計画停電と医療的ケアを必要とする障害児・者──東日本大震災における首都圏の事例から

佐藤浩子

 1 はじめに

 2011年3月11日、東日本大震災が起きた。首都圏は14時46分に震度5強の地震に襲われた。電車が止まり、帰宅困難者が街にあふれ混乱した。翌12日、東京電力は原子力発電所などが被災したことによる電力不足の恐れから、週明け14日から、地域単位で順番に時間を決めて首都圏の電力供給をとめる「輪番停電」(1)を実施すると発表した。「輪番停電」は「計画停電」と報道されたが、直前までどこの地域がいつ停電の対象地域になるのかわからず、首都圏に住む特に医療的ケアを必要とする障害児・者は大変不安な状況にたたされた。計画停電により、人工呼吸器や吸引器の電源の確保ができなくなると命が危なくなる。今回の震災と計画停電の事態は、呼吸器や吸引器など電気が必要な医療機器を日常的に使用し、在宅で生活している多くの障害児・者に、災害や停電時に、生命や在宅生活を維持するためにはどうすればよいかという大問題をつきつけた。
 結果的に、計画停電の3時間はなんとかクリアーでき、また計画停電が実施されなかった地域もあり、予想された大停電もなく夏が終わった。はるかに厳しい状況にある東北の被災地の障害児・者の状況に比べ、首都圏の障害児・者の状況は記憶の薄れとともにうずもれてしまうことかもしれない。しかし、だからこそ、記録する必要性があると考えた。
 今回の東日本大震災における首都圏の被災の特徴は、震災による原発事故で計画停電が実施され、電源が必要な医療機器を使用している医療的ケアを必要とする障害児・者が命の危険にさらされたことである。首都圏には医療的ケアが必要な障害児・者が多数在宅で生活している。本論文では、首都圏の医療的ケアを必要とする障害児・者が、東日本大震災でどのような状況にあったかを記録し、安否確認や計画停電への対応策を講じるためには、行政における実態把握が不可欠であることを提起する。

 2 震災時の状況

 インタビューは、筆者が関わっている東京都中野区在住の医療的ケアが必要な重度の障害を持つ子どもの母親4人に、2011年5月に個別に自宅や喫茶店で行った。中野区では結果的に計画停電が実施されなかったので、実際に計画停電が実施された埼玉県在住の人工呼吸器を使用している3人の障害者に、さいたま市にある自立生活センターの事務所で、7月にグループインタビューを行った。

 1.ヘルパーや訪問看護師が安否確認と支援に動いた
 インタビューを行った4人の母親のうち、3人の子ども達は、通園施設や学校から帰宅したところだった。3人とも、訪問介護や訪問看護のサービスを日頃から利用していた。地震が起きた時、Cさん宅にはヘルパーが入浴介助のために来たところだった。そして、地震のすぐ後に、Aさん宅には訪問看護師とヘルパー、Bさん宅にはヘルパー、Cさん宅には訪問看護師と理学療法士が来ている。
 Aさんは訪問看護師やヘルパーが休まないで来てくれて良かったと次のように話す。

(午後)3時過ぎ訪問看護師が少し遅れてきました。マンションのエレベーターが止まったので、非常階段で訪問看護師は上がってきました。その後エレベーターは3日間止まっていました。逃げる時の対応を訪問看護師と相談し、注入道具、薬3日分、体温計、オムツ、医療券・診察券、ラコール常用剤を一日分、吸引器セット、サーチレーションモニター(酸素濃度を測る器具)を車イスに積んで、すぐ逃げられるようにしました。自分ひとりだったらパニックになって、何をしていいかわからなかったと思います。訪問看護師はすべて回ってみるということで家を出ました。2度目の余震が起き、夕方5時半のヘルパーが早目にきました。我が家が危ないと思い来てくれました。夫にも連絡がつかないので、ヘルパーが残ってくれました。その夜はヘルパーに泊まってもらいました。外の道路は車と人がぎっしりですごいことになっていました。子どもの発作がひどくなって、夜中に座薬を入れて対応しました。ヘルパーがいたから対応できました。夫は午前3時ごろに千葉から歩いて帰ってきました。

 Bさんもヘルパーが来てくれて助かったと次のように語っている。

(午後)3時過ぎに訪問ヘルパーが自宅に来ました。家では濃縮酸素(電気で動き固定式)を使って、外出では酸素ボンベ(大と小2本で0.5リットル、12時間持つ)を2本持ち歩いています。余震の時は外に出たので、家の酸素とボンベをつけたりはずしたりしていました。ヘルパーさんが来てくれたので、余震の時、酸素ボンベを持って住まいの2階から外に出たり入ったりできました。いつでも避難できるように、荷造りをして、医療用具3〜4日分、薬、酸素ボンベ、オムツなど、すごい荷物になりました。夫はいても、おばあちゃんの世話も必要で、だれが子どもを抱いて逃げるのか、夜が不安であまり寝られませんでした。

 Aさん宅に来た訪問看護師は、その後、自分の担当するすべての人を回ってみると言って、Aさん宅を出て、Cさん宅に行っている。Cさんは次のように話している。

3月11日に訪問看護師が予定になかったが来てくれました。ほんとうは近所のAさんのところにきたのだけれど、うちによってくれて子どもの無事を確認だけして帰りました。来てくれてよかったです。

 自分の担当の利用者宅を自主的に安否確認に回った訪問看護師がいた。日頃来ている訪問看護師やヘルパーが、災害時に利用者の安否確認や支援に真っ先に動いていたケースがあった。訪問看護師やヘルパーが来てくれることが母親達の大きな安心感につながっている。ちょうど、今回の震災の時間が、ヘルパーなどの訪問時間だったこともあるが、ヘルパーや訪問看護師が、災害時の安否確認や支援に大きな役割を果たしている。Aさん宅に泊まってくれたヘルパーのように、災害時には平常時間以上の対応が要求される。しかし、次節で述べるように、ヘルパーの災害時の対応は、仕事としては認められていない。災害時、重度障害児・者に一番早く安否確認や支援を行えるのは、日頃から介助に入っているヘルパーや訪問看護師である。災害時の安否確認や支援をヘルパーや訪問看護師が業務として行えるように、制度の改善が必要だと考える。

 2.災害時に対応できるヘルパー等派遣の制度が必要
 ヘルパー事業所を中野区で運営する重度の障害を持つHさんは、3月11日震災後のヘルパーの動きを以下のように述べている。

ヘルパー事業所のヘルパーさん・常勤・非常勤の方々は、手分けして安否確認に自転車で巡回していました。利用者のお宅では家具が倒れて車イスでは入れなくなり、事務所で雑魚寝したり、友人宅に泊まれるように計らったり、とても大変でした。その上、計画停電で遠くのヘルパーの到着時間や帰れる時間が読めず、そのための派遣の組み換えに苦労します。通常の業務ももちろんやらなければならない。稼動に穴は空けられない。(空とぶ車イストラベルサロン 2011)

 災害時の安否確認はヘルパーや訪問看護師の仕事として決められていない。しかし、上記の事例のように、ヘルパーは自主的に真っ先に利用者の安否確認のために動いたケースがあった。Aさんのところに泊まってくれたヘルパーも個人の意思で泊まって不安なAさんを支援した。しかし、非常時にヘルパーの派遣時間をどう取り扱うのかという制度的な取り決めはない。災害などの非常時、ヘルパーが介護を継続せざるをえない状況になった時に、延長時間とその費用はどうするのかという問題は解決されていない。また、安否確認に回った時間に対する介護報酬は換算されない。
 今回の震災で、厚生労働省は支給時間を自治体の判断で柔軟に対応するようにという通知(2)を出した。しかし、被災地からヘルパーと一緒に逃げて、支給時間を越えた時、自治体がそれを認めずトラブルになっているケースが実際に起きている(3)。被災自治体に柔軟な対応を求めるだけではなく、国も予算措置を行い、災害時には避難などで必要になった派遣時間数を支給することや、災害時の安否確認の業務を介護報酬に換算することなど、災害時のヘルパー等派遣の制度を整備する必要がある。

 3 医療的ケアが必要な障害児・者の計画停電への対応

 震災で原発が停止し、電力不足になったということで、震災翌日の3月12日、東京電力は地域をブロックに分け、順番に一定時間毎に停電する計画停電(輪番停電)を実施すると発表した。停電時間は3時間とのことだった。直前まで、停電地域が変更になったりして定まらず、計画停電と言えるものではなかった。対象になると発表された地域の、電源が必要な医療機器を使用している医療的ケアが必要な障害児・者は不安のただ中にいた。以下は、その時の状況を当事者に聞き取った記録である。

 1.ALS難病患者(4)
 人工呼吸器を24時間装着しているので、停電が起きると命にかかわる。計画停電が発表されたすぐ後、筆者は、筆者が住む中野区のALS難病患者宅を回った。

*ALS患者Kさん
 人工呼吸器はバッテリーがあり8時間もつそうだ。しかし、吸引器がコンセント式で、予備の吸引器も古くてバッテリーが使えるかどうかわからなかった。Kさんの家族は東京電力のカスタマーセンターに電話して、発電機の貸し出しを頼んだ。東京電力のホームページで発電機の貸し出しの相談に応じると書いてあったからだそうだ。しかし、東京電力では対応できないので居住している自治体に相談してくれとの返事だった。それで、Kさんの家族は中野区に電話したが、発電機の貸し出しなどに対応していなかったそうだ。

*ALS患者Lさん
 3月14日、Lさんのお宅にお伺いしたとき、ちょうど、保健師が回ってきていた。ヘルパーもいて、みんなで計画停電の時どうすればいいか考えた。人工呼吸器のバッテリーは8時間もつが、やはり問題は吸引器で3時間もつかどうかわからなかった。それで、吸引器の電源がだめになった時に、痰を注射器のような器具で吸引するなど、みんなでいろいろ考えながら試してみていた。

*ALS患者Mさん
 Mさんのお宅は、バッテリーがたくさん用意されていて、8時間くらいの停電でも、人工呼吸器も吸引器の電源も大丈夫だということだった。しかし、ヘルパー不足で、介護者が奥さん1人になる時間帯があり、その時に地震が起きたらとても逃げられないので、この家がつぶれたらおしまいだと奥さんは言っていた。

 2.医療的ケアが必要な障害児
 2の1.で紹介した中野区在住の医療的ケアが必要な障害児の母親はインタビューの中で計画停電への対応について次のように答えている。

*Bさん
5日後、かかりつけの病院に行き酸素をどうするかと話しました。近所の主治医をつくったらどうかという話を病院の医者としました。入院はわからないが、酸素は貸し出せる。ただ、病院のあるところは計画停電の地域になっているので、停電の場合は同じ状況だと言われました。自治体で対応してもらえるか確認したら、医師会に相談したらと言われました。医師会の医師に相談したらO先生の紹介を受けたので行きました。月1回受診した上で対応しようということになりました。医者達に声をかけて、近所の医師から酸素の調達をしようという話はいただいたが、このあとどうなったかはわかりません。区からの調査の時は、バッテリーはそろえていなかったが、ネプライザーで電池式は手に入れました。吸引、吸入について3時間の計画停電ではだいじょうぶ。心配なのは酸素。自宅に酸素ボンベのスペアが大5本小5本置いてあるが、1週間で空になります。1週間ごとに取替えに来てもらっているが、空になる前に停電があると困る。酸素屋さんに酸素がないこともある。夜間はどうしたらいいのか心配。体温調整がうまくいかないので、汗をかきやすい。脱水の危険がある。冷暖房と加湿器も24時間使っているので。

*Cさん
呼吸器や吸引器をどうしようかとか思った。計画停電だったらまだわかるんです。この時間からこの時間までとその時間だけ我慢するのだったらなんとか耐えればいい。だけど、予告なしの停電が続くようになったらどうしよう。そのために発電機とかを、震災前に東京電力に問い合わせたことが2回くらいあって、2回とも自分で用意してくださいだった。20万円もするものを自分ですぐ買えるわけでもないし、何がいいかもわからないし、用意ができなくて震災を迎えたけれど、幸い、父が手づくりの2〜3時間使えるバッテリー装置を作ってくれたので良かった。実際使わなかったけれど安心でした。何かあった時は病院に駆け込むしかないので、うちには呼吸器と何日か分の吸引器があればいいと思っていました。その時は確か、吸引器のバッテリーは2〜3個あって、1個で一日大丈夫なので、2日は使える。歩いてでも病院に連れて行けばいいと思っていたからそんなに心配はしませんでした。呼吸器は夜つけるだけだが、内部にバッテリーがないので少しあわてました。

*Dさん
病院に入院中で、計画停電がありそうだが、病院は自家発電があるので安心してくださいと放送が入りました。福島から患者を受け入れていて入院はできないが、いざとなったら病院にきていいと言われほっとしました。吸引器(一時間に1回吸引)は、普段はコンセント式を1台、充電できる吸引器は4台あります。手動式吸引器も。夜寝ている間8時間くらい酸素を使っています。酸素屋と学校から地震の翌日電話がかかってきました。吸入器は電池式だから問題はありません。3時間の停電だったら大丈夫です。

 3.計画停電が実施された地域に住む人工呼吸器を使用している障害者
 さいたま市にある自立生活センターで、人工呼吸器を使用している障害者3人に7月グループインタビューした。計画停電での状況について次のように述べている。

*Eさん(さいたま市在住)
地震が起きたときはマンション1階の自宅にいました。ヘルパーと避難場所になっている工場の駐車場に避難しましたが、そこで呼吸器の電源は借りられないので、電源を確保するために自立生活センターの事務所に行きました。計画停電では、3月20日から5回停電しました。毎日時間帯がずれて、だいたい3時間位停電しました。前日の夕方にならないと、何時に停電するかわからない無計画停電でした。呼吸器は内蔵バッテリーで8時間持つが、充電にかかる時間が4時間位かかります。今回の停電は3時間だったので問題はなかったですが、8時間以上になった時は救急車で緊急搬送先の病院に行くことになると思う。でも、その病院は今回石巻市の患者を受け入れており、災害時には重傷者に電力が使われるので病院では対応できないでしょう。その場合は行政の方でどうにかしてほしいと思う。市から呼吸器ユーザーということで電話がありましたが、電源の確保について質問されることはなかった。こちらから非常用電源がないか聞いたがなかった。

*Fさん(川口市在住)
自立生活センターの職員として事務をやっているが、地震当日は通常業務を行っていて、2度目の地震で外に避難しました。呼吸器は通常事務所内のコンセントにさしているので、呼吸器は運べない。隣の駐車場に出て、車のシガレット(5)で呼吸器の電源を確保できるので、車から呼吸器の電源を引いて、余震も続くので1時間くらい様子を見ていました。計画停電では、自宅から15メートル先が停電になっていた。

*Gさん(川口市在住)
川口市も計画停電になったが、たまたまFさんと自分の自宅のある地域は計画停電からまぬがれた。呼吸器の内蔵バッテリーは30分しかもたない。自費で購入した外部バッテリーは10時間もつ。計画停電に備えて、家族が車で泊まりに来てくれて、車から電源をとることになった。ガソリンがあれば車から電源をとることができる。3時間の計画停電では人工呼吸器は大丈夫だった。しかし、吸引器の電源が心配な状況であった。また、停電が続くようであれば、電源の確保をどうすればよいか不安な状況であった。東京電力は発電機を貸し出すとホームページでPRしていながら、病院や施設への発電機の貸し出しを考えていて、個人宅への貸し出しは考えていなかった。停電時に人工呼吸器などの利用者への発電機の貸し出しを行うところが身近に必要である。

 以上のインタビューから、吸引器がもたない心配があることがわかった。身近に発電機や外部バッテリーの貸し出しができるところを準備したり、個人が予備のバッテリーを用意できるように、自治体の支援策が必要だと考える。

4 停電に備えるための自治体の対応

 1.計画停電に備えるための自治体の対応
 3月13日に「東京電力株式会社による輪番停電に係わる人工呼吸器等使用の在宅療養患者への注意喚起等についての保健所への周知について」という通知が、厚生労働省から自治体に出された。筆者は中野区に、計画停電の前に、在宅医療機器使用者宅に保健師が訪問し停電対策ができているかを至急確認するように頼んだ。中野区は、厚生労働省通知を受けて、3月14日から18日までの間、18才未満の子どもについては子ども家庭部子ども家庭支援センターが、18才以上の難病患者については保健福祉部保健福祉センターが、18才以上の障害者については保健福祉部障害福祉分野が、訪問や電話で医療機器の使用状況と停電時の対応を確認した。確認の結果、18才未満の子どもで、吸引器の予備がないところが3人あった他は、3時間停電には対応できる状況であることが確認できたそうだ。吸引器の予備がないところには予備を用意するようにというだけで、対応策があったわけではない。また、子どもが入院中だったDさん宅には区から連絡がなかったとのことで、全員に連絡はできていなかったようだ。しかしこの機会は、中野区にとって、医療的ケアを必要としている在宅の人達の実態把握につながった。
 また、中野区は、在宅医療機器使用者へ「東京電力から供給される電力不足への対応について」の通知を郵送し、停電に備えるために予備器やバックアップ電源を自身で用意することや、主治医や訪問看護師などと相談しておくこと、医療機器のバッテリーを常に充電しておくこと、蘇生バックをいつでも使える状態にしておくこと、設置型吸引器の他に充電式、足踏み式、手動式のものを準備することを促した。厚生労働省の通知は、計画停電への注意喚起で、対応策を自治体にとるように促したものではなかった。それで、自治体としての停電時の対応を準備はしていなかった。しかし、次の2.で述べるように、個人としての対応には限りがある。自治体としての支援策が必要である。
 中野区は、今回の調査をもとに、2011年6月の災害対策の補正予算で、停電時に備え、医療的ケアが必要な障害児が通う通園施設と、医療的ケアが必要な障害者が通所する2ヶ所の通所施設に、手動吸引器や手動呼吸補助機など、医療的ケア関係器具の配備(6)をおこなった。計画停電に備えるために確認調査をした成果だと考える。実態が把握されないと政策も打ち出せない。したがって、自治体による実態把握は重要である。

 2.停電時にはバッテリーと発電機が必要
 医療的ケアが必要な障害児・者にとって災害時に重要なのは医療機器を動かす電源の確保である。実際に計画停電が行われたさいたま市にある自立生活センターのメンバーへのグループインタビューでも電源確保策が大きな問題になった。自立生活センターのメンバーが電源確保策を市の防災課に要望(障害福祉課にはないと言われた)したこともあって、その後、さいたま市中央区の公民館に非常用発電機を用意してくれることになった。しかし、人工呼吸器等をつなぐ家庭用電源は100Vだが、発電機の電圧は高いので人工呼吸器等をつなぐと故障の原因になるのではないかと心配していた。メンバーのだれもまだ発電機を使ってみていない。ほんとうに使えるかどうかわからないという。
 Eさんは呼吸器メーカーに電話して、バッテリーの在庫を貸し出すかどうか問い合わせたそうだ。貸し出しはしないとの返事だった。バッテリーは1個4万円し、1個で10時間しかもたないそうだ。「行政から補助もないので、個人で買うには高すぎる、お金のない人はコンセントしか使えない。」とEさんは言う。呼吸器はリースだが呼吸器の外部バッテリーには行政の補助がなく、すべて自費で、今まで買い換えた分も含めると総額40万円くらいかかるそうだ。なぜ、必需品であるバッテリーに補助が出ないのか。「もともと呼吸器をつけた人が外出することは想定されていない。家に寝ていて家庭用のコンセントに呼吸器をつなぐことが前提になっている、」とEさんは推測する。「外部バッテリーをつけての外出は、余暇になるので補助がつかないのだ」とFさんは言う。Eさんは「たとえ、外出できない家で寝たきりの障害者であっても、こういう災害時には外部バッテリーが必要になるので、行政は外部バッテリーの支援をするべきだ」と言う。そのとおりであると思う。
 母親のAさんは震災後、予備のバッテリーを用意するために、インターネットで調べてみたが、値段的に手ごろなバッテリーは品切れで手にはいらなかったそうだ。在宅の医療機器使用者が停電に備えるために、どこにバッテリーや発電機があるかの情報と、予備のバッテリーの購入に補助を出す制度が欲しかったということである。その後、Aさんは医療機器用の電源確保のために無停電電源装置を購入した。
 停電になったらコンセントからの電源が使えなくなるので、バッテリーや発電機が必要になる。しかし、防災倉庫にあるような発電機は、都市部の過密した住宅街やマンションでは使えない。音と匂いで近所にも迷惑であるし、本人が具合悪くなるという。さいたま市のように、発電機は公共施設に置いて、避難してきた医療機器等に電源が必要な人たちに供給できるようにしておいた方がよい。一番よいのは、個人のバッテリーのストックを行政が支援することだ。グループインタビューでも意見が出ているように、バッテリーは必需品であるのに、個人で購入するには高くて行政の補助がない。だれもがバッテリーの予備を用意できるように、最低1台は予備のバッテリーを支給するなど、医療的ケアが必要な障害児・者一人一人へのバッテリー設置の支援を行政はおこなうべきだ。
 東京都は6月に、在宅で療養する人工呼吸器使用者の停電への備えに関する調査を行なった。その結果(7)を受けて、7月15日に、外部バッテリーなどの補助制度「在宅療養患者緊急時対応支援事業」を立ち上げた。大規模停電などの事態に備えて、在宅で人工呼吸器を使用する患者の安全確保を図ることが目的である。対象は、在宅療養患者に人工呼吸療法を実施する医療機関である。この通知は、東京都から直接、医療機関に出されており、中野区の福祉事務所はこの情報を知らなかった。医療的ケアが必要な障害児者の支援策は、医療機関を中心に行なわれているので、自治体の福祉事務所は医療的ケアが必要な障害児者の状況が把握しにくくなっている。

 5 安否確認制度の問題

 1.医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握がされていない
 阪神・淡路大震災の時も、東日本大震災の被災地の障害者の救援活動の前に立ちはだかった壁も、障害者がどこに居るのかわからない、行政に聞いても情報がもらえないという問題であった。在宅の医療的ケアが必要な障害者の救援は急を要するが、所在がわからず医療器材などの支援物資の配布もできない状況であったという。東北の被災地のみならず首都圏においても、行政により医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握がされていないことが、迅速な安否確認や支援を阻んだのではないかと考える。
 「重度障害者等包括支援について──京都市・福岡市・中野区・盛岡市における調査から」(佐藤 2009)で、筆者が4つの自治体へ行ったアンケート調査の結果によると、医療的ケア利用者数は、京都市、福岡市、盛岡市で把握されていなかった。
 中野区においては各部署に調査をしてもらい(18歳未満は子ども家庭部、18歳以上は障害福祉分野、難病患者は保健福祉センターと担当部署が分かれている)、重症心身障害児・者数70人、そのうち医療的ケア利用者数39人(内入所者6人)との結果だった。中野区において、医療的ケア利用者の多数が在宅であることを考えると、災害時の安否確認は重要である。
 医療的ケアが必要な障害児・者は、避難するにしても家族1人だけでは荷物が多くて逃げられない。また、停電になると命にかかわる事態になる。そのことを踏まえ行政が、医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握をおこない、災害時には素早く安否確認ができる体制を整える必要がある。

 2.災害時要援護者登録制度
 1995年の阪神・淡路大震災以降、高齢者や障害者など要援護者の安否確認が大きな問題になり、災害時要援護者登録制度を策定する自治体が増えてきている。2008年度にAJU自立の家(8)が東海4県(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県)を対象に実施した「災害時要援護者対策に関する実態調査」によると、災害時要援護者登録制度の要援護者台帳の整備が完了か策定中、または策定予定の自治体を合わせると9割を超える。東日本大震災において災害時要援護者登録制度が機能したかどうかは今後の調査が待たれるが、今回の震災の被災地である釜石市、石巻市、いわき市などにもその制度はあった。
 中野区にも「中野区非常災害時救援希望者登録制度」がある。中野区の制度は、阪神・淡路大震災前の1989年にモデル事業が始まり、1992年に本格的にスタートした。対象になるのは、自力で避難することが困難な、65歳以上の高齢者、障害者(児)、難病認定を受けている人である。区に住所、氏名、生年月日、連絡先、身体の状況を書いて申請する。登録された名簿は地域防災会、区の地域センター、警察署、消防署に配備され、災害時の要援護者の安否確認や救援に活用されることになっている。災害時の障害者の安否確認や救援に意義のある制度である。しかし、全国的にも早く立ち上げられた中野区のこの制度は、今回の震災では機能しなかった。

 3.機能しなかった災害時要援護者登録制度
 前述の医療的ケアが必要な障害児をもつ4人の母親達に、安否確認がされたかどうかたずねた。

*Aさん
民生委員から3月14日ごろ電話があり、3月30日に児童民生委員2人と民生委員1人と3人で来ました。区の非常災害時救援希望者登録制度に登録をしているのに、区から防災会会長には情報がいっていなかった。

*Bさん
区の非常災害時救援希望者登録制度に登録してあるのに電話1本かかってきません。訪問もないし意味はあるのかと思います。
*Cさん
4月半ばくらいに民生委員さんから電話がありました。防災会からはいまだに連絡はありません。非常災害時救援希望者登録制度に登録をしているのに動いていなかった。防災課に登録してあるので、どうなっているのかと4月はじめに問い合わせたら、防災会に行くように指導していると防災課の人は言っていましたが。

*Dさん
防災会の人はだれも来ませんでした。要援護者登録のシールも貼ってあるのだから、ひと段落した後に確認してもらいたいです。

 このように震災後、この登録制度によって防災会から安否確認があった人はいない。非常災害時救援希望者登録制度があるにもかかわらず、今回の震災後には機能していなかった。6月に中野区の防災分野担当職員になぜ機能しなかったのかと質問したところ、どのくらいの震度の地震で安否確認に回るかが、決められていなかったからとのことだった。今回のことを反省して、これからは震度5強の地震の時に防災会が安否確認にまわることを決めたそうだ。しかし、要援護者の名簿は個人情報保護の関係で防災会の会長のみに渡されている。また、防災会長も防災会の役員も町会の役員とも重なり高齢化しているところが多い。事実上、高齢の防災会の会長が要援護者の安否確認に回るのは不可能であろう。その名簿を防災会会長から防災会のだれに伝えて、どのように回るのかは防災会の判断にゆだねられており、曖昧なままである。防災会の人達からも要援護者の支援をできるかどうか不安の声が寄せられていると区の職員も言っている。非常災害時救援希望者登録制度が現場でほんとうに機能できる体制になっているかどうかは不安な状況である。
 防災会は安否確認に回ってこなかったが、民生委員が電話や訪問で安否確認を行っている。人によって3日後に連絡があった人と、1ヶ月たってから訪問に来た民生委員と、まったく何も連絡がなかった民生委員と、民生委員の対応はまちまちだ。それは、災害時の障害者の安否確認が民生委員の仕事として位置づけられておらず、地域の1人暮らし高齢者の名簿は持っているが、障害児・者の名簿を民生委員は持っていない。連絡した人や訪問にきた民生委員は、個人の意思で知っている障害児のお宅に連絡したものと思われる。
 中越大地震後、新潟県の柏崎市では要援護者1人に対して、地域支援者を2名登録するやり方で、災害時要援護者登録をすすめ、その後の中越沖地震の時に、柏崎市の北条地区で安否確認と誘導がスムーズに行われ成果をあげた。神奈川県茅ヶ崎市では、今回の震災で要援護者の安否確認行い、登録者の76,2%の安否確認をおこなったそうだ。茅ヶ崎市では防災会や民生委員の他、地域包括支援センターも要援護者の安否確認に回る仕組みができているので、今回の震災後に要援護者の安否確認を行なうことができたそうだ。このように多層なネットワークにより、要援護者の安否確認体制をつくる必要があると考える。今回の震災において、自治体の災害時要援護者登録制度がどう働いたかを検証し、改善策を今後検討する必要がある。
 中野区は、災害時だけではなく、日頃の地域での支え合いを実現するために、2011年度から地域支えあいネットワークの構築をはじめた。新しく策定された「地域支えあい活動の推進に関する条例」に基づき、70歳以上の単身高齢者と75歳以上の世帯、登録希望のある障害者の名簿を作成し、希望する町会に渡し日頃からの見守り活動を行ってもらうという制度である。有効に機能するかどうかが今後の課題である。また、中野区非常災害時救援希望者登録制度との整理を行うことも課題となっている。災害時だけではなく、日常的にも見守り活動を行うこの地域支えあいの仕組みが、多層なネットワークのひとつとして医療的ケアを必要とする障害児・者にとっても有効に働くことを願いたい。

6 考察

 首都圏の中野区とさいたま市、川口市に住む医療的ケアが必要な障害児・者へのインタビューにより、災害時に医療的ケアが必要な障害児・者にとって特に重要な事は、安否確認と停電対策であることが明らかになった。しかし、中野区の事例のように、自治体の安否確認の仕組みである非常災害時救援希望者登録制度があるにもかかわらず、3月11日の震災の時に機能しなかった。また、国を含め行政による計画停電への対応は不十分であった。自治体の災害時要援護者登録制度の見直しと、医療的ケアが必要な障害児・者への停電対策を早急に構築する必要がある。医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握の不十分さが、迅速な安否確認や支援を阻んだのではないかと考える。自治体は、医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握を日頃から十分に行っておく必要がある。
 自治体による実態把握はなぜされていないのか。行政の組織の中や医療機関や福祉施設との連携の不十分さに原因があると考える。中野区の行政の中で、医療的ケアが必要な障害児・者にかかわる担当は複数にまたがる。まず、子どもを担当する子ども家庭部子ども家庭支援センター、難病患者などを支援する保健福祉センター、障害者の支援を行う障害福祉分野に担当が分かれている。今回の計画停電への注意喚起と対応を促すことにあたっても、この3つの部署がそれぞれ担当する対象者に対して動いた。一括してまとめる部署がなかったので、どのような結果であったかを問い合わせるにあたって、3つの部署に連絡しなければならなかった。医療的ケアが必要な障害児・者への対応をまとめる部署がなく、3つの部署で情報の共有もできていないことが問題である。
 また、行政サービスは基本的に申請主義で、福祉サービスや障害者手帳を申請している人は把握しているが、申請がない人は福祉事務所では把握できていない。医療的ケアが必要な障害児(者)は必ず医療機関を受診しており、医療機関とつながっている。しかし、医療機関と行政の連携が十分取れているとはいえない。行政の方には、医療的ケアが必要な人は医療機関で対応するものだというおまかせ状態、医療機関の方には、医療の専門機関で医療的ケアが必要な人を看るのだという抱え込み状態があるのではないだろうか。地域で暮らす医療的ケアを必要とする障害児・者を支えるためには、医療を担当する医療機関と、福祉サービスと保健サービスを提供する行政との連携が不可欠である。
 今回の東日本大震災における首都圏の医療的ケアが必要な障害児・者のインタビュー調査で、安否確認と計画停電への対応策を講じるためには、医療的ケアが必要な障害児・者の実態把握が必要であることが明らかになった。そのためには、医療の分野と福祉の分野の連携体制の構築が不可欠である。
(『Core Ethics』8巻の論文に加筆)

[注]
(1)東京電力は「輪番停電」といったが、「計画停電」と報道され、一般的には「計画停電」を使っているので、本稿では「計画停電」と表現する。
(2)「3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により被災した要援護障害者への対応について」2011年3月11日厚生労働省通知
(3)重い障害を持つT市の女性が、震災による避難生活で新たに必要になった介護費用について公費の支出を求めたところ、市は却下した。国は震災後、障害者に対して柔軟な対応をとるように通知し、他の自治体は同様の支出を認めている。女性は県に審査を求めている。
(4)ALSは筋萎縮性側索硬化症という難病。筋肉がしだいに衰え力がなくなっていく病気。自力での呼吸もむずかしくなり、気管切開をし、24時間人工呼吸器をつけて生活するようになる。
(5)車に装備されているタバコの着火用のライター。ここから電源をとることができる。
(6)通園施設には手動吸引器、電動吸入器、手動呼吸器補助器、通所施設には、手動吸引器(足踏み式)、電動吸引器(充電式)、吸入器(充電式)、人工蘇生器(手動式)を配備した。
(7)外部バッテリーを保有していない人は36.9%、発電機を保有している人は11.1%、足踏み式吸引器を保有している人は12.1%など、停電時の電源確保が不十分な結果であった。
(8)名古屋市にある、重度障害者の地域生活を支えている拠点施設。重度障害者が仕事をする「わだちコンピューターハウス」、共同の住まいである「福祉ホームサマリアハウス」を運営している。災害時要援護者支援プロジェクトに取り組み、災害時の障害者の支援活動に力を入れている。

[参考文献]
大賀 重太郎 1995 「『地域での自立』をさらに大きくする障害者による復活・救援活動なんでこんなに涙もろく、なんでこんなに腹立たしい!」,『ジョイフル・ビギン』No.40(緊急特集/障害者と「阪神・淡路大震災」自らの立ちあがりと支え合いを),障害者情報ネットワーク,現代書館
佐藤 浩子 2009 「重度障害者等包括支援について──京都市・福岡市・中野区・盛岡市における調査から」,『平成20年度厚生労働省障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト「重度障害者包括支援を利用した持続可能なALS在宅療養生活支援モデルの実証的研究』,特定非営利活動法人ALS/MND サポートセンターさくら会
空とぶ車イストラベルサロン 2011 『空とぶ車イストラベルサロンNEWS』No.40, 2011年初秋号
社会福祉法人AJU自立の家 2008 『GISを使った災害時要援護者避難システムのモデル整備事業報告書』