第3章 視覚障害者への情報支援と著作権法上の課題

 この冊子では、高等教育における視覚障害者の支援、とりわけ情報支援を中心に取り上げているが、テキスト校正、より厳密には、テキストデータの作成や頒布に際して、著作権による制限を受ける。視覚障害者の支援のためだからといって、なんでも自由に行ってよいということにはなっていない。支援に携わる人たちは、あるいは支援を依頼する人たちも含めて、このことを知っておくことは重要である。

 そこで本章では、著作権とはどういう権利なのか、著作権法とはどういう法律なのか、視覚障害者への情報支援との関わりで整理し、テキスト校正を行う際の注意点をまとめる。なお、本章において別に明記がない限り、引用条文の後の“(○○条)”は著作権法の条文であることを示す。

1.著作権と情報保障
 ここでは、大学での障害者支援、あるいは情報保障を考える上で問題となる著作権にまつわる課題を整理する。
 はじめに、そもそも著作権がどういった考え方を背景にして主張され、あるいは法益として保護されているかという点について、歴史的に検討を加える。その上で、大学における障害者支援・情報保障に関係する我が国の現行著作権法上の問題点について、いくつかの具体的場面を想定しながら検討する。

(1)著作権の系譜
 古代および中世において、著作権という概念はそもそも存在せず、写本の複製といった作業は奴隷の労働や修道士によって担われていた(半田 2007)。著作者は原稿に対する物理的な所有が認められたほかは、今日我々が著作権と呼ぶ諸権利はまったく認められず、それを保護する法規は当然存在しなかった。
 著作権という考え方が現れ始めるのは印刷技術が発明されて以降である。当初は出版社の利益を保護することがもっぱらの目的とされており、著作権制度というよりも出版特許制度といったものであったが、これが認められるためには申請が必要であることから、特許を与える側は事前に検閲を行うことが可能になるほか、特許料徴収で国庫を満たすことができたという財政上の問題も絡んでいた。おくれて、精神的所有権という概念が現れる。これはロックの所有論の立場を採用したもので、著作物に加えられた精神的労働ゆえにその著作物に対する精神的所有を著作者に認めるという考えである。

 その後、各国ごとに著作権制度は徐々に整えられていくが、国際条約として1886年にベルヌ条約(文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)が成立し、我が国は1899年に加盟した。著作権は時代の流れとともに変化し、対象が広がってきている。かつては予め登録しておかなければ著作権が認められなかったり、○Cマークを付けていないと、出版の瞬間にパブリック・ドメイン、すなわち著作権フリーの状態になってしまったりといった方式主義を採用する国もあったが、今日では創作の時点で原初的に著作権が発生するという無方式主義がほとんどの国で採用されている。ベルヌ条約はかねてから無方式主義を採用しており、我が国においても無方式主義を原則としている。国立国会図書館への納本の義務も著作権法とは関係なく、また登録制度もあるが、これはあくまで(著作権が著作者と分離された場合などにおける)対抗要件として必要になる場合があるにすぎず、権利保護要件としての登録などは不要である。
 ときどき、アメリカは著作権をはじめとした知的財産権を強固に認め、保護し、そうした権利を主張するといったことが言われるが、アメリカ合衆国は長年方式主義を採用していた国の代表格であって、著作権表示(○Cマーク・著作権者名・発行年の3要素すべて)が行われていない場合など、直ちにパブリック・ドメインとみなされていた。アメリカ合衆国がベルヌ条約に加盟したのは1989年のことである。それまで条約への加盟の障壁となっていたのは、方式主義を採用していたことに加え、著作権の保護期間が短かったこと(発行時起算であり、原則28年間を保護期間としていた。更新は可能であったが、死後50年を保護期間とする諸外国に比べ保護期間が相対的に短かった)などがあげられる。なお、今日保護期間を死後70年に延長しようとする動きが各国にあるのは事実であるが、そもそも保護期間を死後70年にするという動きが起こったのは1965年のドイツである。アメリカ合衆国が保護期間の延長を主張したのは1998年に成立したソニー・ボノ法であり、これにより、1978年以降のものについては著作者の死後70年、それ以前のものについては公表の時から起算して95年を保護期間とした。その背景には、1920年代に登場したミッキーマウスをはじめとしたディズニーキャラクターがパブリック・ドメインになるのが目前であり、ディズニー社の莫大なキャラクター収入が得られなくなることを頂点として、他のハリウッド業界などが激しいロビー活動を行ったことなどがあげられており、ソニー・ボノ法は「ミッキーマウス保護法」と揶揄されている(福井 2005)。アメリカがソニー・ボノ法以前に保護期間を延長したのが1978年であり、これはタテマエとしてはなるほどベルヌ条約加盟への準備段階であるとする説は的を射ているであろうが、しかしそれ以前の保護期間(公表時より28年。さらに28年の更新が可能)ではミッキーマウスはパブリック・ドメインへの秒読み状態であったのもまた事実である。したがって、ソニー・ボノ法に限らず、そもそもアメリカ合衆国の著作権法自体がミッキーマウス保護法的な要素を伴っているのではないかといった指摘まであり、早くも2020年頃の再延長が勘ぐられている。

(2)我が国の現行著作権法
 我が国の著作権法は、ベルヌ条約への加盟に向けて旧法が明治32(1889)年に制定され、それから70年の時を経て昭和45(1970)年に全面改正、昭和46(1971)年に改正施行されて現在に至っている。ただ、時代の流れとともに、その後もさまざまな変更が加えられている。
 現行著作権法において著作者とは「著作物を創作する者」(2条1項2号)とされており、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(2条1項1号)と定められている。我が国著作権法は無方式主義を採用しており、創作の時点で直ちに著作物となる。
 そもそも、著作権概念には大きく二つがある。著作権はその発展の過程で所有権として承認されてきたことについてはすでに述べた通りだが、その後においてもなお著作権を財産権として捉えようとする英米法の立場と、著作権は財産権のみならず著作者人格権の要素も包摂したものとして捉えようとする大陸法の立場である(半田 2007)。我が国の著作権法は後者に類する。著作権における財産権は上映権、複製権、翻訳権など、その著作物から財産上の利益を得る権利のことであり、著作者人格権とは氏名表示権、同一性保持権など、著作物に対する人格的利益を保護する権利のことである。著作財産権は所有権であるから、民法206条にある通り、権利者は自由に使用、収益、処分をすることができる。また、財産であるからそれらは譲渡や相続の対象となる。著作者の死後50年間については、財産権は相続人に認められるということである。また、著作権者は第一次的には著作者本人であるが、著作財産権はすでに述べた通り移転が可能であるから、実際には著作を行っていない者が著作権者となることがある。

(3)情報保障についての規定
 では、この著作権法では、情報保障についてはどのように考えられているのだろうか。結論を先に述べるなら、情報保障は権利としては規定されていない。著作権の制限(第30条〜第50条)に私的利用のための複製(30条)、引用(32条)、教育目的利用(35条)などと並んで規定があるのみである。

 視覚障害関係では、まず点字による複製(37条1項)が認められている(著作権者に対して許可を得る必要はない、以下同じ)。その趣旨は「視覚障害者用の点字による複製は、営利事業として行われる例が少なく、おおむね篤志家の奉仕によって行われ、その部数も比較的少ないことから、視覚障害者の福祉の増進という政策的見地に基づき、これを自由としている」(半田 2007: 160)というものである。さらに、点字データの複製やネットワークを通じた送信が平成12年の法改正によって可能となった(37条2項)。次に録音については、以前は「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」が行う場合に限られていたが、平成22年からは「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるもの」に対象が広げられ、著作物の録音・貸出が認められている(37条3項)。また、これとは別の項目であるが、弱視の児童・生徒のための拡大教科書の作成が平成15年の法改正から可能となった(33条の2)。ただ、これは著作物の教科用図書等への掲載を認めた33条の一部であり、したがって、○1「小学校、中学校、高等学校又は中等教育学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される児童用又は生徒用の図書であつて、文部科学大臣の検定を経たもの又は文部科学省が著作の名義を有するもの」(33条)に対象が限定されており、一般に市販されている書籍等については当てはまらない(したがって、大学で「教科書」として使用される図書については該当しない)こと、○2教科用図書を発行する者への通知が必要であることなど、点字による複製に比べ制限的であることは否めない。
 パソコンを音声ソフトで利用している視覚障害者は多いが、音声ソフトによって読み上げることを目的とした著作物のデータ化については、これまでまったく触れられていなかった。すなわち著作権の制限が規定されておらず、それゆえにテキストデータ化の作業や、あるいはデータ化によって作成された電子データの取り扱いが(とりわけその法的解釈において)難しかったが、平成21年に著作権法が大幅に改正され、平成22年1月1日からは、テキストデータによる提供が可能となった。すなわち、第37条3項が以下のように改正されたことにより、○1視覚障害者に代表される目から情報を収集することが困難な人たちに対して、○2点字図書館のみならず公共図書館、学校図書館、大学図書館等が、○3視覚によってその表現が認識される著作物について、○4録音図書、拡大図書、テキストデータ、マルチメディアDAISYなどの形式にして○5複製や譲渡を行うことができるようになった。
著作権法第37条3項
視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者(以下この項及び第102条第4項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第4項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

 ただし、先述した○1〜○5の各項目の解釈には争いがある。○1については、従来の視覚障害者に加え、発達障害や知的障害、学習障害などの人たちがその対象に含まれるが、手でページをめくるのが難しいという肢体不自由者がこれに含まれるかは微妙である(「視覚による表現の認識に障害のある者」に直ちに含まれるか否かで解釈が分かれるため)。○2については、従来は点字図書館に主体が限定されていたところ、公共図書館などにも拡大されたことで、録音図書やテキストデータの製作がしやすくなったものの、たとえば、ボランティア団体が運営している図書館(に類似した施設)、大学の学部・研究科などが独自に設置し司書を配置していない図書室までをこれに含めると解するのは難しい。○3については、改めて説明する必要はないと思われるが、要するに別に記した「インクの臭いのしみこんだ紙の固まり」はすべてこれに含まれる。○4については、従来は録音図書のみがこの項目で対象となっていたが、ここでようやく、テキストデータが認められるようになった。もっとも、「テキストデータ」とは明記されていないが、「文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により」というところから、テキストデータが含まれるという点に争いはない。ただ、表現方法をわかりやすくするための書き直し(リライト)までをもここに含めてよいのか等、はっきりしない点は残されている。○5について、複製および自動公衆送信についてはここに明文化されているが、これに加えて、あくまでもここに書かれてある目的の範囲内であることを要するが、第47条の9との関係で、当該複製物を譲渡することが可能となる。
 なお、「ただし書き」についても留意する必要がある。どのような出版物であってもテキストデータ化して提供してかまわないかといえば、そうではない。出版社側が予めテキストデータ等を提供している場合には、これまで述べてきたような複製や譲渡を行うことはできない。この部分が、今回の改正で利用者側にとって唯一といってよいほど制約を課された部分ではあるが、この点を利用者側の目線であえて好意的に解釈するなら、「勝手な複製を歓迎しないのであれば、予めデータ等を用意せよ」と出版社側に対し、暗に誘導しているのではないか。
 関連して聴覚障害関係にも若干触れておく。平成21年の改正より以前は、「聴覚障害者の福祉の増進を目的とする事業を行う者で政令で定めるもの」に限り、「放送され、又は有線放送される著作物」に「音声を文字にしてする自動公衆送信」(リアルタイム字幕)を行うことが認められていた(37条の2)。リアルタイム字幕の作成が一定の者に限定されていたことについて、「リアルタイム字幕は音声を文字化するにあたり、技術的制約により一部要約することは避けられないところから、権利者の利益を不当に害することのないよう字幕作成に一定の能力を有することが必要であるとの要請に基づくものである」(半田 2007: 161)とされているが、ここでの「権利者」とは著作権者であって聴覚障害者ではない。多くの聴覚障害者は字幕放送が増えることを望んでおり、さらにはすべてのテレビ番組に対する字幕つけを求める動きがある。要約することで正確さは劣るが、とにかく数を増やしてほしいという声があるのは間違いない。ここで権利者=著作権者を保護するのは、同一性保持権を担保するところにあると考えられるが、そうであるとしても、視覚障害者に対する点字による複製と対比した際、不均衡であると言わざるを得ない状況にあった。
 これに対して平成21年の法改正より平成22年1月1日からは、○1聴覚障害者に代表される耳から情報を収集することが困難な人たちに対して、○2聴覚障害者情報提供施設のみならず公共図書館、学校図書館、大学図書館等が、○3聴覚によってその表現が認識される著作物について、○4音声を文字にするなどの形式にして、○5複製を行うことができるようになった。

著作権法第37条の2
聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者(以下この条及び次条第5項において「聴覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で次の各号に掲げる利用の区分に応じて政令で定めるものは、公表された著作物であつて、聴覚によりその表現が認識される方式(聴覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この条において「聴覚著作物」という。)について、専ら聴覚障害者等で当該方式によつては当該聴覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、それぞれ当該各号に掲げる利用を行うことができる。ただし、当該聴覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者により、当該聴覚障害者等が利用するために必要な方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。
一 当該聴覚著作物に係る音声について、これを文字にすることその他当該聴覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うこと。
二 専ら当該聴覚障害者等向けの貸出しの用に供するため、複製すること(当該聴覚著作物に係る音声を文字にすることその他当該聴覚障害者等が利用するために必要な方式による当該音声の複製と併せて行うものに限る。)。

 先述した視覚障害者関係の改正と似ているが、今回の改正によって拡大された担い手(大学図書館、公共図書館等)は第37条の2の第2号に該当し、第2号施設は第47条の9から除外されているため、複製物の譲渡はできない。
 大学での障害者支援における著作権法上の問題を具体例をあげて検討するに先立ち、同一性保持権について記しておくことにする。

(4)同一性保持権
 著作権法には著作権者のさまざまな権利が規定されている。その中でも、情報保障を考える上で重要となるのが同一性保持権(20条)である。情報保障を行うに際しては、音声情報を文字情報に変更するなどの作業がその過程において行われることがほとんどで、こうした改変が同一性保持権の侵害にならないかが問題となる。同一性保持権とは、「著作物の完全性を保持し、無断でこれの変更、切除その他の改変をする者に対して異議を申し立てる著作者の権利」(半田 2007: 121)であって、著作者人格権の一つとされている。小説をドラマ化する場合など、脚色することや上映することにつき著作権者の同意が必要である。同一性保持権が争われるケースとして、パロディに借用する場合などがあり、憲法が定める表現の自由との関連で争点となっている。
 そもそも、著作者人格権として同一性保持権を保障したのは、「作品は著作者の分身だから?…意に沿わない書き直しをされたら、感情が傷つきます。また、作者は作品によって社会的に評価されるからだという意見もあります」(福井 2005: 74)という理由があげられている。したがって、悲劇の小説をドラマ化に際してハッピーエンドに書き換えるといったことは、たんなるドラマ化の許諾の他に改変についての許諾なくしては認められない。
 しかし、「いうまでもなくこの権利は、著作者の精神的・人格的利益の保護のために法的承認を受けた権利であるから、厳密にいえば著作物の改変にあたる場合であっても、それが著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるときは、同一性保持権の侵害とはならないと解するべきである」(半田 2007: 121-122)と考えられている。同一性保持権の侵害にあたらないものとして、○1教科用図書(教科用拡大図書を含む)や学校教育番組に著作物を利用する場合に「用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの」(20条2項1号)、○2建築物の増改築や修繕(同2号)、○3プログラム著作物のバグ修正やバージョンアップ(同3号)が列挙されている(半田 2007: 122)。このほか、同一性保持権の及ばぬものとして、○4「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(同4号)と規定されており、何が「やむを得ないと認められる改変」かが問題となる。
 今回の著作権法改正により、視覚障害者向けの録音図書やテキストデータの作成については、別に定められたために同一性保持権について意識しなければならない状況から概ね解放されたが、先述したように表現内容それ自体の変更を伴うようなリライトについて、微妙な位置づけであることなど、提供されたままの表現では受け取れない人たちに著作物を提供する際の変更が、どこまで許容されるかという問題は、まだなくなったわけではない。

2.大学での情報保障と著作権をめぐる問題集
 著作権法について概観したところで、大学における情報保障の具体的場面にあてはめながら、著作権法との関係について考えてみたい。

(1)レジュメ・講義資料のデータによる提供

【事案1】
 視覚障害をもつAはB教授の授業を受講していたが、B教授は毎回プリントを配布する形で授業を進めていた。Aはレジュメや資料のデータによる提供を求めたが、B教授の配布するプリントには、B教授に著作権のない本や資料からのコピーが含まれていたため、著作権法上データでの提供は不可能であると回答した。Aはデータを受け取れないのか?

 テキストデータの提供を拒む理由として、それを作成するための手間(データの種類を変更するだけの場合なら簡単だが、この冊子の第1章で述べたように、原本をスキャナにかけ、OCRソフトを用いて活字を抽出し、原本を見ながら校正するという作業)を考えた場合が多いが、この事案においてはあくまで著作権法を理由とした拒否であるという部分のみを問題とする。
 まず、B教授が授業で他人の著作物を使用することについては、著作権法35条の問題となる。35条は、学校で授業を担任する者が授業の目的上必要と認められる限度において著作物を複製(コピー)してもよいことを規定している。本事案では、B教授は「教育を担任する者」であり、資料を配付することで著作権者の利益を不当に侵害するといったことがないのであれば、この部分はクリアできる(この点、たとえば、小学校で使用する副教材として製作された漢字ドリルを教師が人数分コピーして配布するような場合は、たとえその教師が「教育を担任する者」であったとしても、教師の複製・頒布によって児童が自ら漢字ドリルを購入しなくなり、出版元の経済的利益を不当に害すると判断される)。
 次に、テキストデータ化すること自体における問題について。○1視覚障害があるAが使用するためにするデータ化は、それをAが使うことだけを目的としている以上、著作権者の経済的利益を不当に侵害するとは考えられない。他の学生にコピーを配られるのと、著作権者から見て何ら変わらないはずである。○2著作者人格権、とりわけ同一性保持権についても問題となるが、「著作物の変更それ自体は個人的利用の範疇に属し、だれにでも自由に許されるのであるから、著作者の同意を要しないことはもちろんである。だが、変更された著作物が複製等によって公に利用されるようになると、それは個人的利用の範囲を逸脱することになり、したがって著作者の同意を必要とする。つまり同一性保持権がその効力を発揮するのは著作権の行使の際ということになる」(半田,2007: 148)といったところから考えると、Aのテキストデータの利用はあくまで個人的なものであって、それを公にしたり他人に渡したりするといったことがない限り、同一性保持権の問題もクリアされる。
 本事案においては、B教授の教材の配布が、35条に該当するか否かが問題となること以外、情報保障という点で別段問題になることはない。

(2)教科書のデータによる提供

【事案2】
 C教授は自分の著書を教科書として使用していたが、受講していたDは中途失明の視覚障害者で、点字がまだ十分読めない。そこで教科書のテキストデータによる提供をC教授に求めた。C教授は出版社に問い合わせたが、データの提供には応じないとの回答だった。Dはテキストデータを受け取れないか?

 現行著作権法では、出版社がデータを提供する義務はない。また、そもそも出版社はデータを提供する権利すらもっていない場合が多いようである。出版社がデータを提供する場合、著作権者の了解を得る必要があり、共著等で著作権者が複数いる場合、その全員の了承を得なければならず、それらの労を出版社が負担することとなるが、これが不当であると出版社側は主張する。それは出版社にそもそもテキストデータの提供の義務がないことによる。さらに出版社がもっているデジタルデータはテキストデータではなく、それらのデータからテキストデータをつくるには変換作業が必要なこと、テキストデータでは表現できない漢字や図表を載せることができず、勝手に変換を行うことは同一性保持権が問題になること、データの所有権が出版社ではなく印刷所にある場合があること、などがある。
 本事案では、著作権者であるC教授が自ら出版社にデータ提供を依頼しているから、データの提供に著作権者は同意していることになり、著作者人格権としての同一性保持権が問題となる余地はない。したがって、財産権の問題のみとなる。とはいっても、著作権者はテキストデータの提供に同意しているから、著作権者の経済的利益が侵害されることにはならない(というよりも、著作権侵害の申し立てが起こり得ない)。そのため、出版契約における出版社の利益およびテキストデータ作成に必要な負担を誰がするかという二つの問題が残ると思われる。ここで前者については、○1原本を購入すること、○2テキストデータの使用を個人利用にとどめることを条件にすれば問題にはならないだろう。実際、テキストデータを提供している出版社も、この二つを条件にしている。とすれば、後者の問題のみということになる。すでに述べたように、出版社にはテキストデータの作成や提供についての義務はないから、そこに発生する負担を強いることは難しい。となると、Dの個人利用ということで大学側が用意することになるだろう。
 また、著者であるC教授がテキストデータを所有しているからそれをもらえばよいと誤解されることもあるが、C教授に限らず、原稿を出版社に収める際の最終段階のデータであっても、実際に印刷して出版されるまでには出版社側でさまざまな校正作業が行われるから、そのやりとりの課程で、執筆者のもっているデータと出版された本の中身が大きく異なることは珍しくない。そのため、データ提供の必要性を理解していたとしても、提供を躊躇することがある。さらに、執筆者と出版社の間で著作権に関する契約を交わす際、複製権が出版社側にある旨が明記されている場合も多く、その場合は、たとえ自分の著作物であったとしても、勝手にデータをコピーして頒布することはできない(こういう契約を交わすのは、出版後に執筆者が別の出版社と新たに契約を結んで出版することにより、最初の出版社が不利益を受けることを未然に防止するなどのねらいがある)。
 なお、平成21年の著作権法改正により、平成22年からは、点字図書館、大学図書館などがテキストデータ化を行い、それを視覚障害学生に提供することが可能となった。したがって、本事例では、出版社もC教授もデータの提供ができない場合でも、Dの属する大学図書館等でテキストデータを作成し、Dに貸し出す、あるいは譲渡するという選択が可能である。

(3)大学における録音図書の製作

【事案3】
 視覚障害をもつEは、授業で示された参考文献を録音図書として提供してほしいと考えた。大学図書館、障害学生支援室のどちらに持ち込むべきか?

 平成21年までの著作権法では、録音図書については、「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」(37条3項)が行う場合に限り、著作物の録音・貸出が認められていた。ここでいう政令とは著作権法施行令第2条のことであるが、これによると、国や地方公共団体、公益法人が設置する点字図書館、特別支援学校(盲学校)の図書館などが該当するが、大学図書館としては、「学校教育法第1条の大学(専ら視覚障害者を入学させる学部又は学科を置くものに限る)に設置された図書館及びこれに類する施設の全部又は一部で、録音物を専ら当該学部又は学科の学生の利用に供するものとして文化庁長官が指定するもの」(著作権法施行令第2条6号=平成22年以降この部分は削除)と規定されており、これに該当するのは筑波技術大学の図書館のみである。
 したがって、その他の大学図書館、障害学生支援室、ともにこれには該当しないため、録音図書の製作、貸出を行うことはできないとされていた。
 しかし、先述の通り、平成21年の著作権法改正により、平成22年からは、大学図書館で録音図書の製作・貸出・譲渡が可能となった。そのため、本事案においてEは大学図書館に録音図書の製作を依頼すればよい、ということになる。なお、本事案では録音図書を事例にしているが、改正された著作権法では録音図書だけでなくテキストデータについても同様の扱いが可能である。
 ただ、これはあくまでも法律上の話であって、実際に大学図書館が録音図書の製作に対応するとは、少なくとも本稿執筆時点においては考えにくく、現実的ではない。障害学生支援室が設置されている大学では、図書館ではなく障害学生支援室が窓口となって対応することになるだろう。では、仮にEが大学図書館ではなく障害学生支援室に録音図書の制作を依頼した場合、障害学生支援室が作成することは可能なのか、他にどのような対応が可能かを検討しておきたい。
 大学図書館が録音図書やテキストデータの製作が可能であるとする根拠として、著作権法施行令第2条に「大学等の図書館及びこれに類する施設」と明記されている点を紹介しておかなければならない。そしてここで次に問題となるのが、「及びこれに類する施設」がどこまでを含むか、という点である。これについては、正直なところ「微妙」といわざるを得ない。障害学生支援室で製作することが直ちにクロというわけではないが、障害学生支援室は図書館と違って図書の管理を行う施設ではないし、管理できる体制もなく、図書館司書もいない。そのため、障害学生支援室で対応する場合には、従前のように視覚障害学生の個人利用という条件下で支援を実施するのが精一杯だろう。これに対して、大学図書館が担い手になる場合には、まさに正々堂々と録音図書やテキストデータの製作・貸出・譲渡が行える。個人利用という制約にも縛られないため、複数の視覚障害学生に同じタイトルの録音図書ないしテキストデータを提供することもまた、可能となる。本事案で、たとえばEと同じ授業を受講しているF、あるいは1年後輩のGがいた場合、Eの依頼によって図書館が製作した録音図書をFが利用することもできるし、翌年同じ授業を受けるGが来年利用することもできる(そのために図書館が管理し、1年後に貸し出すことになる)。なお、ここでF・Gはともに視覚障害をもつ学生であって、録音図書を必要としていることが前提である。
 こうして見てくると、障害学生支援室のみならず、大学図書館が障害学生支援に加わり、連携・連動していくことの意義が大きいことが分かる。そしてこれは、聴覚障害者向けのビデオ字幕付けについても、まったく同じである。実際の作業を誰が行うかはさして問題ではなく、管理や提供に責任をもっているのがどこなのかが問題となる。つまり、仮に学生がアルバイトで作業を担っていたとして、障害学生支援室からの指示であるのか、大学図書館からの指示であるのか、それによって法的な位置づけが違ってくるということである。さらに言えば、製作された録音図書やテキストデータ、字幕を付した映像教材が障害学生支援室に保管されていることが問題ではなく、それが大学図書館の管理監督下であるかどうかが分かれ目になってくる。

 これは裏返せば、録音図書やテキストデータの製作を、図書館業務の一部として障害学生支援室が担っているということにしておけばよい、ということである。もちろんこれは、そのように擬装せよということを意味しているのではなく、大学内の組織間で連携・連動・協力せよという意味である。そしてそれによって、新たな法律の下では支援を充実させることが可能である、ということである。
 さて、本事案における別の対応方法についても述べておこう。本件の場合は、視覚障害者向けの貸出というよりは、視覚障害をもつ学生であるEの利用に供することが目的である。仮に、Eが友人に頼んで音読してもらうような場合には、友人の本を読み上げるという行為は著作権法38条の口述に当たり、さらに、それを聞きながらEが録音した場合であっても、著作権法30条の私的使用に当たり、いずれも認められる。ただし、口述に関しては「公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。」(38条1項)とあるように、○1営利を目的としていないこと、○2聴衆から料金を受けないこと、○3口述を行う者に報酬が支払われないことの3つを満たす必要がある。友人にボランティアで依頼する場合はこれに当てはまるが、たとえば、朗読をビジネスで行う者に依頼した場合は○1〜○3すべてに抵触するし、E本人から料金を徴収しないとしても、大学から朗読者に対して報酬が支払われる場合には、○3に抵触する。

3.課題
 前節で情報保障の具体的場面を想定して著作権法との関係について考えてみたが、もちろんこの他にもさまざまなケースがある。著作物の利用について、我が国の著作権法では、著作権の制限として具体的に定めており、明記されている利用に際しては、そこに書かれてあることに従えばよいから、分かりやすいというメリットがある。その反面、書かれていない事態に直面したときには、利用が妨げられる恐れがある。
 我が国の著作権法のような具体的な規定を定めず、一般的な著作権の制限規定をおいている国がある。とくにアメリカ合衆国が採用しているフェア・ユース(fair use:公正利用)の法理が知られている。アメリカ合衆国著作権法107条は、「批評、解説、ニュース報道、教育、研究又は調査等を目的とする著作物の公正利用は著作権の侵害とはならない」(尾崎 2004: 91)としており、○1使用の目的および性質、○2著作物の性質、○3著作物全体との関連における使用された部分の量および質、○4著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響を考慮して、公正利用にあたるか否かを判断することになっている。障害者の情報保障という点から考えるなら、こうした一般規定によって制限されている方が、著作物の利用はより容易になる。
 フェア・ユースを採用するか否かは措くとしても、我が国の著作権法が障害者の情報保障にとって壁となっていたことは事実であり、著作権法の改正をも含めた検討は急務であった。今回の改正は、これに応えた形となり、とりわけテキストデータの製作については、法律上の壁は低くなった。もっとも、先に示したように、大学内での担い手が大学図書館に限定されていることなど、課題も残されてはいるが、現行法の範囲内で対応可能なものについては、それをまずは試みるべきであろう。

■参考文献
青木慎太朗, 2006,「大学における障害者支援の現状と課題——情報保障を手がかりとして」立命館大学大学院先端総合学術研究科博士予備論文
————, 2006,「大学における視覚障害者支援とテキスト校正」視覚に障害のある人のサポート入門講座 '06,立命館大学,2006年6月13日
————, 2006,「大学院での遠隔教育と障害学生支援」日本教育工学会 第22回大会報告,2006年11月,関西大学
伊藤真, 2001,「写真の改変——パロディ事件第一次上告審判決」斉藤博・半田正夫編『著作権判例百選[第三版]』116-117,有斐閣
岡本薫, 2003,『著作権の考え方』岩波新書
尾崎哲夫, 2004,『入門 著作権の教室』平凡社新書
福井健策, 2005,『著作権とは何か——文化と創造のゆくえ』集英社新書
半田正夫, 2007,『著作権法概説(第13版)』法学書院