論文「医療機器を必要とする重度障害者の実態調査 ──地域のローカルなつながりに向けて」

 西田美紀
              

 1.問題意識/調査の背景

 医療制度改革による入院日数の短縮化や医療技術の進歩に伴い、地域で医療機器を使いながら生活している人達は増えている。2011年3月の東日本大震災では、電気、水道、ガス、道路といったライフラインが大きな被害を受けた。行政が機能しない中で情報は錯綜し、医療器具を必要とする人達の生活と命は脅かされた。震災以降、電力不足の問題が社会でも大きく取り上げられたが、医療機器を使いながら生活している人達への行政の対策は遅れ、実態も把握されていない。
 京都府による医療機器業者からの聞き取りによると、府内で人工呼吸器や在宅酸素療法などを使う人は約3500人いる。しかし府健康対策課がリストとして把握している在宅人工呼吸器装着者は、2011年6月時点で約30人に過ぎなかった。把握しているのは年に一度保健所で登録更新があるALS(筋委縮性側索硬化症)(1)など56の特定疾患(2)(指定難病)に限られ、特定疾患でない筋ジストロフィ(3) や在宅酸素療法の人、痰の吸引器を使う人の実態は医療制度上、把握が難しい、という報道もあった(2011年8月8日,京都新聞・朝刊社会面)。
 医療機器を必要とする重度障害者は、年齢や障害の原疾患によって制度が区切られ、複数の制度が絡み合っている。災害時に行政から発信される注意勧告等の情報も、普段から部署間のつながりがない限り、医療器具を必要とする全の人に届くとは限らない。東日本大震災では、地域のつながりや当事者団体のつながりによって、医療機器を必要とする人達の安否確認がされ、支援物資が届けられた現状もあった。
 京都で人工呼吸器を使いながら生活しているALSの増田英明さんは、テレビからの報道や同患者の震災体験に直面することで、以前から感じていた地域のコミュニティの必要性を一層考えるようになった。京都で同患者を探したが、個人情報の観点から紹介してもらえなかったようだ。増田さんの思いは繰り返し発信され、周囲の人から人へとつながっていき、シンポジウム「震災と停電をどう生き延びたか──福島の在宅難病患者・人工呼吸器ユーザーらを招いて」は企画された。
 しかし、シンポジウム間近に、参加予定の当事者が緊急入院したり、会場まで来る手段がなかったり、参加したくても久しぶりの外出に自信が持てない当事者がいることを知った。外出できず、誰とも知り合えず、孤立している人とこそつながりたいと考えていた。そして、日本自立生活センターの小泉浩子さんの提案で、アンケート調査が始まった。本調査は、当事者のつながりのために実施されたものである。本稿は、地域でのローカルなつながりに向けて、人工呼吸器を必要とする重度障害者の生活実態を明らかにし、課題を分析し考察した。

障害をもつ、当事者の私は、何ができるのか?
つながり、当事者のつながり、この部分だと思いました。
増田さんと一緒にこの部分を考えたいと思います。
アンケートを取りたいです。
2011年8月5日 小泉浩子

 2.方法

 1)調査協力者
 「震災と停電をどう生き延びたか」実行委員会メンバーの友人や知人を通じて、また京都府難病相談・支援センター及び京都医療用酸素株式会社の協力を得て調査を依頼した。

 2)調査対象
 たん吸引や人工呼吸器等の医療機器が必要な障害者19名を対象とした。意思疎通が困難な場合は家族の代筆を依頼した。
 3)調査期間
 2011年8月〜9月に実施した。

 4)調査方法
 質問紙調査法を用いた。質問項目をTable1に示す。

(Table1は省略)

 5)調査手続き
 シンポジウムの実行委員のメンバーが障害者や患者宅を訪問したり、調査協力者を通して間接的にアンケートを配布し、回収した。

 6)データの分析
 質問項目と自由記載の結果を分析対象とした。自由記載は領域ごとにラベリングし、カテゴリーとサブカテゴリーに分類した。

 7)倫理的配慮
 調査協力者・調査回答者とその家族らに、調査の目的・方法・倫理的配慮の説明をし、調査結果を公開することの同意を得た。

 3.結果

 1)回答者の属性
 回答者の属性(年齢別による原疾患・年齢・家族構成)をTable2に示した。*年齢の区分については、福祉制度の利用と対比できるように、介護保険上の特定疾病(4)が適応される40歳〜と、介護保険適応の65歳〜と、それ以外の年齢に分けた。

(Table2は省略)

 年齢別による原疾患は、39歳以下は筋ジストロフィが多く、40歳以上はALS(筋委縮性側索硬化症)が多かった。その他、脳血管障害(脳梗塞)(5)、遷延性意識障害(6)だった。回答者は重度の身体障害により自力での生活動作が困難で、車イスなどの生活補助具を必要とする。自力での呼吸やたんの排出も困難な人は、気管切開によるたん吸引や人工呼吸器など、呼吸補助の医療機器を必要とする(7)。
 家族構成は、40歳〜64歳は独居者が2名おり、65歳〜74歳のほとんどは配偶者と同居していた。20歳〜39歳と75以上は、配偶者と子供・親と同居していた。若年者・高齢者の同居家族は2名以上が多いが、65歳〜74歳までの同居家族は1名が多かった。

 2)回答者の意思伝達方法
 回答者の意思伝達方法(コミュニケーション)をTable3に示した。

(Table3は省略)

 意思伝達方法は文字盤が最も多かった。次いで発話が多かった。その他、筆談、タッチセンサースイッチ、口パクからの読み取りがあった。問いかけに対する反応や、表情からの読み取りもあった。回答者は、様々なコミュニケーションツールと手段を、単独或いは複数利用しながら意思疎通を図っていた。また、意思伝達方法の手段がないと回答していた人は2名いた。*各コミュニケーションツールと方法については考察4.2)に示している。

 3)コミュニケーションに対する声
 自由記載のカテゴリー「コミュニケーションに対する声」をTable4に示した。

(Table4は省略)

 コミュニケーションに対する声からは、意思疎通の困難さが身体機能の障害だけではなく、意思伝達装置の使用方法やスイッチ変更の必要性など、コミュニケーションツールにも左右されていることが読みとれる。

 4)医療サービスの利用回数
 医療サービスの利用回数をTable5に示した。
 往診は週1回が多かった。利用はあるが回数の記載がなかった人と、デイケア(医療保険)での診療を推測すれば、13名程度は在宅診療を受けていた。訪問看護は1日2回が最も多かったが、土日の対応はなしという回答もあった。次いで週1回が多く、利用回数には大きな差があった。訪問リハは週2回が最も多かった。利用回数には差があるが、医療保険制度上、1回の滞在時間をどう設定するかで認められる週あたりの訪問回数が変わるため、回数の多さが受けているサービス量の多さを必ずしも意味しない。また、デイケアの利用者は比較的少なく、訪問歯科の利用者も少なかった。

(Table5は省略)

 5)医療に対する声
 自由記載のカテゴリー「医療に対する声」をTable6に示した。

(Table6は省略)

 医療に対する声では、現に使っている在宅医療のニーズよりも、入院生活の不安の声が多かった。医療機器を必要とする人達にとって、いざという時の受け皿であるはずの病院が、安心できる場でないと認識されていることが読みとれる。

 6)福祉サービスの利用回数
 福祉サービスの利用回数をTable7に示した。*年齢の区分は、福祉制度の利用状況を把握できるように、介護保険上の特定疾病が適応される40歳〜と、介護保険適応の65歳〜と、それ以外の年齢に分けた。

(Table7は省略)

 回答者は重度障害者であるが、訪問ヘルパーの利用時間には大きな差があった。Table2の原疾患と比較しながら示すと、20歳〜39歳の筋ジストロフィや遷延性意識障害者と、40歳〜64歳までのALS患者は、ヘルパーの利用時間が比較的多かった。65歳以上のALS患者と脳血管障害者は、介護保険しか利用しておらず、ヘルパーの利用時間は1日3時間程度と少なかった。切れ目なく完全公的介護生活を実現している人が京都市で3人もいることは特筆すべきことだが、ほとんど家族介護という回答が7名おり、ヘルパーの利用時間に格差が目立つ。

 7)福祉に対する声
 自由記載のカテゴリー「福祉に対する声」をTable8に示した。
 福祉に対する声では、家族の介護負担の重さから、公的介護の充実を求める切実な声が目立った。訪問ヘルパーから受けるサービスの内容に対する要望は多様で、たん吸引などの医療的ケアに対するニーズがあった。

(Table8は省略)

 8)外出頻度
 外出頻度をTable9に示した。
 外出頻度は、0回/週が12名と最も多く、回答者のほとんどは外出する機会が少なかった。

(Table9は省略)

 9)外出に対する声
 自由記載のカテゴリー「外出に対する声」をTable10に示した。

(Table10は省略)

 外出に対する声は、介護体制や住居環境、外出手段など個別的かつ多様であり、物理的バリアから社会的バリアまで、外出の壁の高さが裏付けられている。

 10)行政に対する声
 自由記載のカテゴリー「行政に対する声」をTable11に示した。
 行政に対する声では、制度の分かりにくさと不平等さへの不満、進行性疾患の実情に即していない認定区分への指摘、行政の窓口対応についての不信感が募っており、
障害者の実態把握と施策の反映の要望があった。回答者が行政に告げられた内容には、誤った情報も含まれていた。

(Table11は省略)

 11)当事者のネットワーク
 自由記載のカテゴリー「当事者のネットワーク」に対する声をTable12に示した。

(Table12は省略)

 当事者のネットワークに対する期待や、ピアサポートの希望があった。

 12)災害・停電時の対応について
 災害・停電時の対応の知識の有無をTable13に、自由記載のカテゴリー「非常時に対する声」をTable14に、「医療機器メーカーへの要望」をTable15に示した。

(Table13〜15は省略)

 回答者全員が、災害・停電時の対応の知識がないと答えていた。非常時に対する声では、電源をどう確保すればいいのか、非常時にどこにどう避難すればいいのか周知されていない現状が浮き彫りになっている。自助努力をせざるをえない一方、行政からのサポートがないまま自助努力を強いられることへの怒りの声もあった。

 医療機器メーカーへの要望では、平時から医療機器のメンテナンスやアフターサービスが不十分であることに加え、非常時の外部バッテリーの備えに対する意識は高いものの、経済的負担がネックになっていることが窺われた。

 4.考察

 1)回答者の身体と家族構成の把握
 回答者の身体と家族構成の特徴を事前に押さえておく。回答者の多くは進行性難病であるが、その他の疾患も含めて、○1重度の障害により自力での生活動作が困難で、車イスなどの生活補助具を必要とする。○2自力での呼吸やたんの排出が困難な人は、気管切開をし、痰の吸引や人工呼吸器など、呼吸補助の医療機器を必要とする。
 家族構成からみると、40歳〜64歳は独居者もいるが、20歳〜39歳と75歳以上は配偶者と子供・親と同居していた。65歳〜74歳の多くは配偶者のみと同居しており、家族介護は高齢の配偶者一人である。

 2)意思伝達方法(コミュニケーション)
 ALSなど進行性の神経難病では発声や言語機能の障害を伴う。発声に関わる機能や、気管カニューレのタイプ(8)にもよるが、気管切開によって気管カニューレや人工呼吸器を装着し、一時的、或いは長期的に発声機能を失う。そのため、発話以外のコミュニケーション手段が必要となる。
 以下に回答者の意思伝達方法を記す。回答者の意思伝達方法の中で最も多かった透明文字盤は、50音表が書かれたアクリル板を介して、視線に合わせながら文字を読み取っていく方法である。タッチセンサーは、わずかに動く部分でも、軽く触れるだけで入力できるスイッチで、長く触れると自動的にコールが鳴る。スイッチには様々な種類があり、スイッチとレッツチャットやオペレーションナビなどの意思伝達装置が使えれば、そこから文字や音声によるメッセージが読みとれる。
 文字盤や意思伝達装置が使えず、タッチセンサーのみ可能な場合、コールが鳴ると、介護者が生活の流れや身体に注意を向け、伝えたい内容を推定して問いかけ、コールの「ON」「OF」で○か×を判断し、意思を読み取っていく。タッチセンサーが使えない進行性難病者や、言葉の理解や表現の障害を伴う脳血管障害者や遷延性意識障害者は、介護者が表情や汗、皮膚の色、脈拍など、身体から発せられるニーズを読み取っている。このように、介護者は様々なツールと方法でコミュニケーションを図っている。
 コミュニケーションに対しては、「目の動きも少なくなり意思伝達が難しくなってきた」など、意思疎通の困難さを訴える声があった。ALSの機能低下が進むと、瞼が開けづらくなったり、まれに眼球の動きが鈍くなり、文字盤での読み取りが難しくなる。しかし、意思疎通の困難さは、当事者の身体機能にだけ起因しているわけではないだろう。
 コミュニケーションは受け手によって始めて成立するものである。「舌と唇が動くところはあるが難しい。不可能」「オペレーションナビはあるが使い方がわからない。教えてくれる人がいない」「スイッチはボランティアに頼んでいるが頻繁に改良が必要になる」という声もあったように、コミュニケーションの受け手となるツールや読み手の課題もある。

 3)コミュニケーションツールの課題 
 意思伝達装置を使えば、インターネット上で世界の人達とメールやテレビ電話での交流ができる。絵を描いたりテレビを観たり、DVDやゲームも楽しめる。しかし、回答者一人を除いて意思伝達装置を使っていなかった。考えられる要因(心理的・制度的・環境的)について、以下に記す。
 例えば、ALSの意思伝達装置の導入は、入院中に作業療法士が使い方を指導している。早期から練習できる環境があっても、何とか自力で声が出ているときは、自分の声で伝えたい、という当事者の思いもある。スイッチの選定においても、当事者から見たまだ動く機能と、健常者から見たよく動く機能との間には差が生じる。パソコンを使った経験がない人や、操作に慣れていない人は、意思伝達装置を使って何をしたいかという目的や、何ができるかを知らなければ、興味が向かない人もいる。さまざまな理由により、意思伝達装置を使うより、読み手が文字盤に慣れていたら、そちらの方が早く伝わるため、日常の生活は文字盤を使っている人も多い。
 また、通常は気管切開をしなければ、意思伝達装置は給付されない。早期から病院で練習を始めても、自宅で使える環境がないまま日数が経過してしまうと、使い方を忘れていることがある。行政や当事者団体からの貸出しはあり、気管切開を予定していれば、医師の意見書を受け行政に交渉し、気管切開の前に給付されることもある。ただ、そういったことを当事者や周りが知らなければ手元には届かない。また、気管切開後に給付の対象となっても、申請してから自宅に意思伝達装置が届くまで日数がかかる。
 届いたとしても、スイッチも意思伝達装置もアフターサービスが欠かせない。機器の故障や使い方のフォロー、身体機能の低下に即したスイッチの調整・選定は、誰しもが容易に出来ることではなく、専門的知識や技術が必要になることもある。意思伝達装置やスイッチを取り扱う業者は、そうした一人ひとりのアフターサービスにまで対応できていない。そのため、在宅移行後のコミュニケーション支援は、ボランティア活動に委ねられている。
 京都では、ALSの当事者団体と立命館大学院生が、スイッチ作成やコミュニケーション支援を行っている。しかし、当事者団体2〜3名の活動範囲は近畿圏と幅広く、大学院生は3名の活動に過ぎない。コミュニケーション支援の研修会は定期的に開催されるものの、常時のメンテナンスを必要とするニーズには十分に対応できていない。

 4)読み手の課題
 回答者の多くが使っていた透明文字盤は、慣れたら読み取りも早いが、使いこなすには一定の時間がかかる。まず、互いの顔を文字盤から30〜50㎝程離した位置で、双方の顔と文字盤が水平になるよう角度を調整する。送り手は50音の中から伝えたい文字に視線を向ける。読み手はその視線を追い、双方の視線が合ったところの文字を指差し発声する。文字が合っていれば、送り手は目をパチっとして「OK」サインを送る。送り手は次の文字に目線を向け、同じことを繰り返す。読み手は一文字一文字を記憶に留め、文章として繋げていく。
 一文字読み間違えると文章が繋がらなくなることもある。そのときは、生活の流れから文意を探ったり、身体に注意を向けたりしながら、送り手が伝えたい内容を汲みとっていく。「慣れたヘルパーにしかコミュニケーションは難しい」という声があったが、こうしたコミュニケーションは、長時間の見守りによって成立している。そのため、長時間の公的サービスによる、慣れたヘルパーによって介護が代替できなければ、家族の介護負担は軽減されない。介護で疲労困憊すると、上述したような方法での文字盤の読みとりも難しくなり、当事者と家族のコミュニケーションも成立しなくなる。

 5)入院生活の課題 
 医療に対する声では、災害時だけでなく体調を崩した時や家族の介護負担に伴うレスパイト入院など、いざという時の受け皿であるはずの病院に対する不安が強かった。考えられるその背景について以下に記す。
 全身性の重度障害者は、自分で体位を調整することができない。わずかに顔や指先が動く程度である。進行性難病のような動かない身体の研ぎ澄まされた神経には、手足に入れたクッションの位置や、シーツのしわ一つでも、耐え難い苦痛になることがあり、頻繁な身体の微調整が必要となる。
 しかし、病院の看護師は、複数の患者の身体状態を把握し、定時の治療や検査の介助、胃ろう注入や吸引などの医療的ケアなどに忙殺され、夜間はさらに人員が減る。そのため身体の微調整に多くの時間をかけられない。
 また、「看護師さんが文字盤を使えない」「使えるナースコールがなかった」「タッチセンサーが調整できないのでナースコールできない」という声があるように、コミュニケーション手段がないか不十分な現状では、当事者は身体の微調整すら要求できず、痰が溜まり苦しくなってもSOSを発信できず、「入院すると命に危険を感じる」状況に置かれてしまう。
 いくつかの自治体では、入院中の重度障害者にヘルパーを派遣するコミュニケーション支援事業が始まっており、京都市でも2009年10月から、入院中のコミュニケーション支援(9)が始まった。しかし、年間100時間程度のコミュニケーション支援では4日分でしかない。自治体が難病患者のレスパイト入院に向けてベッドを確保しても、「家族のためにレスパイト入院を考えたりもするが、介護体制を考えると耐えられない」という現状がある。
 人工呼吸器使用者や重度障害者らの安心・安全な在宅生活には、緊急時の受け皿である病院の看護師の人員配置を含めた労働環境の改善や、レスパイト入院中のヘルパー派遣の時間に上限を設けないような制度の検討が必要である。そして、在宅であれ入院中であれ、利用可能なコミュニケーションツールのサポートが欠かせない。

 6)在宅医療の量的格差
 医療機器を必要とする在宅生活であるにも拘わらず、受けている医療サービスの量には大きな差があった。在宅医療の量的格差を把握するために、回答者が利用している医療制度について記す。
 医療保険上で厚生労働大臣が定める疾患等(10)に指定されているALSや筋ジストロフィ患者、人工呼吸器使用者の在宅診療(診察)は、訪問回数の制限は受けない。しかし、対象外である脳血管障害者や遷延性意識障害者は、週3回の制限がある。
 また、厚生労働大臣が定める疾患等の対象に含まれる、ALSや筋ジストロフィ患者、人工呼吸器使用者への訪問看護は、週4日以上、1日3回の訪問看護や、長時間滞在も週に1回は可能である。同一日でなければ、訪問看護ステーション3ヶ所からの利用もできる。ALSは特定疾患であり、医療保険を利用した訪問回数が超える場合は、在宅人工呼吸器使用特定疾患患者訪問看護研究事業によって、一人当たり年間260回分の訪問看護料も助成される。
 しかし、特定疾患の対象ではない筋ジストロフィ患者は、人工呼吸器を使っていてもこのような助成はない。また、厚生労働大臣が定める疾患等の対象外の遷延性意識障害者や脳血管障害者は、気管カニューレを挿入していれば、状態が悪化した時のみ連続訪問(11)が認められるが、通常の訪問看護には週3回の制限がある。65歳以上は状態が悪化した時のみ医療保険を使えるが、通常は介護保険からの訪問になる。そのため、介護区分に伴うサービス支給量の範囲内で、他のサービスと調整しなくてはならず、訪問回数が制約される。
 訪問リハビリは、在宅療養をしている人を対象に、1回20分で週6回か1回40分で週3回といった限度内で、医療保険を使った訪問となる(12)。しかし、介護保険適応の人は、医療保険より介護保険が優先され、介護保険のサービス支給量により訪問回数が決まってしまう。デイケアは、介護保険か医療保険のどちらかで対応している。医療保険で対応しているデイケアは、医師や理学療法士、看護師等の医療従事者がおり、通所日の制限はない。同一日に介護保険の訪問サービスとも併用できる。しかし、介護保険で対応しているデイケアは、介護保険のサービス支給量によって通所回数が制約される。
 利用者負担については、ALSは特定疾患なので、特定疾患医療受給者証の交付を受けていれば、医療費は全額公費負担となる。特定疾患の対象でない患者は、身体障害者手帳1・2級があれば、福祉医療制度(13)や重度障害老人健康管理費支給制度(14)などを利用し医療費の助成を受けられるが、所得制限がある。介護保険を使った医療サービス(訪問看護)も、限度額や所得による払い戻しはあるものの、原則1割の自己負担(15)となっている。
 このように、回答者が利用可能な医療制度は、原疾患や医療機器の種類によって区切られ、年齢によっては医療制度の枠から外れ、自己負担においても差がある。在宅医療の量的格差には、このような制度的要因もある。

 7)在宅医療の質的課題
 「訪問看護師不足が重大、看護師が休んだら交代の看護師がいない」という声があったように、在宅医療に対しては、訪問看護師や専門医不足を訴える声が目立っていた。在宅医療の制度的格差と、在宅医療のマンパワー不足が重なると、医療のサービスは充足されず、当事者の在宅生活や身体にも影響してくる。
 例えば看護師不足から訪問回数が限られ、短い滞在時間の中で優先されるケアは、胃ろう注入(16)や浣腸・褥そうの処置などである。看護師の訪問回数や時間の都合で、患者の胃ろう注入回数や時間が調整され、排便がコントールされる、という事態が生じる。「文字盤の読めない看護師が派遣されても何も言えない」という声があったが、4)で示したような回答者とのコミュニケーションは、1回の滞在時間が30分〜1時間の中で、訪問回数が少なければなおさら習得が困難で成立しづらい。
 コミュニケーションの壁から当事者のニーズが伝わらないと、「敏速に対応してほしい」「たんの状態などもう少し体の状態を知りたい」といったような、身体的不安も高まる。「ヘルパー、事業所との連携をとり、医療的ケアのできるヘルパーや体制を作ってほしい」という声もあったが、限られた訪問回数や短い滞在時間から、家族やヘルパーの相談役としての機能が果たせなくなると、在宅でのたん吸引等の医療的ケア体制や連携にも影響を及す。
 訪問リハビリも同じように、訪問回数が限られた短い滞在時間の中では、ベッド上でのリハビリが優先され、車イスやリフト移乗のサービスにまで手が回らず、離床や外出に向けた関わりもできなくなる。また、人工呼吸器を長期使用していると、滲出性中耳炎(17)になりやすく、耳鼻科の診療も必要となってくる。口が開けにくいときや虫歯になれば、歯科診療も必要である。外出が困難な人は特に、そういった専門医の往診がないと、身体的ニーズは満たされない。
 人工呼吸器使用者や重度障害者らの安心・安全な在宅生活には、在宅医療のマンパワー不足の解消が必要なことは論を待たないが、制度的格差の改善とマンパワー不足を補うサポートが急がれる。

 8)公的介護の量的格差
 回答者は全身性の重度障害者であるにも拘らず、訪問ヘルパーの利用時間数には大きな差があった。公的介護の量的格差を把握するために、回答者が利用している福祉制度について記す。
 18歳〜64歳までの筋ジストロフィ患者・遷延性意識障害者は、障害者自立支援法によるサービスでヘルパーが派遣される。65歳以上は介護保険のサービス優先でヘルパーが派遣される。介護保険上の特定疾病に指定されているALS患者や脳血管障害者は、40歳以上から介護保険制度が優先され、サービスが足りなければ障害者自立支援法で補うよう制度設計されている。
 利用の手続きは、申請すると調査が行われ、その結果をもとに市町村で審査・要介護/障害認定がされ、どのくらいサービスが必要な状態か(介護区分/障害程度区分)が決まる。介護区分や障害程度区分をもとにサービスの支給量が決まり、日常生活用具などの各種サービスと共にヘルパーの利用時間も決定される。
 介護保険と障害福祉サービスのヘルパーの利用時間の違いとして、介護保険の訪問系サービスは、介護区分が最大でも、1日の訪問サービスは2〜3時間程度しかない。しかし、介護区分によってサービスの支給量が限定されているがゆえに、へルパーの利用時間は短いものの、個人差や地域格差は生じにくい。
 他方、障害福祉サービスには、短時間の身体介護・家事援助の居宅介護サービスや移動支援のサービスと、全身性の重度障害者のみが利用できる重度訪問介護のサービスなどがある。重度訪問介護の内容は、身体介護・家事援助・外出介助など多岐にわたり、長時間滞在のサービスで見守りも認められている。
 しかし、必要なサービスの支給量を行政と交渉しなければならず、ヘルパーの利用時間に個人差や地域差が生じてくる。何故なら、サービスの支給量の国庫負担基準は月200時間程度で、それ以上の支給決定でも国の財政支援はあるものの、市町村が自らの財政負担を心配し抑制しがちになるからである。
 このように、回答者が使っている公的介護は、年齢によって制度が区切られ、疾患によって併用する制度の優先順位が設けられ、制度によってはサービスの支給量が自治体の裁量に左右されている。公的介護の量的格差はこのような制度的要因もある。

 9)公的介護の質的課題
 「家族の介護負担が大きく、睡眠時間を含め自由になる時間が少ない」という声があったように、福祉に対する声では、家族の介護負担の重さと、公的介護の充実を求める切実な声が目立っていた。考えられる要因について以下に記す。
 まず、サービス形態の要因がある。短時間滞在で巡回型の介護保険サービスや、障害福祉サービスの居宅介護、移動支援では、全身性の重度障害者は決められた時間で食事やトイレをし、外出しなければならない。また、4)で示したような回答者とのコミュニケーションは、長時間の見守りによって、当事者の生活の流れと普段の状態を把握してこそ成立している。コミュニケーションの齟齬を伴う介護は心身の負担にもなる。つまり、短時間滞在型のサービスは回答者のニーズや人間らしい生活に即しておらず、家族の介護負担も代替できない。
 次に、使える制度の情報が周知されておらず、ネットワークが機能していない要因も考えられる。特定疾病に含まれるALSや脳血管疾患は、介護保険を使って足りなければ、障害者自立支援法を併用できるが、回答者の中には利用できていない人もいた。例えば、ALSは中高年の発症が多く、40歳以上のALS患者が病院で診断され、在宅移行するときは、医療保険とまず介護保険を先に利用する。そのため、病院のケースワーカーは、2つの福祉制度を併用する在宅療養にイメージを持ちにくい状況にある。ケアマネージャーも介護保険を専門に扱う職種であることから、自立支援法については詳しくなく、併用したプランを作成しづらい。そして、病院やケアマネージャー、相談を受けた行政機関が、重度訪問介護サービスを提供する事業所とネットワークを持っていなければ、サービスの提供もできない。
 但し、ネットワークがあったとしても、重度訪問介護サービスを提供する事業所やヘルパーが少ないといった供給不足の要因もある。「ヘルパーの人数を増やしてほしい」「重度訪問介護を利用したいと言ったら事業所が撤退する」という声があったが、その背景には介護報酬単価の影響がある。重度訪問介護の報酬単価は1時間あたり1830円と安く、居宅介護の身体介護の報酬単価は約4000円と高い。単価の高さゆえに、サービスを提供する多くの事業所は、居宅介護を選んで事業所経営の基盤にしている。そのため、全身性の障害者にとって重度訪問介護は欠かせないサービスであるにも拘わらず、サービスが敬遠されがちで充足されていない。
 また、家族介護の社会通念やサービスの導入時期の要因もある。調査結果では、65歳〜74歳の公的介護はわずかで、高齢の配偶者1名で介護を担っていた。高齢の女性介護者は特に、家族が介護をしなければならないという社会通念に縛られ、発症初期は当事者も含めて他人介護への抵抗もあり、ぎりぎりまで家族だけで頑張ろうとする人がいる。しかし、家族の介護負担が増大した時点でヘルパーを導入しようとしても、上述した要因も含めてヘルパーが入るまでには一定の時間がかかる。ヘルパーが入ってからも進行に伴い介護に慣れるまでは時間もかかる。当事者の介護とヘルパーの指導が重なると、家族の負担はさらに増してしまう。積み重なる介護負担は、家族の生活や健康を奪うだけでなく、介護の疲労困憊の末、当事者の安全も脅かされる、という悪循環を招く。
 公的介護の制度的格差はあるが、地域のネットワークを強化し早期から利用できる情報や課題を共有していくこと、重度訪問介護サービスを提供する事業所の経営基盤の安定に資する報酬の見直しが必要である。

 10)外出の課題
 回答者の外出頻度はかなり少なかった。考えられる要因(車イス・人員・制度的)について、以下に記す。
 進行性難病の車イスは、身体機能が低下するたびに変更や調整が必要になる。ALS患者の場合、介護保険のサービスを使ってレンタルできるが、進行と共に通常の車イス→電動車イス→首の支えがあるリクライニングタイプの車イスへと変わる。車イスのお尻に敷くマットひとつの座り心地によっても、車イスに乗るモチベーションや乗車時間は変わってくる。安楽な姿勢を保持するために、レンタルの車イスでもさまざまなクッションを使い、胸や腰のあたり具合を調整しなければならない。しかし、進行が速いときは、せっかく調整した車イスも2〜3カ月後には使えなくなってしまう。中には障害福祉サービスを使い、オーダーメイドの車イスを製作する人もいる。しかし、半年たって車イスが届いても、症状が進行した身体には合わず再度調整に出す、といったことを繰り返し、車イスに乗る意欲を失っていくことがある。
 車イスが自分の体にしっくりきたとしても、ベッドから車イスに移乗するには人手が必要である。リフトを使う方法もあるが、体を支えるシートが筋委縮した皮膚に痛みを与えることもあり、シートの素材や敷き方・支え方の調整が必要となる。リフトにしろ、人手による移乗にしろ、当事者が信頼する人が、リフトや車イス移乗の安全性を目の前で見せ、実際に乗ったときに安全を実感でき、安心できる介護者の手がなければ、なかなか身を委ねられないことがある。車イス移乗の機会が乏しくなると、移乗への不安はさらに大きくなる。外出する際の吸引器等の必要物品の準備や、車イスへの取り付けなども含めて、外出には本人と周囲の慣れも必要である。
 また、外出したくても介護保険のサービスには、通院を除き自由な外出を支援するサービスがない。外出する度に割高な介護タクシーを利用すると、経済的負担も大きい。障害福祉サービスを使えたとしても、人工呼吸器ユーザーの外出には二人の介護者が必要である。ヘルパー一人で首・四肢・体幹を支えながら、ベッドから車イス、車イスからベッド移乗することは難しい。車中で揺れが激しいときは、一人が頭や体を支えながら、もう一人が文字盤で読み取り、吸引を行うこともある。外出中でも、吸引によるムセや車イスの乗車時間が長くなると、体を上方に持ち上げたり、二人がかりで体位調整をすることもある。外出中に人工呼吸器やバッテリーのトラブル、体調が悪化すれば、一人が機械の点検をしながら、もう一人が吸引やアンビューバックを押し、医療メーカーや病院に電話もする、といった具合に介助者の連携が必要になる。
 このように、医療機器を必要とする重度障害者の外出まで道のりは険しく遠い。その険しさは、医療・福祉サービスの充足でしか乗り越えられない。

 11)行政窓口の課題
 行政に対する声では、制度の分かりにくさと不平等さへの不満、行政の窓口対応についての不信感が募っていた。進行性疾患の実情に即していない認定区分への指摘や、実態把握と施策反映の要望もあり、その背景について考察する。
 難病患者や重度障害者とその家族が行政機関に出向いたり連絡する機会は、制度の申請・更新の手続きや、利用可能なサービスや制度を尋ねたり、生活相談などがある。しかし、行政の窓口の担当者は、頻繁な人事異動から、持ち場の情報を十分に知らないかもしれない。担当部署の制度や情報は知っていても、他の部署のことは知らない可能性はある。
 複数の制度が絡み合い、進行性難病は進行と共に関係する制度も増え、市町村独自の事業もある。医療制度や減免措置は毎年のように変わり、伝えられる情報が地域によって違うこともあるだろう。また、当事者・家族からの管轄以外のことを聞かれとき、他の窓口を紹介する人もいれば、知っている範囲内で「できる・できない」を答える人もいるだろう。縦割り行政の窓口をたらい回しにされ、当事者・家族は多くの制度と情報で混乱し、行政機関に対して失望と不信を募らせている、といったことも考えられる。
 難病に関する京都での相談窓口は、京都難病連、保健所、京都府難病相談・支援センターの3つがある。京都難病連は、相談事業やピアサポート・機関誌の発行などを主な役割としている。保健師は、京都府と京都市にそれぞれいる。京都府の保健所は、地域の難病患者数の把握や、訪問看護や介護事業所の把握など、地域の状況把握が主な役割である。京都市の保健所は、難病対策事業の制度申請の受付や相談窓口を主な役割としている。保健所は、制度申請に関わる仕事が多く、市内の難病患者の状況は十分に把握できていない現状から、京都府難病相談・支援センターが、京都府と京都市の保健所の関わりの格差を埋める形で支援し、地域の訪問活動も行っている。
 このように、難病の相談窓口が複数あるにも拘わらず、当事者・家族の行政窓口へのニーズは多い。それは、「患者・家族の総合的サポートの相談窓口が欲しい」という声があったように、当事者・家族が求めているのは、複数の窓口ではなく、病の進行や生活に対応する包括的かつ積極的な情報提供や、サービスのコーディネートなのではないか。しかし、行政機関の対応や活動の幅は広く、ケアマネージャーも複数の利用者を抱えており、個々の生活や進行に対応する包括的な情報やサービスのコーディネートは難しい。現状では対応する人がいないからこそ、そういった声が挙がっているのだろう。
 また、「さまざまな制度面の認定が日々の状況変化に追いつかず、家族や周囲の人間の負担が非常に大きい」という声があった。ALSの進行は個人差もあるが、急速に身体機能が低下する。診断当初は家族だけの介護や、介護保険のサービスで足りたとしても、半年〜1年後には車イスと人工呼吸器が必要になり、家族の介護負担は急速に増す。必要になった時点で申請しても、サービスの認定区分の結果が出るまでには3ヶ月ほどかかる。サービスが入った時期には、機能低下はさらに進んでいるので、提供されるサービス量が現状の身体に対応していない。そうしている間に、家族の介護負担はどんどん増大していく。
 医師の意見書や、当事者・家族,関係者らが行政と交渉すれば、緊急措置として対応してもらえるが、待っているだけでは必要な時に必要なサービスが受けならないといった現状も踏まえ、将来を見越した包括的な生活コーディネートが必要である。

 12)当事者のネットワーク課題
 「自分が苦労してようやくうまくいったことなど情報共有できればと思う」という声があったが、複数の相談窓口に右往左往させられ、情報に混乱した経験から、当事者・家族のネットワークへの期待は高い。
同じ道を歩んできた先輩の患者・家族の方が、行政や専門職よりも包括的な情報を持ち、使える・使えないとった制度を、その時々の状態に合わせ知っていることがある。日常に便利な道具やケアについても同様である。情報交換や情報共有は、困っている当事者・家族にとってピアカウンセリング的や役割も担う。同じ病気や状態だからこそ、相談でき分かり合えることもあり、自治体への当事者把握の要望もあった。しかし、自治体が把握していない、或いは把握していても個人情報保護により、身近な当事者同士がつながる機会は奪われている。
 当事者のネットワークに関する記載は比較的少なかったが、その背景にはコミュニケーションの壁や外出の壁によるあきらめもあるだろう。インターネットが使えず、意思疎通が困難で外出の方法も分からない当事者と、目の前の介護で精一杯の家族には、訪問しない限り情報交換の手段がない。あったとしても、ピアサポートが上手く機能していないのかもしれない。
 例えば、初期のALS患者は、急速に全身の機能を失う病ゆえに、病の先をいく患者との出会いで将来の自分を悲観し、一時期患者会に足を運べなくなることがある。メールや患者団体の機関誌、家族とだけ交流する方が、負担が少ない時期もある。同じ病気だからこそ分かり合えることと、同じ病気だからこそ今は分かりたくない時期がある。
 当事者のローカルなつながりの場は、同じ病気や障害の人達が集まれる場、違う病気や障害の人達と集まれる場、顔が見えたり・見えなかったり、その時々で形を変えた場所に、いろんな当事者が自由に出入りできる形でつながっていく、という方法もあるのかもしれない。

 13)非常時の課題
 非常時に対する声では、電源確保と避難方法の不安が強かった。また、病院の受け入れ、バッテリー確保、情報提供・共有の要望もあった。
 医療機器には電力が必要であり、停電の際はバッテリーが必要である。人工呼吸器の内蔵バッテリー時間は、呼吸器のタイプによって異なるが、外出できない人は特に自分の使っている呼吸器の内蔵バッテリーの持続時間すら知らない。非常時に備えた外部バッテリーも持っていない人が多い。ポータブル電源やインバーダーの知識はましてない。バッテリーも高額で、必要性は分かっていても買う余裕がない。購入しても「実際動けるかどうか不安」とあったように、視覚的に分かりやすい形での情報提供や、そばで誰かが指導し普段から練習しておかないと、いざというときに高齢の介護者は特に対応できない。
 回答者の多くは、非常時の対応を知らず、どこに連絡していいのかも分からず、どのように救助されるのかも分からない不安を抱え、病院への受け入れや情報提供・情報共有を希望していた。震災以降、行政がどこまでのことを、どのように対策しているか、といったことも当事者・家族には見えていない。インターネットから情報を発信したとしても、パソコンを使えない人達には届かない。普段からの備えを自助努力に任せている現状があるが、上述してきたような多くの課題を日々抱えている当事者・家族に、今の生活以上の自助努力ができるのだろうか。
 非常時に向けての対策以前に、まずは日常生活の立て直しや再構築が必要である。

 5.おわりに
 本稿では、医療機器を必要する重度障害者の実態を明らかにし、生活の中で生じている課題について分析し考察してきた。回答者の多くは、医療・福祉サービスが充足されておらず、日常生活はいつも不安に脅かされている。その背景の根幹には、医療と福祉の制度的課題があった。制度は、年齢や障害の原疾患によって区切られ、複数の制度が複雑に絡み合っている。複数の制度で情報が錯綜し、制度の狭間で情報の周知やネットワークが機能せず、日常の生活に谷間や格差を生んでいた。状態に即さない制度設計とサービスにより、高齢の家族が一人で介護を担い、コミュケーションや外出する機会を失い、閉鎖的な生活環境で過ごしていた。
 こうした日常の課題や状況が改善されない限り、地震や台風、停電といった非常時にも必要な情報と支援が必要な人には届かない。制度は年齢や疾患別で区切るのではなく、その人の状態や生活に適応する横断的な制度の見直しが必要である。また、現行制度では、普段から横のネットワークを強化し、情報を共有していくこと、医療・福祉のマンパワー不足を補うサポートなどが必要である。
 アンケート調査にあたっては、これまで述べてきたような課題から、医療機器を使用している人達を探すことが難しく、回答者の数も少なかった。しかし、本稿で明らかになった実態をもとに、地域のローカルなつながりに向けて、方法を探っていきたい。

アンケートにご協力いただいた皆様、ご家族様、誠にありがとうございました。
コミュニケーションをとること自体が困難な中、
これほどの想いと実情を把握することが出来ました。
内容を読んで私が5年間の在宅生活で直面した問題と重なるところも多く、
みなさんも同じ不満や不安を抱いているという現実がわかりました。
個人がそれぞれ抱え込むのではなく、気軽に相談できるところや情報をあたえてくれ、
一緒に考えてくれるところが早急に必要と思われます。
私は今後、そのための活動をしていきたいです。
皆さまのご賛同を得られれば幸いです。

2011年9月11日 増田英明

[注]
(1)ALSは、体を動かす運動ニューロン(神経細胞)の変性により、二次的に筋委縮と筋力低下していく、進行性の神経変性疾患である。感覚機能の障害はない。個人差はあるが、中高年の発症が多く極めて進行が早い。発症から3年〜5年以内に人工呼吸器等の医療器具が必要になることが多い
(2)特定疾患とは、いわゆる「難病」のうち日本において厚生労働省が実施する難治性疾患克服研究事業の臨床調査研究分野の対象に指定された疾患をさす。特定疾患治療研究事業は、難病患者の医療費の助成制度である。「原因不明、治療方法未確立であり、かつ後遺症を残すおそれが少なくない疾病」として調査研究を進めている疾患のうち、診断基準が一応確立し、かつ難治度、重症度が高く患者数が比較的少ないため、公費負担の方法をとらないと原因の究明、治療方法の開発等に困難をきたすおそれのある疾患を対象としている。現在は、56疾患がこの制度の対象で、ALS(筋委縮性側索硬化症)も対象に含まれる。
(3)筋ジストロフィは、筋肉自体に遺伝性の異常が存在し、筋肉の破壊から筋萎縮と筋力低下していく進行性の遺伝性筋疾患である。様々な病型に分類されるが、最も多いのはデュシェンヌ型で、幼少期からの歩行障害、学童期では車イス、青年期で人工呼吸器等の医療器具が必要になる。
(4)40歳から64歳までの人(第2号被保険者)で、下記の15の特定疾病(とくていしっぺい)により要介護と認定された場合のみ介護保険のサービスを受けられる。○1初老期痴呆(アルツハイマー病、脳血管性痴呆、クロイツフェルト・ヤコブ病など) ○2脳血管疾患(脳出血、脳梗塞など) ○3筋萎縮性側索硬化症 ○4パーキンソン病 ○5脊髄小脳変性症 ○6シャイ・ドレーガー症候群 ○7糖尿病の合併症(腎症、網膜症、神経障害)○8閉塞性動脈硬化症 ○9 慢性閉塞性肺疾患(肺気腫、慢性気管支炎、気管支喘息など) ○10変形性関節症(両側の膝関節症または股関節に著しい変形を伴うもの) ○11慢性関節リウマチ ○12後縦靭帯骨化症 ○13 脊柱管狭窄症 ○14 骨粗鬆症による骨折 ○15早老症(ウエルナー症候群)。
(5)脳血管障害(脳梗塞)は、脳血管障害は、脳の血管が何らかの原因で破れたり詰まったりして、脳の細胞に栄養や酸素が供給されなくなり、脳の機能に障害が起こる。障害の部位によって片麻痺など身体機能の障害や、言語・嚥下障害、認知機能の障害などを伴う。
(6)遷延性意識障害は、交通事故などによって脳に損傷を受け、自力での移動や摂取・排泄、言語の理解や表現が難しく意思疎通の困難が長期化している状態である。日本脳神経外科学会による遷延性意識障害の定義(1976年)には、「1.自力移動が不可能である。2・自力摂取が不可能である。3.便・尿失禁がある。4.声を出しても意味のある発語が全く不可能である。5.簡単な命令には辛うじて応じることも出来るが、ほとんどの意思疎通は不可能である。6.眼球は動いていても認識することは出来ない」とある。
(7)気管切開とは、気管とその上部の皮膚を切開してその部分から気管カニューレ(気管に挿入される管)を挿入する気道確保方法である。自発呼吸では十分な換気が行えなくなった際には、換気を補助または強制的に行う人工呼吸器を装着する。
(8)通常は気管カニューレがカフによって気道に固定されている場合、声帯を通る空気が遮断されるために発声ができない。スピーチカニューレでは、カニューレ上部に小さい穴があり、声帯に空気が送られ、発声が可能になる。また、カフエアー抜いた気管カニューレと人工呼吸器の回路の間に、スピーキングバルブ(口径15mm、直径22mmの一方弁)をはさみこむことで、呼気が声帯を通って口腔内に送られ発声ができるようになることもある。
(9)完全看護の病院に入院中の障害者が障害施策の在宅ヘルパーを利用することは原則、制度の二重給付になるとして禁止されているが、京都市、大阪市などの自治体が入院中の重度障害者に対するヘルパー派遣をコミュニケーション支援として制度化している。京都市は2009年10月より実施し、(1)言語などでの意思疎通が困難(2)単身か介護者不在の人(3)重度訪問介護か行動援護対象の者(4)障害程度区分6の全条件が当てはまる人が対象である。
(10)厚生労働大臣が定める疾患等は、○1末期の悪性腫瘍 ○2多発性硬化症 ○3重症筋無力症 ○4スモン ○5筋萎縮性側索硬化症 ○6脊髄小脳変性症 ○7ハンチントン病 ○8進行性筋ジストロフィ症 ○9パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パーキンソン病+ホーエン・ヤールの分類がステージ3以上で、生活機能障害度が2度または3度の者に限る) ○10多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群) ○11プリオン病(クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病(GSS)、致死性家族性不眠症(FFI))○12亜急性硬化性全脳炎 ○13後天性免疫不全症候群 ○14頚髄損傷 ○15人工呼吸器を使用している状態である。
(11)急性増悪期等で連続14日の訪問看護の取り扱いが月2回認められている者は、○1気管カニューレをしている状態にある者 ○2真皮を超える褥瘡の状態にある者である。
(12)末期の悪性腫瘍の患者は訪問リハビリの制限を受けない。
(13)福祉医療制度には、子ども医療、母子家庭等医療、重度心身障害者医療、重度障害老人健康管理費、老人医療がある。
(14)重度障害老人健康保険管理制度とは、重度の障害のある後期高齢者医療の被保険者が、医療機関で支払う「一部負担金」に相当する額を京都市から支給する制度である。入院中の食事代,居住費や老人訪問看護療養費の基本利用料は支給されない。
(15)介護保険の1割の自己負担の限度額は、市民税課税世帯・世帯全員が市民税非課税・生活保護の受給者の分類で異なる(15000〜37200円)。
(16)胃ろう注入とは、経口摂取が不可能・不十分な人に対し、胃に通じる孔(あな)を人工的に作り、その孔にチューブを留置し、チューブを介して栄養を取り入れる方法である。
(17)滲出性中耳炎とは、鼓膜の奥(中耳腔)に液体がたまる中耳炎で、耳が聞こえにくくなっている、あるいは音を伝える鼓膜の動きが悪い状態である。

[文献]
堀田 義太郎・北村 健太郎・渡辺 あい子・山本 晋輔・堀川 勝史・中院 麻央・小林 香織・定行 秀岳・高橋 慎一・阪田 弘一・川口 有美子・橋本 操 2008 「在宅独居ALS療養者のケアニーズ――1分間×24時間タイムスタディに基づく事例報告と検討」,特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 『在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発』,平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援研究プロジェクト.
堀田 義太郎 2009 「独居ALS患者の在宅移行支援(四)」,『生存学VoL.1』,生活書院
長谷川 唯 2009 「独居ALS患者の在宅移行支援(二)」,『生存学』VoL.1,生活書院
――― 2011 「進行性難病者の自立生活――独居ALS患者の入院生活支援を通して」,『立命館人間科学研究』
――― 2011 「重度障害者の安定した在宅生活構築のために――独居難病患者への支援活動を通して」,立命館大学大学院先端総合学術研究科博士論文
川口 有美子 2009 『逝かない身体――ALS的日常を生きる』,医学書院
西田 美紀 2009 「独居ALS患者の在宅移行支援(一)」,『生存学』Vol.1,生活書院
―――─ 2009 「医療的ケアを必要とする重度障害者の単身在宅生活に向けての課題」,ALS/MNDサポートセンターさくら会,『重度障害者等包括支援を利用した持続可能なALS在宅療養支援モデルの実証的研究』,平成20年度厚生労働省障害者保険福祉事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト
――― 2009 「自己負担金が家計を圧迫――単身ALS患者の経済状況」,『難病と在宅ケア』,Vol.14(10),(株)日本プランニングセンター
――― 2011 「重度進行性疾患の独居者が直面するケアの行き違い/食い違い――ALS療養者の一事例を通して」,『Core Ethics』Vol.6
――― 2011 「医療的ケアが必要な難病単身者の在宅生活構築――介護職への医療的ケア容認施策に向けた視点」,『Core Ethics』Vol.7
渡邉 琢 2011 『介助者たちはどう生きていくのか――障害者の地域自立生活と介助という営み』,生活書院
山本 晋輔 2009 「独居ALS患者の在宅移行支援(四)」,『生存学』Vol.1,生活書院
――― 2011 「重度身体障害者の居住支援-単身ALS罹患者の転居事例を通して-」,『Core Ethics』Vol.6
全国保険医団体連合会 2010 『在宅医療点数手引――診療報酬と介護報酬 2010年度改定版』,爲國印刷株式会社