Arthur W. Frank 教授の紹介

サトウタツヤ(立命館大学文学部教授)

 Good afternoon everyone. Art, thank you for your coming back toRitsumeikan University.
 サトウタツヤです。いま、ご紹介されましたとおり、アーサー・フランク先生には前回の来日に引き続き、立命館大学に来ていただいております。
 アーサー・フランク先生は医療社会学(medical sociology)という領域で、世界の第一人者と言える存在です。1975 年以来カルガリー大学にお勤めになったのですが、その後、心臓病とガンという二つのご病気をされるということがあって、それ以前の医療社会学のあり方ではだめだとご自身の経験に照らして考えるようになり、ナラティヴに基づく医療社会学を牽引してこられました。また広くナラティヴ・アプローチや質的研究のあり方も変えてきました。さらに言えば、先生のご業績は医療や医学教育のあり方を、医療者中心から患者中心のものに変えていく原動力になっているといっても過言ではないように思います。
 フランク先生の主要な業績というのは、病の経験(illness experience)というものを患者の側からしっかりと書いていったということです。ご承知のとおり、いくつか本が出されております。『At the Will of the Body(1991)』、『The Wounded Storyteller(1995)』、最近では『The Renewal of Generosity(2004)』というような本が出版されております。
 最初の本に関しましては、『傷ついた物語の語り手─身体・病い・倫理』というタイトルでゆみる出版から出版されています。現代ではもはや、古典の域に達したということも言うことは不可能ではありません。「回復の語り」「混沌の語り」「探求の語り」というような、いわゆる語りの類型というものに関しましては、後続者が多くのことを学び、それに基づいて様々な研究が行われるようになっています。また、医療系・看護系のテキストにも広く引用されているようです。
 本日は、そのアーサー・フランク先生に、さらに最近の学問の進展をお話いただけるということで、たいへん楽しみにいたしております。
 お手元のフォルダーの中にA3の紙がございますので、それをちょっとご覧になってください。言葉の翻訳の問題について少しだけ講演の前に説明させてください。
 一つは、ナラティヴ(narrative)とストーリー(story)ということに関してです。まず、ストーリーというのは、ちょうど、子どもが寝る前に聞かせるような話をイメージするとわかりやすいとアート(アーサーの愛称)は言っていました。フランク先生の授業によれば、ストーリーには五つの要素が必要です。①何か問題が起きる。②登場人物のキャラクターがある(キャラがたっている)。③サスペンス、何かこの先どうなるんだろうみたいなことが必要。④聞き手、読者に解釈の余地がある。⑤最後に、本質的に道徳的である、ということです。最後の「本質的に道徳的」というのは、良い話とか勧善懲悪というような「表面的に」道徳的、という意味ではなくて、道徳的に考える素材であるという意味です。一方、ナラティヴというのは、もっと大きな構造と申しますか、そういうものです。天気予報のようなものが典型的なナラティヴの例だとフランク先生はおっしゃってましたが、それを私なりに咀嚼するなら、先ほどのストーリーのように、子どもに寝る前に聞かせるようなわくわく・ぞくぞくするような話ではないというのが一つ、そして、淡々としている内容ではあるとはいえ毎日内容が変わり、毎日内容が変わるとはいえ大きな構造というものは維持されている、それがナラティヴなのだと思います。
 今回の講演では、ちょっと迷ったのですけれども、基本的にnarrative という単語が出た場合はナラティヴ、story という単語が出たときにはストーリーと、通訳の三田地さんに訳してもらうようにいたしました。ちょっと混乱があるかもしれませんが、よろしくお願いします。
 あともう二つなのですけれども、一つは、アプロリエーション(appropriation)という用語です。これは、例としては、植民地の物品を博物館で展示するというのが一番いい例だと、アートが言っていました。要するに、ほかから持ってきて、勝手に使ってしまう。そしてその利益はもともと作った人ではなく、展示した人が得る。そういうことを研究者と語り手のあいだでは起きる可能性があるということなども出てくると思います。
 言葉の解説でリソース(resource)という言葉が出てまいります。これは資源。社会学のみなさまは資源が社会的な意味をもつ語として通じると思いますが、一般の方が、資源と聞くと石油のことかな?という感じになってしまうかもしれません。しかしそういうことではなく、人が生活のために動員できるようなようなもの、全てのことを含みます。人的資源、物的資源、など多様なものをリソースという言葉で表しています。、これも三田地さんには、基本的にリソースと訳してくださいとお願いしてあります。多少の混乱はありますけれども、そのようなことで、ご了解をいただければと思います。
 以上をもちまして、簡単ですけれども、フランク先生の紹介に代えさせていただきます。どうも、ありがとうございました。

(天田) サトウさん、ご紹介どうもありがとうございました。それでは、すでにお手元に配布されているプログラムに沿って本日の企画を進行させていただきます。なお、今日のプログラムと進行について幾つか説明させていただきます。プログラムをご覧ください。
 一つは、フランク先生にご講演していただく内容は、当初、“The Problemof Saying Something About Trauma Narratives”でしたが、タイトルを変更して、“Helping People Tell Stories: Narrative Research on Troubled Lives”とし、ご講演をしていただきます。
 二つめは本日の進行について簡単に説明をさせていただきます。まずフランク先生にご講演をしていただいたのち、先生のご講演あるいはご著書に対して先端総合学術研究科の大学院生である、山口真紀さんと大谷通高さんの二人に質問をしてもらいます。その後、休憩を挟み、2 名の大学院生からそれぞれの研究報告をしてもらい、それぞれの研究に対してフランク先生からコメントをいただく予定です。その後、再度休憩を挟みまして、富山大学人文学部の伊藤智樹さん、天田、立岩真也さんから全体討議コメントをさせていただき、それらの全体討議コメントに対してフランク先生からリプライをいただきます。そして、可能な限り、フロアの方々からの質問・コメントを、「質問用紙」を集約する形で紹介させていただき、フランク先生にそれらに対するレスポンスをしていただくという構成で進行していきたいと思っています。
 三つめです。すでに参加者の皆さんはお気づきかと思いますが、このシンポジウムは基本的に日本語でおこないます。フランク先生以外の登壇者はすべて日本語で話すということになっており、それらをフランク先生の隣に座る通訳の三田地真実さんが英語で先生に伝えるという形式を採っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。
 四つめはお願いになります。お手元に「質問用紙」と記された用紙が配布されているかと思います。先ほど申し上げたように、この用紙を使ってフランク先生への質問・コメント等をお書きいただき、次の休憩時間に─つまり基調講演ならびに二つの指定質問とフランク先生からのそれへのリプライが終わったあとの休憩時間に─、受付の机の上に「質問用紙回収箱」と書かれた箱が置いてありますので、そちらに入れていただければと思っています。集まった「質問用紙」を集約する形で、のちほど紹介させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、もうすでに定刻を過ぎておりますので、アーサー・フランク先生にご講演をお願いしたいと思います。それでは、フランク先生、どうぞよろしくお願いします。