第1章 大学における視覚障害者支援の概要

 本章では、我が国の大学における障害学生支援の現状を概観し、視覚障害学生の支援についてまとめた後、立命館大学での実践を具体例として取り上げる。

1.全国の障害を有する学生の現状
 2008年度に日本学生支援機構が、国内の大学・短期大学・高等専門学校を対象に実施した障害学生の修学支援に関する実態調査(日本学生支援機構 2009)では、以下の結果が得られた。
 在籍する障害学生数は、6,235人であり、その障害種別内訳は、視覚障害646人(10.4%)、聴覚・言語障害1,435人(23.0%)、肢体不自由2,231人(35.8%)、重複139人(2.2%)、病弱・虚弱1,063人(17.0%)、発達障害(診断書有)299人(4.8%)であった。また、この視覚障害646人の内訳は、盲156人、弱視490人であった。
 視覚障害学生に対する授業支援実施校は142校であり、その実施内容は、教材のテキストデータ化53校(37.3%)、教材の拡大79校(55.6%)、点訳・墨訳53校(37.3%)、リーディングサービス36校(25.4%)、ガイドヘルプ37校(26.1%)であった。

2.大学における視覚障害者支援
 大学での視覚障害学生支援を、以下の5項目に整理しておきたい。

(1)教科書
 最近では、授業に教科書を指定するケースは少なくなり、担当教員の自作教材やレジュメで進められる場合が増えてきている。ここで教科書というのは、授業を受ける上で最低限必要となる教材、という意味で広くとらえ、副教材(参考書等)も含める。また、授業より研究が重視される大学院生の場合には、こうした枠組みは適当でない。ここでは、学部生の授業を念頭に話を進める。
 障害のない学生は、受講を決めた授業の指定する教科書を購入すると直ちに読むことができるようになる。これに対して視覚障害者は、(そのテキストを点訳する、拡大コピーする、誰かに読んでもらうといった選択肢はあるが、いずれにしても)すぐに自分で読むことはできない。個人の趣味の本でもなく大学で授業を受ける上で最低限必要となる教材を自己責任において準備しなければならないというのは、他の学生と比較したとき著しく負担が大きい。購入した本は視覚障害者にとってはインクの臭いのしみこんだ紙の固まりでしかなく、教材としての価値はゼロである。そのため、教材を準備すること、それに必要となる費用を負担することを大学側に求めてきた。その甲斐もあってか、点字教科書を大学側で保障(責任をもって準備)している大学も増えてきている。
 視覚障害学生にはさまざまな読書環境がある。これまでずっと点字でやってきた人にとって、ただ(作る側が)楽だからという理由だけでテキストデータの使用を求め点訳を怠ったりすることは、当該学生の快適な学習を阻害することにつながり、大学側の選択としては適当でない。

(2)設備
 視覚障害者が大学で学ぶに当たっては、音声パソコンの設置、点字ブロックの敷設、音声誘導チャイムの設置、点字案内板の設置、ルームナンバーの点字表記と拡大文字表記およびコントラストの配慮などが求められる。学習環境の保障と安全な移動の確保という両面からの配慮が必要となる。 

例: 1305 → 1305

(3)講義での配慮
 授業を進める上で、教科書以外で主に担当教員が配慮すべき内容についてここで述べる。なお、担当教員が配慮するといっても、責任を担当教員個人に押しつけるという意味ではなく、担当教員が配慮できるための環境づくりも含む。
 担当教員に視覚障害学生がいることを伝えることがまず必要となる。ただし、本人に無断で教員に本人の障害の状況を伝えることは好ましくなく、たとえば、本人の希望に応じて受講前に本人と教員が面談し、障害の状況を本人が説明し、教員も尋ね、支援内容について確認する場を設定することが望ましいとする報告がある。大学側は教員と学生とが事前に面談できる場をセッティングすること、トラブルが発生した際に仲裁することが、その役割として期待されるだろう。
 その上で、授業での配慮としては、板書の読み上げ、指示語を避ける、座席指定、試験問題の点訳・拡大と点字・拡大文字による解答、試験時間の延長と別室受験、実験・実習への補助員の配置や体育実技の配慮(別クラスの設置・補助員派遣)などがある。なお、定期試験については、教員の判断によりレポート試験や口頭試問への代替が行われることも多い。中途失明等、点字に堪能でない学生に対して、仮に時間延長をしたとしても、短時間に多くの文章を読んで解答させる形の試験はその能力を評価する方法として適当でないことは明らかである。
 私が同志社大学の学生時代に、各授業の担当教員に渡していた要望書を資料1に掲載するので、併せてご参照いただきたい。

(4)情報提供(狭義の情報保障)
 教科書保障や講義での配慮も、広く情報保障のうちであるが、ここでは狭義の情報保障、インフォメーションとしての情報について触れる。これは大学から発信され掲示板等で学生に伝えられる情報である(休講・補講・教室変更・イベント情報など)。
 掲示板情報については、メールマガジンによる提供、ホームページでの提供を望む視覚障害学生が多いが、現実には友達に見てもらうなどが多く、大学側も「友達に見てもらってください」といっている場合すらある。しかし、大学側によって責任をもって伝えられるべき情報を「友達に見てもらえ」というのは不適切ではないだろうか。

 情報提供の裏返しとして、提出書類もデータで記入してよいならデータで提出する、そのために掲示文書や様式をデータで送付するといった工夫が必要になる。立命館大学では一部実践されている。

(5)その他
 通学の援助が必要な人がいるが、行政の福祉サービスとしてのガイドヘルプは通学には利用できず、大学としても支援していないという溝ができた状態である。障害学生が大学側に交渉し、支援を勝ち取っていくという道もあるが、障害学生と大学とがともに行政に申し入れを行うといったやり方もあり得る。大学通学路に音声信号機を設置してほしいとか、最寄り駅の改善といった要望は、障害学生と大学が協力し、行政や鉄道事業者に申し入れる方がよい項目である。
 また、現在、障害学生支援の項目として取り上げられることが比較的少ないが、課外活動での支援やアルバイトの斡旋についても、障害のない学生に対してそれを行っている以上、障害学生に対しても行うべきである。障害学生の就職支援と、そのために必要なキャリア形成のサポートも課題となるだろう。
 最後に、大学内で生活する上で必要な施設、学食の利用といったものも含め、総合的に支援するシステムづくりが求められる。建物の前に平気でトラックが駐めてあることがあるが、視覚障害者には危険である。スロープの入り口の前に駐めてあれば、車椅子を利用する人たちはスムーズに移動できない。学内での事故防止に、大学も出入り業者も最大限の配慮をする必要があるが、とくに業者の認識の欠如が目立つ。学生の建物前の座り込みにも同じことが言えるだろう。こうした取り締まりを強化することは、視覚障害学生が学内を安全かつ自由に移動する環境を確保するために欠かせない。

3.立命館大学障害学生支援室が実施する支援の現状と問題点
(1)現状
 立命館大学障害学生支援室が実施している支援は、以下のようである。

【立命館大学障害学生支援室の概要】
機能:障害をもった学生へのサポートに関わる総合窓口。支援技術・関連情報等の資源蓄積。
支援対象:障害学生、障害学生へサポートを提供するサポート学生、教職員。
支援対象となる障害をもつ学生:視覚障害、聴覚障害、肢体不自由等の障害により学習や学生生活に制限を受けるもので、本人が支援を受けることを希望し、かつ、その必要性が認められたもの(病気やけが等により、一時的に障害を負った学生も含む)。
支援範囲:正課授業を受ける上で必要な事項。

【障害をもつ学生への支援内容】
共通:入学前相談。履修・事務手続きの情報保障。語学・演習・実習科目における配慮。授業担当教員への配慮事項の相談・伝達。情報機器の利用支援。設備整備。
視覚障害にかかわるサポート:教材のテキストデータ化・拡大。点訳(語学・ゼミ指定教科書など一部)。対面朗読。代筆。介助者の紹介。
聴覚障害にかかわるサポート:通訳者の紹介(ノートテイク・パソコンテイク)。
肢体障害にかかわるサポート:教室配置の調整。介助者の紹介(ポイントテイク、身体介助)。駐車スペースの確保。多目的スペース(休憩など)の確保。
その他:点字用紙・フロッピーなどの消耗品、テキスト代、コピー代など、障害があることによって生じる特別な経費の補助。
定期試験時の配慮:時間延長、別室受験、点字受験などの配慮。
サポートを受けるまでのながれ:1.申し込み→2.相談→3.書類の提出→4.サポートの開始。

【サポート学生への支援内容】
サポートスタッフへの支援:ボランティア保険への加入、サポートに関する相談、スキルアップ講座など(サポートの内容によっては、謝礼あり)。
サポートスタッフ登録のながれ:1.支援室へ連絡→2.コーディネーターによる説明→3.サポートスタッフ登録→4.学生サポートスタッフの活動開始。

【教職員への支援内容】
教職員への支援:障害学生が所属する各学部の職員と、受講する科目担当教員に対する、コーディネーターによる相談・情報提供。

(2)問題点
 本章の冒頭に紹介した調査結果によると、多くの大学で何らかの形で文字情報へのアクセスの支援が実施されているが、前項と見比べてみると、立命館大学で実施されている支援の中には、他の大学で実施されていないことが含まれている。とすると、立命館大学障害学生支援室が実施している視覚障害学生支援の取り組みは、先駆的事例の一つとみることができるだろう。現に、2008年6月に東京で開催された「第2回全国障害学生支援コーディネーター研修会」(主催:筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター支援交流室)の視覚系分科会において、立命館大学障害学生支援室の二階堂と筆者が、全国各地から参集した障害学生支援コーディネイターを前に講演を行ったが、これも立命館大学の障害学生支援に関する取り組みが、先駆的事例であると認知されているからだろうと考えている。
 しかし、そこには支援室専従スタッフの不足をはじめとして、受けられる支援に上限があることなど、未だ解決されていない数多くの、それも支援を受けながら学ぶ学生にとって非常に深刻な問題も存在し続けている(問題の詳細は資料3をご参照いただきたい)。
 以下では、ここまでで分かった視覚障害学生への文字情報へのアクセスを支援する上での論点を整理する。

【1.財源の確保】
 中心的な課題は、財源の確保といえるだろう。一つは、設備費である。テキストデータ化、点訳、拡大、対面朗読といった媒体を変更するいずれの方法においてもパソコン、スキャナー、OCRソフト、コピー機、点字プリンター、これらの機器を設置する部屋、および対面朗読のための部屋が必要になる。これは、機器購入時に必要な一時的な経費である。そして、これらの維持費が継続的に必要になる。
 また一つは、人件費である。上記の機器を活用して文献の媒体を変更する作業に対して支払う対価である。これは、視覚障害学生が文献の媒体の変更を要するごとに、継続的に必要となる経費である。
 加えて、下記する人材の養成にかかる経費も必要である。

【2.技術を習得した人材の確保】
 媒体の変更、とりわけ点訳には一定の技術の習得が必要になる。まずこれらの技術を習得した人材が養成されなければならない。媒体の変更には多くの時間を要するため、視覚障害学生が文献の講読を希望してから作業完了までを速やかに行うためには、より多くの人材が求められる。加えて、それら多くの人材に対する作業の割り振りなどのコーディネートをする担当者も求められる。

【3.学習支援と研究支援の位置づけ】
 立命館大学障害学生支援室では、その支援範囲を「正課授業を受ける上で必要な事項」としていることからもわかるように、支援範囲を学習支援のみに限っている。学部生からはとりたてて要望が提出されていないところを見ると、その支援が円滑に実施されているものと推測される。しかし、学習よりも研究に重点が置かれる院生においては、資料3のような要望が提出されている。これは、研究支援を支援範囲としない障害学生支援室の提供する支援のみでは、その研究活動が十全に遂行できていないことを示している。

 以上は「作業」と「費用」という二つの負担の分配の問題として考察することができる。
 立命館大学における取り組みでは、「作業」は、障害学生支援室および支援室が養成した学生サポートスタッフが担っている。「費用」は、大学に補助金を支給するという形で、日本私立学校振興・共済事業団が担っており、支援をその補助金の範囲内にとどめていることからすると、立命館大学は「費用」の負担を担うことを拒否しているといえる。
 しかし、立命館大学がこの負担を担うことは、不当な負担の分配であるともいえる。「配慮の平等」(石川 2004)という観点からいえば、紙媒体の書籍は、視力がある者のみに配慮をした形式であり、視覚障害をもつ者など一部の者を、配慮の対象から除外しているのである。であるなら、この負担は、本来は出版社が担うべきものともいえる。現に担っている出版社もある。一部の出版社・書籍については、書籍奥付に「テキストデータ引換券」が添付され、それを出版社に郵送することで、その書籍のテキストデータが読者に提供されるのである。
 また、一部には、読者の要望に対しても、テキストデータを提供しない出版社もあり、植村は、その背景に著作権法、印刷技術、コスト、出版社内のルールが関係していることを明らかにした(植村 2008)。たとえ著作権法上の問題が解消されたとしても、技術的な理由からテキストデータを提供しえない書籍は、依然として残る。テキストデータは組版がDTPで行われるようになって以降の書籍について作成しえるものであり、DTP以前の技術で組版された書籍については、テキストデータの作成に用いる印刷用データが存在しないのである。しかも、そのような書籍は膨大に存在する。これをテキストデータ化する「作業」および「費用」の負担を、誰が担うべきかが考えられなければならない。現状においては、その書籍の講読を望む視覚障害者やボランティア団体が担っているが、それはやむをえないからであり、不当なことといわねばならない。

4.障害学生支援の考え方
 障害学生支援については、さまざまな考え方がある。そもそも、障害学生支援の責任は誰がもつべきなのかということすら、一致した考え方はない。かつてそれは、受け入れた教員であり、あるいは本人の自己責任ということになっていた。周りの友達を早く見つけ、その友達に掲示板を見てもらうよう、大学の事務職員が指導するなどということが起こっていたし、今でもそういう考え方を引きずっている人たちがいる。また、負担責任の所在については、とくに問題となっている。小さな大学の場合、私立大学であっても、日本私立学校振興・共済事業団を通じて私立大学等経常費補助金に含まれた形で支給されているが、それはあくまでも補助金であり、障害学生を受け入れる上で発生するコストすべてをまかなえるものではない。だとすれば、障害学生支援に必要な費用負担は、大学ではなく社会的費用——すなわち税金——によってまかなわれる必要があるのではないかと考えられる。これまでの障害学生支援の運動は、大学に門戸開放を求め、支援の責任を大学に求めるものであった。第一義的にはそれでよいと考えられるが、たとえば障害学生と大学とがともに行政に働きかけ、障害学生支援に責任をもつよう要求するといった運動があってもよい。
 ところで、障害学生の支援は学生支援という大学側の本来的業務に対して、何か特別なものとして捉えられているが、それはなぜなのだろうか。障害学生とは誰か、点字とは何かを考えてほしい。障害学生とは、(見えなかったり聞こえなかったりするために)通常の授業形態では授業に参加できない人たちであるとか、点字とは(目が見えないために)普通の文字が読み書きできない人たちが使う文字であるといった理解がされているのではないだろうか。
 しかし、これはけっして正解ではない。視覚障害者とは目で見る生活ができない人たちであると考えられているが、目で見る生活をしない人、あるいは見ないで生活する人であるという言い方も可能である。見て生活するという多数者側の生活スタイルが絶対でもなく、正解でもない。何か正解があり、それに近づけることをよしとする考え方——医療やリハビリテーションが時に陥る——は疑ってよい。
 私は、講師として招かれた講演会で、以下の質問をすることにしている。「大学の大教室の講義で、教員がマイクを使うのはなぜか?」この問いに対して即答できない人に未だかつて出会ったためしがない。「後の方に座っている人に授業が聞こえないから」というのが、とりあえずの解答である。そして、何を今更当たり前のことを聞くのか、という反応を一様に示す。
 次に、また別の質問をする。「では、その教室に耳の聞こえない学生がいたとして、このままで十分でしょうか?」といった感じだ。先ほど、「とりあえずの解答」と述べたが、正確には、「受講生みんなに授業の内容を伝えるため」というのを模範解答にしておくべきだろうか。
 「配慮の平等」(石川 2004)という考え方がある。通常私たちは「配慮を必要としない多くの人々」と「配慮を必要とする少数の人々」がいる、と考えがちだが、そのように考えるのではなく、「すでに配慮されている人々」と「いまだ配慮されていない人々」がいる、と考えてみたらどうだろう。教員が教室でマイクを使用することは「配慮」ではなく、当然やるべき事であると考えられているが、そうではない。前に座っている学生には、マイクがなくても伝わる。しかし、後の方にいる学生に対して、授業の内容が伝わるように配慮し、マイクを使用したのである。そこで例えば、聞こえない学生が受講しているにもかかわらず手話通訳者やノートテイク、パソコン通訳を付けないというのは、「配慮の平等」に反する。少なくとも、大学の授業は演奏会ではないのだから、聴力に訴えることに意義があるのではなく、内容を学生に伝えることにこそ意義があるのだから、こうした配慮を平等に行うべきだろう。逆に言えば、配慮を平等になさない、平等に学生を扱わない、ということは、すなわち障害を理由として学生を差別している、ということになるだろう。

 国連では2006年末に障害者権利条約が採択され、我が国も翌2007年9月に署名はしたが、批准には至っていない。しかし、2008年5月に障害者権利条約は発効しており、国内でも障害者権利条約の批准や障害者差別禁止を定める条例の制定を求める運動が、全国各地で起こり、あるいは起ころうとしている。
 こういった事を、大学側も意識しておくべきではないだろうか?

資料1 青木が学部時代に担当教員に手渡していた要望書(サンプル)
○○先生へ
 今年度1年間、下記の授業を履修することになりました文学部社会学科社会福祉学専攻3回生の青木といいます。私は視覚障害(弱視)ですので、講義及び試験の際、次の点についてご配慮をお願いします。

履修するクラス:××××論

お願いしたいこと
(1)授業に関して
レジュメ、小テスト等については、できるだけ事前に拡大の上、配布してください。
レジュメのeメールによる事前提供が可能な場合は、添付ファイルで送っていただきたいと思います。
板書はすぐに消さないでください。ただし、授業を進める上でやむを得ないときもあると思いますので、授業後にフォローをお願いしたいと思います。
映像教材を使用される際のことですが、字幕ビデオの場合は字幕部分の読み上げ、スライド教材の場合は、スクリーンに映す内容をプリントにして、拡大の上配布していただきたいと思います。
(2)試験

拡大版試験問題の配布を希望します。(ただし、用紙のサイズはA3が最大でお願いします)なお、拡大試験問題の配付希望については、すでに文学部事務室に依頼済みです。
長文を読むもの、あるいは調べながら答案を作成する試験に関しては、試験を受ける上で視力的にハンディーがありますので、そのような場合に限って大学側から提供される試験時間の延長措置を受けたいと考えています。ただ、これについては試験問題の内容にも関わってきますので、可能な限りで結構です。

資料2 「弱視学生が受講するに際し教員が配慮すべき事」についての意見書
この意見書は、筆者が当時在学していた同志社大学よりの依頼により、2004年2月8日付で提出したものである。

1.はじめに
 弱視学生が受講するに当たり、教員がどのような配慮を行うべきか、といったことを、一般的に定めることは困難である。弱視者は個人によって見え方が異なり、それにより、要求される配慮の内容が異なってくるからである。
 以上の認識が、大前提として、極めて重要であると考える。そして、こうした視点をふまえ、どのような配慮をするか、弱視学生本人と担当教員が、講義開始に先立ち、事前に協議できる場が設定されることが望ましい(なお、この点、米国などでは当然のこととして実施されているようである)。大学はマニュアルを策定して教員に周知させるのではなく、学生が教員に自己の障害について伝え、どのような配慮が必要であるか、直接要望できる場を設定するべきである。

 以下、この点を前提としつつ、一般的に言われていること——とくに視覚障害学生に対するアンケート調査や、青木のこれまでの研究成果、そして青木自身の経験に基づき——をまとめる。

2.講義での配慮
 各大学において、講義では以下のような配慮が為されている。
(ア)座席指定
 例えば最前列中央など、弱視者が黒板を見やすい場所を確保し固定するもの。語学など、座席を指定する場合にはとくに注意を要するが、それ以外であっても、弱視者が教室に到着した際、既に席が埋まっていた、等という事態は予想できるので、予め配慮が必要であると思われる。
(イ)講義資料の拡大コピー
 レジュメ等の講義資料を事前に拡大の上、弱視学生に配布するもの。
(ウ)講義資料のデータによる提供

 資料をデータの形で、Eメールに添付するなどして、弱視学生に手渡すもの。パソコンの画面上で見やすい大きさで見ることができるほか、適当に加工した上で出力することも可能なため、拡大コピーよりもデータによる提供を望む学生がいる。
(エ)板書の読み上げ・指示語の禁止
 板書については、できるだけ書いた内容を読み上げる。弱視者は補助具を使って黒板を見る場合が多く、また、とくに手元の資料や教科書を見ながら黒板を見る場合、複数の補助具を取り替えて使わなければならないため、できるだけその負担は軽減されたい。本人の希望によっては、大きめの字で板書する方がよい場合もある。
 また、黒板に書かれた内容を指さし「あれ」「それ」「こっち」等と指示語で説明する場合、弱視者はそれが見えないため、意味を理解できない。したがって、指示語ではなく、書かれてある内容を読み上げるなどして対応する必要がある。
(オ)ビデオ教材の解説(字幕部分の読み上げなど)
 ビデオ教材を使用する場合、そのビデオがどういう場面なのか、分かりにくい場合がある。そのため、教員による解説を要する。また、遠くあるいは頭上にある画面を長時間ながめ、細かい字幕を読むのは非常に疲れるので(あるいは、どう頑張っても見えないので)、教員による読み上げを要する。
 また、教室ではビデオの内容を十分理解できない場合が多いため、本人の希望に応じてビデオのレンタルやダビングなどにより、本人が教室で分からなかった部分を自宅で学習できるよう、支援することが望ましい。
(カ)パワーポイント使用の自粛
 パワーポイントを使って進められる授業が増加傾向にあり、弱視者の中には危機感が増している。パワーポイントによってスライドに映し出された内容は、決して見やすいものとはいえず、また、教室の電気を消す場合がほとんどであるため、人によっては手元がまったく見えなくなり、補助具の操作自体が困難となる場合もありうる。投影される内容をプリントにして手渡すという配慮は当然として、それを見ることは、暗い室内では困難である。

 また、ペンライトによって「あれ」「これ」と指される場合、手の動きを頼りに指示語の内容を理解しようとすることすら不可能である。弱視者が平等に授業を受けるという点で、パワーポイントなどの使用は、極めて制限的・差別的対応であるということを認識しておいていただく必要がある。
 そのため、より制限的ないし差別的でない他の選びうる手段が他に存在する場合、それによって授業が為されるべきである。

3.体育での配慮
 体育実技科目の履修においては、特別のクラスを設置するか、一般クラスで履修する場合に補助員を付ける、という、いずれかの場合を採用するべきである。
 同志社大学では特別のクラスが設けられているが、必須科目との関係でそれを受講できない場合があり、その場合は、一般のクラスで受講し、教員が対応する、という形である。つまり、原則自体には問題はないが、一般のクラスで履修する場合に補助員が付かない、というのは問題がある。一人の教員が全体を把握しつつ、個別対応するのは限界があるし、事故にもつながる。

4.実験・実習での配慮
 実験・実習については全員が履修するわけではないから、手元の資料にも限りがある。補助員が付く場合、補助員は付かず教員が配慮する場合、まったく配慮がない場合など混在するが、それは実験・実習の中身によって当然異なってくるだろう(例えば、理科系の実験には補助員が付く場合が多いが、教育実習には付かない場合がほとんどである)。本人の希望と合わせ、例えば、慣れるまでの短い期間補助員を付ける、といった配慮はあってもよいように思う。

5.定期試験での配慮
 試験問題の拡大、試験時間の延長、別室受験は、大学の制度として確立されている。が、大学(教員)によっては、レポートによる代替措置を執る場合も報告されている。本人の実力を評価することが試験の目的である以上、障害を理由に試験で不利になるようなことがないよう、適切な代替手段が講じられるべきである。こうした思想はアメリカでは既に入学試験においても取り入れられているようであり、日本でも、単位付与については教員の判断であるから、柔軟な対応が可能であるはずである。

6.総括
 ここでは、あくまで一般的に言われているようなこと、そして私自身の経験から言えることをまとめてみた。しかし、冒頭にも断った通り、個々の障害学生のニーズに即した対応が必要であって、そういったニーズを伝えられるのは、何より本人である。したがって、本人が事前に直接教員に配慮のお願いをする機会を設ける事こそ、重要なのであって、例えば、ここに述べたような内容がメモとして教員の手に渡るのみ、というのは、決して私の望むところではない。
 なお、ここに示したことは、その多くは、弱視学生のみならず、全盲の学生についても言えることであるし、また、個別対応が原則である、といったことは、聴覚など、視覚障害以外の障害をもつ学生に対する配慮にも、当然言えることである。

資料3 先端研院生会の要望書
 立命館大学大学院先端総合学術研究科(以下、先端研)院生会では、学習・研究環境の改善・充実を求めて、先端研教授会と継続的な話し合いの場を設けている。今年度は、その一つとして、立命館大学における障害学生支援の改善を取り上げた。要望書では、まず支援室が実施する支援を得て、院生が研究活動を遂行する上での問題を5点指摘し、続いて11点の要望を申し入れた。

 以下に、先端研教授会を通じて障害学生支援室に提出した要望書の要点を記す。

【問題点】
A.支援室専従スタッフの不足……2008年4月現在、視覚障害学生担当は、コーディネーター2名とテキスト校正専従1名(後者は平日午後のみの勤務)。
B.支援を必要とする個々の大学院生のニーズと、支援室が提供を想定していた支援の乖離……支援室は、学部生向け・所属キャンパス内に限定した支援のみを想定。
C.利用手続きの煩雑さ……月毎・事前に詳細な利用計画を提出しなければならない。
D.支援金額の年額上限の低さ……2008年度から引き上げられたが、大学院生への支援として十分とはいえない。
E.支援金額の年額上限まで支援を受けた場合、それ以後次年度初めまで支援を受けられなくなる……そのばあい私費での業務依頼,無償ボランティアの紹介も不可。

【要望点】
1.支援金額の年額上限の撤廃、ないしは、さらなる増額。
2.障害学生の学会などへの参加・報告に際して、同行する介助者への介助料および旅費の支給(学生本人への旅費支給は求めていない)……障害者自立支援法にもとづくサービスでは、不十分な点があるため。
3.支援を受ける際の事前申請の簡素化および事後の柔軟な対応……状況の変化などによって、実際に必要とする支援と事前の申請との間にズレが生じることは(普通に生きているならば)常態である。
4.支援室専従スタッフの増員。
5.支援室登録スタッフに支払われるテキスト校正の単価の引き上げ……TA、RAなどの他の業務に比して、単価が低い。
6.障害学生支援のために、日本私立学校振興・共済事業団から大学に支給されている補助金の全額を、原則として障害学生への直接支援に充当すること……立命館大学における当該補助金の使途は、キャンパス内のバリアフリーを目的としたインフラ整備に重点的に投入されているが、公共施設であるキャンパス内のバリアフリー化は当該補助金の有無に関わらずなされるべきことである。
7.支援室登録スタッフに対する学生・院生の私費による業務(支援)の依頼を可能とすること……上記E.および休学時における支援として必要。
8.図書館における予約書籍の授受・返却手続き、および書籍のコピー(テキスト化用)の申請・授受・返却手続きを、代理人も可とすること……本人以外不可となっている現状では、有職および遠隔地在住の障害学生の利用が困難。
9.障害学生および受験希望者に対する、立命館大学における障害学生支援制度の周知徹底。
10.中長期的な課題として、休学中の障害学生への支援、および障害を有するPD・OD・研究生への支援の検討。
11.障害学生にたいするニーズ調査の早急なる実施。

筆者註
* 上記資料3は、2008年7月に、立命館大学大学院先端総合学術研究科院生会(以下、院生会)からの要望書として、立命館大学大学院先端総合学術研究科教授会(以下、教授会)宛に提出された要望書から、障害学会第5回大会でのポスター発表(植村青木 2008)の資料として要約したものの再掲である。
* 先述した学会発表の資料として用いるに際しては、植村が要望書の要約を作成の上、院生会に提出し、院生会からの指摘を受けて必要な修正を行い、改めて院生会の決議を経た上で公表している。

■参考文献
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