Allan Young 教授の紹介

宮坂 敬造(慶應義塾大学 文学部 教授)

 慶應義塾大学の宮坂敬造でございます。ここにいらっしゃるアラン・ヤング先生の基調講演がもうじき始まりますが、簡単に先生のご紹介をさせていただきたいと思います。
 世界的に著名な業績で知られる医療人類学者アラン・ヤング先生が初めて来日されました。本日もふくめ、日本での幾つかの講演の機会を持っているわけです。同先生は、人類学や文化精神医学で独特の深い研究伝統を持つカナダ・マッギル大学において、1989 年以来医療人類学の研究・教育を精力的に行ってこられました。同大学医学部医療社会研究学科主任教授、同文理学部人類学科併任教授として文化精神医学や医療社会学、医学史研究等の関連分野と連携しつつ、中心的な指導者の役割を果たしてこられました。先生の著名なPTSD の医療人類学研究に加え、実に広い範囲にわたって、研究を進めておられるのですが、それらの研究の根底には、文化社会が依拠する認識枠組みの比較と、その歴史的変化の研究という文化人類学的な構想が一貫して見られます。その点で、人間諸科学の基軸に触れる文化人類学者としてのヤング先生の姿が印象的な形で浮かび上がってくると思われます。
 アラン・ヤング先生は、現在、慶應義塾大学社会学研究科招聘教授として来日されておりますが、私どもの大学院教育プログラムの強化のために、大学院で講義をお願いする傍ら、来週の日曜日に企画しているグローバルCOE シンポジウム「文化医療臨床人類学の新展開」を中心的に行っていただく準備を進めておりました。その過程で、立命館大学グローバルCOE プログラム「生存学」創成拠点との共同開催として「PTSD と「記憶」の歴史―アラン・ヤング教授を迎えて」を企画する経緯が生まれました。生存学という全く新しい視座に立ち、理論と実践志向との融合を具体的研究教育の作業の中で行っていく立命館大学拠点は、今後とも強い関心をひきつけて注目されていくと思われるのですが、その第1回目のシンポジウムがアラン・ヤング先生のPTSD のご研究に引き寄せて行われる経緯となりまして、同先生招聘責任者として私も微力ながら関与する機会をいただきました。たくさん学ばせていただく今回の機会を、アラン・ヤング先生ともども、立命館大学の先生方・関係者の方々に対して深く感謝しております。
 アラン・ヤング先生は、わが国では『PTSD の医療人類学』というみすず書房の翻訳で知られております。同書によりアラン・ヤング先生は1998 年にウェルカム医療人類学メダルを受賞されているわけですが、ご研究の範囲は、PTSD だけでなく広い範囲にまたがっています。
 1950 〜 60 年ぐらいのアメリカは心理学的人類学がまだ強かったのですが、そういう時期に先生はまず人類学徒としてペンシルヴァニア大学院で勉学を始めたわけですが、その期間中の1959 年、合衆国にまだ徴兵制があった時期で、徴兵されることになりました。先生ご自身は戦争に反対の立場だったとおっしゃっています。ただし、実際の軍務参加は大学院勉学とフィールド調査中は猶予され、その期間中は人類学者エヴァンズ・プリッチャードの妖術研究に導かれ、いろいろ研究を企画した結果、最終的にはエチオピアで調査をして、アラハム族の村で伝統的な医療体系や、ツァーカルトなどの問題を研究されております。帰国後の67 年、徴兵時の軍務訓練後に、人類学が役に立つかもしれないと考えた幹部将校がおり、その結果、ベトナムの激戦地に行くことなく、ペンタゴン勤務となったわけです。その経緯から、戦争捕虜の問題の調査に従事しまして、そういう経過が以後の研究となる、いわゆるPTSD を持つ傷病兵という問題につながっていったわけです。ネパールで、医療人類学的調査(1979 年、81 年)にかかわり、さらにベトナム帰還兵のPTSD 治療やその精神学的研究について一連の調査を行いました。近年は、進化精神医学の新しい潮流全般に関連する先端的諸研究の暗黙の前提を、医療人類学の立場から批判的に検討されております。
 以上、簡単に言いましたが、ヤング先生の近年の研究展開を見てみますと、非常に奥行きが深い光景が見えてきます。初期のエヴァンズ・プリッチャードの研究に導かれた妖術・呪術の文化人類学的研究、非西欧社会の医療人類学、その後、その展望を大きく拡大したPTSD の医療人類学だけでなく、近年は先端医療技術、バイオポリティクスの諸問題をカバーし、進化精神医学・進化心理学・進化認知考古学的な先端的な研究を総合的批判的に研究するなど、極めて広範な研究展開が見えてきます。先生による範囲の広い業績を理解するためには、それらの背後にある医療人類学の深層の知というものを理解する必要があると思われます。「文化人類学と医療人類学は、現在二つに分かれ、その距離が日々増しているのが現状だが、本来二つの分野は社会的認識の研究という点で全く同一のものである」と述べるヤング先生の研究精神を、私たちも追体験するような試みが必要だと思われます。
 先生の数ある幾つかの領域の中で、本日の公演内容はこのPTSD の研究に連なるもので、今日は、「仮想的PTSD」という問題を論じられます。9.11 テロ攻撃後にアメリカ合衆国において急速に出現してきた新しいタイプのPTSD に焦点を当てています。それがどのような経緯をたどって社会的に構成されてきたかを論じる、本日の講演内容は、先生によるPTSD 研究の最新の展開を示すものと思われます。以上です(拍手)。

(佐藤) 宮坂先生、ご紹介どうもありがとうございました。それでは、ちょっと前後しましたが、今日の進行について一言説明させていただきます。このプログラムをご覧ください。「PTSD と『記憶』の歴史」となっておりまして、本日アラン・ヤング先生の後に指定質問ということで、先端総合学術研究科院生、小宅さんと片山さんの二人に質問していただきます。片山さんは現職の医師で勤務があり、ただいま移動中と伺っております。皆様もお気づきと思いますが、このシンポジウムは基本的に日本語で行われます。ヤング先生以外は、登壇者はすべて日本語でしゃべっていただいて、隣にいる同時通訳の方がヤング先生に英語で伝えるという形式になっておりますので、ご了承ください。それでは、アラン・ヤング先生に講演をお願いしたいと思います。