導入すると公表した。国際的には、8月初めにアジア太平洋地域の15ヶ所の障がい者団体の代表が国連アジア太平洋経済社会委員会(UN ESCAP)インチョン戦略の最終合意案をまとめ、韓国側の強い主張により、アプローチの目的の促進指標として障がい認知予算制度を、障がい統計の主要指標として追加した。このように障がい認知予算制度は、近い将来、性認知予算制度のように「両親認知予算制度」の類型として位置づけられるだろう (キム・ドンキ 2012) 。よって、障がい者基本法において障がい者と障がいのない者の平等を追求するにあたり、重要手段になる障がい認知予算制度の導入を明文化しなければならない。

 3.2.3 障がい者基本政策の基本施策
 障がい者基本政策の基本施策には、障がい者の福祉、障がい者の教育、障がい者の労働と雇用、障がい者の所得、障がい者の住居、障がい者の社会参加、障がい者の健康および生命、障がい者の虐待および不当な扱い、障がい者の余暇および文化、それ以外の障がい者人権の尊重を促進する事項に対する基本的施策を規定すべきである。そかし、この基本的施策に対する詳しい内容は、障がい関連該当の個別の法律において規定されなければならない。例えば、障がい者の福祉についての詳しい内容は障がい者福祉法であり、障がい者の教育についての詳しい内容は障がい者等の特殊教育法で扱われるだろう。しかし、このように該当する個別の法律において細かく規定される基本施策に対する全般について障がい者基本法の中で別に規定するのは、障がい者基本法と下位法律との有機的な関係を構築するためである。
 また、障がい者基本政策の基本施策で同時に扱うべき内容は、個人別予算制度の導入である。つまり障がい者基本法は、障がい当事者主義を目指す法律であり、障がい者基本法は権利条約と目指すところが同じである。よって、障がい当事者主義を最も現実的に実現できる財政支援の方法も個人別予算制度であるため、必ず障がい者基本法においてこの導入を規定すべきである。伝統的に、地域社会サービスの資金支援方法とは、資金を政府が障がい者ではないサービス提供者あるいはケア提供者に支給することである。このような方法を総額資金支援(BF: Block Funding)と言う。すなわち、BFはサービス供給者中心である。障がい者が誰からサービスを受け、どのような種類のサービスを受けるかにおいて、障がい者自身は選択権を多く持っていない。しかし反対に、個人別予算制度は、障がい者にお金を直接支給する消費者中心の支援システムを採択している。障がい者は、IF(Individualized Funding)で、自身が望むケアを自身が選択したサービス提供者から受けることができ、その対価として自身が支払うのである。このように、個人別資金支援制度を採択している国は、英国、ドイツ、カナダ等があげられる。よって、障がい者基本法において、障がい当事者主義の真の実現のために個人別予算制度の導入を明文化しなければならないのである。

 3.2.4 障がい者人権基金
 最後に、障がい者基本法の基本政策および施策を実行するための必要な財源の確保のため、障がい者人権基金の設置を明示すべきである。このような人権基金が事前に設置および積立てられた時、持続可能であり、かつ迅速に障がい者の人権の尊重の増進が実現されるだろう。つまり、障がい者人権尊重の増進のための最も重要な優先されるべきの課題がまさに財源であるためこのような基金整備が大変重要な事案になるだろう。
 また、中央省庁レベルだけでなく地方政府レベルでも各市・道(韓国の自治体レベル)の障がい者人権基金の設置および運営を明示し、各地方政府の特殊事項を考慮した、さらに障がい当事者の権利に敏感な政策を策定および執行できる基盤を構築しなければならない。そして、このように各市・道別の障がい者人権基金が整備されることで、各市・道別に発生する障がい者基本政策の格差を事前に一定部分、統制することができるのである。
 これまでみてきた障がい者基本法の重要内容に対する構成を〈表1〉にまとめた。

4 結論および提案――障がい者基本法と国内障がい関連法の関係性
  および改正の方向性

 これまで、障がい者基本法制定の方向性および主要内容について簡潔にみてきた。韓国に残された課題は、障がい者基本法と既存の国内障がい関連法の関係および今後の同法の改正の方向性である。そして重要なのは、既存の障がい関連の一般法としての役割を担当してきた障がい者福祉法との関係性および改正の方向性である。
 上述の通り、一般法は、法の効力が特別な制限なしに一般に適用される法律として、憲法の下位規範であり、他の関連法の上位規範としての意義および個別の法律の間の全体的な統一性と連携性を担保する役割がある。しかし、これまでこのような役割を果たしてきた障がい者福祉法は、障がい者の人権尊重の促進および権利条約の完全な履行の側面で制限が多かった点も否定できない。よって、韓国において障害者権利条約を完全に履行するには、人権の観点からの立法が必要であり、その役割は、障がい者基本法の制定によって果たされるのである。よって今後、障がい者基本法が障がい者関連の最高の一般法として機能できるように制定されなければならない。加えて、障がい者福祉法は、障がい者福祉と関連して制限された領域についての立法のみを扱わなければならない。つまり、障がい者基本法と関連した大きな枠組みでの方向性、基本政策等の内容は、障がい者基本法で規定し、これに関連した政策のうち、福祉政策についてのみ、障がい者福祉法に規定するのが妥当である。また、障がい者基本法に明示すべき内容が、既存の障がい者福祉法に規定されている事項、たとえば、障がい者基本政策計画、障がい者基本政策調整委員会等の事項のなかで根拠となる法律を障がい者福祉法から障がい者基本法へと移行すべきである。
 また、障がい関連の他の既存の法律も障がい者基本法の目的および理念に合うように法の内容を修正する必要がある。特に、障がい者基本法が人権の観点から障がい問題をアプローチしているだけに、既存の受け身的で同情的な内容を盛り込んでいる法律は、すべて改正すべきである。この点において、既存の多くの法律が国および地方自治体の予算を考慮し、障がい者のニーズに応え、問題を解決するために提供する政策および事業の実行を「……できる」等の裁量行為として規定しているのが大多数であるが、今後このような裁量規定を「……すべきである」という強硬規定に変更すべきである。なぜなら、障がい者基本法は、障がい問題を人権の観点からアプローチしているため、国および地方自治体の予算に関する議論に、障がい者の人権が従属されていないからだ。これは、人権の観点でありながら、国の責任を強調する障がい者基本法の基本的な制定方向性に一致する。
 聖書に「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という言葉がある。新しい酒は新しい革袋に盛れば腐らず、革袋も破れたりしないという意味である。これを障がい者基本法に適用すると、障がい問題を人権の観点から解決するという新しい試みは新しい革袋である障がい者基本法に盛り込まなければならないということだ。
 しかし、一つ考慮すべき点がある。政策のスピード(speed)と政策の質(quality)のうち、どちらを優先すべきかという点である。つまり、政策のスピードを優先すると、本研究が主張する点とは違う、障がい者福祉法を全面改正し、障がい者基本法に盛り込むべき重要な内容を障がい者福祉法に盛り込まなければならない。一方、政策の質を優先すると、当然障がい者基本法を制定することになる。おそらく政策の質を優先し、障がい者基本法を制定すれば、相当の時間が必要になる。もちろん現在では、国および国民の障がい者に対する人権意識と水準がずいぶん向上しているとはいえ、障がい者基本法を制定するのに決して短くない時間がかかることは明らかである。よって、今後両者の選択の岐路において、さらに実効性のある案はどのようのものがあるのかについて、障がい当事者の意見をまとめ、彼らが求める方向へと立法の制定・改正運動を展開させていくべきである。

[注]   
1)第25条「健康」(e)健康保険及び国内法により認められている場合には生命保険の提供に当たり、公正かつ妥当な方法で行い、及び障害者に対する差別を禁止すること。
2)商法第732条(15歳未満の者に対する契約の禁止)15歳未満の者、心身喪失者、心身薄弱者の死亡を保険事故とした保険契約は無効とする。
3)障害者権利条約の批准当事国は批准してから2年以内に国家報告書を提出することになっており、韓国政府は2011年6月に障害者権利条約の第1次国家報告書を提出した。第1次国家報告書に対する障害者権利委員会の審議は、2015年に行われる予定であり、韓国政府の第2次国家報告書は2015年までに提出しなければならない。これにより第1次と第2次の報告書が合わせて審議される可能性もある。
4)障がい者福祉法、障がい者雇用促進および就職再活法、障がい者差別禁止法および権利救済に関する法律、障がい者活動支援に関する法律、障害者等に対する特殊教育法、障がい者年金法、障がい者企業活動促進法、障がい者・高齢者・妊産婦の便宜拡大保障に関する法律、障がい児福祉支援法、障がい者・高齢者等住宅弱者支援に関する法律、交通弱者の移動方法拡大法、重度障がい者生産品優先購買特別法などがある。
5)前文e)「障害が、発展する概念であり、並びに障害者と障害者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め、」
6)障がい者は、多様な障壁との相互作用として、他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げる長時間の身体的、精神的、知的、感覚的機能障がいを持つ者を含む。
7)障がい者福祉法第2条(障がい者の定義等)2項)この法の適用を受ける障がい者は、第1項による障がい者のうち、次の各号の一つに該当する者として、大統領令で定めた障がいの種類および基準に該当する者を指す。
 1.「身体的障がい」とは主要外部身体機能の障害、内部器官の障がい等を指す。
 2.「精神的障がい」とは発達障がいまたは、精神疾患により発生する障がいを指す。
8)国および地方自治体は障がい者および障がい者関係者に対する全ての差別を防止し、差別を受ける障がい者等の権利を救済する責任があり、障がい者差別を実質的に解消するために、この法で規定された差別是正に対する積極的な措置を取らなければならない。
9)国および地方自治体は、障がい者等に正当な便宜が提供されるように必要な技術・行政、財政的支援をすべきである。
10)障害者権利条約前文n)「障害者にとって、個人の自律(自ら選択する自由を含む)及び自立が重要であることを認め、」
11)障害者権利条約第十条生命に対する権利「締約国は、すべての人間が生命に対する固有の権利を有することを再確認するものとし、障害者が他の者と平等にその権利を効果的に享有することを確保するためのすべての必要な措置をとる。」
12)障害者権利条約第十七条個人が健全であることの保護「すべての障害者は、他の者と平等に、その心身が健全であることを尊重される権利を有する。」
13)障害者権利条約第二十三条家庭及び家族の尊重1「締約国は、他の者と平等に、婚姻、家族及び親子関係に係るすべての事項に関し、障害者に対する差別を撤廃するための効果的かつ適当な措置をとる。この措置は、次のことを確保することを目的とする。」
14)行政サービスの利益を受ける者はその利益の量によって税制をしなければならない。サービス量の増加によって自己負担が増加することを意味する。
15)所得(つまり、経済能力)によって負担額を決定し、通常本人の所得とその扶養義務の前年度の所得税額によって決定される。
16)政府と訴訟団の基本合意文書(2010.1.7)に明示されている内容であり、ここで「訴訟団」は「事項自立法」の「応益負担」に関して裁判を申請した原稿を指す。

[文献]
キ厶・ドンキ(2008)「社会統合の観点から見つめる障がい認知予算制度の必要性に関する研究」韓国障がい者人権フォーラム研究用役報告書
キ厶・ドンキ(2012)「障がい認知予算制度導入議論のための討論会」2012年第3回 障がい者政策討論会資料集
ユン・サモ(2007)『障がい学概論』
チャン・スホ(2010) 「障がい福祉パラダイムの変化」障がい者活動補助人教育資料集
チョ・ウォンイル(2007)『日本の社会福祉においての障がい者自立パラダイムの変遷』日本研究論叢 pp.26,pp.425-456
チョ・ヒョンソク(2009)「障害者権利条約の実効的履行:現況と課題」韓日シンポジウム資料集
韓国障がい者財団(2012)WHO 世界障害報告書
韓国DPI(2003)「障がい者の権利および尊厳の保障と促進のための包括的かつ総合的な国際条約の国際招請講演」資料集
厚生労働省ホームページ www.mhlw.go.jp