高等教育における障害学生への情報アクセシビリティの充実化を
これまで、私は特別支援学校(聴覚障害)にて5年程スクールカウンセリング、10年程聴覚障害者情報提供施設で、精神疾患、発達障害等をもつ聴覚障害児者、家族等を対象とした心理臨床活動を展開させてきました。
また、自身は生まれつき聞こえないという障害があり、手話を主なコミュニケーション手段とする「ろう者」です。大学や大学院在籍時に、手話通訳やノートテイクによる情報保障を経験することで、「学問って面白い」と学ぶことの意義を感じました。
学問を深く究明できることの喜びを障害学生たちも共有できたらという思いから、高等教育での障害学生支援や情報アクセシビリティ支援に関する研究に取り組んでいます。障害学生支援(建設的対話による合理的配慮の申請、合理的配慮内容の評価・モニタリング、授業担当教員との連携等)、障害者支援を担う支援学生育成(情報アクセシビリティ支援技術の習得等)や支援活動のマネジメントを実施してきました。
音声認識アプリを活用し、障害学生との建設的対話を進めてきました。発達障害学生も、音声認識アプリによって自分が発言した内容が文字化されるのを視覚的に捉えることで、自分の考えが整理され、少しずつ支援ニーズを明確にしていく(言語化していく)過程がみられました。音声認識アプリ等の活用はコミュニケーションを円滑にするだけでなく、あらゆる人たちの思考を活性化する面がある情報アクセシビリティのツールであり、障害学生にとっても大きなメリットがあったと考えられます。
大学等では、学生の主体的な学修を促すためのアクティブ・ラーニング型の授業が注目されています。しかし、対人コミュニケーションが不足がちな障害学生にとって、アクティブ・ラーニング型の授業は修学上大きな不利になることもあります。また、合理的配慮の質の問題によって障害学生本人が望まない別の修学方法に変えられたり、障害があるため妥当な評価がされなかったり等の状況も生じ、障害学生の学びが妨げられる可能性があります。合理的配慮は障害者本人の意思の表明があって、対話と調整の過程を経て提供されます。支援ニーズが分からない、支援要請を行うセルフ•アドボカシースキルが十分でない障害学生もみられます。そのような彼らは「障害特性の自己理解が不十分」「周囲から支援を受けることへの抵抗」「高校時代までの修学環境にあった支援リソースが得られなくなる可能性の不予測」といった要因があるといった先行研究があります。それらの要因があることで、意思表明が困難であることが窺えます。
そして、2021年の改正障害者差別解消法の成立によって、民間事業者において努力義務とされていた合理的配慮の提供が法的義務になり、障害学生への修学支援が一層強化されました。支援は障害学生本人からの申し出が出発点となりますが、申し出がないため支援を行わないのではありません。障害学生から支援の申し出ができるような働きかけとして、障害者差別解消法等への法的理解を深め、教育の本質を損なわない合理的配慮について検討できる力(セルフ・アドボカシースキル)を習得させることが重要となります。まずセルフ・アドボカシースキル把握のアセスメントが必要になります。
そこで、全国の聴覚障害学生から得られた質問紙調査*1より、聴覚障害学生を障害者差別解消法の法律内容も含めて知っている「理解がある群」と「理解がない群」に分類し、それぞれのセルフ・アドボカシースキルの様相を把握しました。有意差がみられたセルフ・アドボカシースキルは「私はたびたび、情報保障などのニーズについて大学に提案する」という項目でした。つまり、法的知識を有していると、「ニーズを大学に提案することができる」力があるということです。全体的には、法について知識がない場合、聴覚障害学生は支援内容について提案したり、合意なしに支援が提供された場合の理由を尋ねたりするスキルが獲得されていないことが分かりました。
得られた知見をもとに、障害学生が支援を表明できるためのスキル獲得に向けての支援を検討するともに、より良い情報アクセシビリティ支援のあり方を追求していきたいと考えています。
甲斐更紗(立命館大学生存学研究所客員研究員)
注
*1「聴覚障害学生サポートブック―18歳から学ぶ合理的配慮―」編集グループ編「聴覚障害学生サポートブック―18歳から学ぶ合理的配慮―」(筑波技術大学発行、2018年)を参照。