支援テクノロジー開発

目的:課題設定の学術的背景・社会的意義

本プロジェクトは、ダイバーシティ社会を実現するテクノロジーの社会実装を目指して「当事者」とともにデザインの上流から関わるものである。これまで、美馬達哉による新学術領域「オシロロジー」(2015-2019)計画班の終了後の展開として、基盤研究(A)「ネオ・リハビリテーション」(2019-2022)、挑戦的研究(萌芽)「脳卒中者の機能再建を可能とするアンサンブル脳刺激法の創成」(2021-2022)、新学術領域研究(公募)「超適応」(2022-2023)と学際的な共同研究を実施しつつ、下肢装着型ロボットの使用経験にもとづく技術開発やサイバニック・スイッチの実地使用経験の収集、ネオ・リハビリテーション等を継続し、歩行による移動を支援するテクノロジーとして、リハビリテーション用機器の開発を進めており、2020年から臨床研究としてレジストリーを行った特定臨床研究「神経疾患における非侵襲的脳刺激とリハビリテーション訓練を併用した障害機能回復における神経基盤の研究」(jRCTs012200016)を継続的に行っている。また、パーキンソン病での歩行障害支援テクノロジー開発については、2017年から継続していた特定臨床研究「パーキンソン病関連疾患の歩行障害に対する新規リハビリテーション治療の確立」(jRCTs042190007)を終了して住友ファーマ社との共同研究による、市場化を目指した橋渡し研究のステージに入り、支援テクノロジーの基礎研究と応用の両輪で継続発展させている。

他方、ハンドル形電動車椅子を常用する大谷いづみが副所長に就任した2019年度には移動アクセシビリティに焦点を広げ、翌2020年度から情報保障を包含する「アクセシビリティ・プロジェクト」としてより広角な社会実装を展開してきた。同年春のCOVID-19感染拡大にあたっては、いち早く手話通訳や文字通訳つきのオンライン企画を複数開催し、情報アクセシビリティの課題に実践的に取り組んできた。さらに、2021年度後期に本学「Postコロナ社会における課題解決、価値創造に貢献する研究プロジェクト」に採択、2022年度は「グラスルーツ・イノベーションプログラム(GRIP)」の採択をうけ、大学における「困りごと」を抱える当事者の教育活動や研究活動における移動・情報アクセシビリティについて着目し、「困りごとを抱えた学生と教員を架橋するプラットフォームの構築」をコンセプトに、多様な障害やツールを用いる当事者(潜在的障害学生・教員(研究者))のアクセシビリティの課題の可視化にも取り組んできた。

本アクセシビリティ・プロジェクトには、当事者として車いすを日常的に使用する統括の大谷、共同研究の坂井、北島、視覚障害を持つ栗川および中村、さらに2021年度末には、聴覚障害を持ち障害学生支援と心理相談にあたってきた甲斐を迎えた。本プロジェクトでは、当事者だけでなくNOP法人「ゆに」、WHILLやミライロをはじめとする事業者(企業)と行政を含めた、当事者と産学官民が連携する情報共有と問題解決のためのプラットフォーム作りをめざして実装実験やオンライン企画にとりくんできた。2023年度には、OICで開催されるAHEAD JAPANの参加に加え、大谷と川端はOICをベースに展開されるNEDOに参画し、「いま」「ここ」で研究者と「当事者」の別を越境してダイバーシティ&インクルージョンを展望し、従来の「障害」のフレームワークの限界とその解決の方途を示して社会的共生価値の創造にあたっている。

目標・計画

今年度の計画として、以下を挙げる。

  1. OICで9月7日8日に行われるAHEAD JAPANにおいて、WHILLを用いたワークショップを行う。本ワークショップは2020年度に予定されていたが、COVID-19の感染拡大により直前に中止となったものである。その際、大谷と川端が参画してこの1月より始動するNEDOの本拠地がOICであることから、NEDOとの連携を企てる。そのほか、ひきつづき「キャンパスは街の縮図」というコンセプトにもとづき、WHILL複数台、ハンドル型電動車いす、手動車いすによる実装実験を行って本学のD&I施策と協働する。
  2. さらに、KIC・朱雀・BKC・OICの4キャンパス間移動、生存学集中講義等の機会をとらえてのAPUでの実装実験を行う。APU実装実験のほか、機会を捉えてWHILLのモデルFをレンタルし、WHILLが想定していない使用法を提案するなど、WHILLとの連携研究を具体化する。これらの作業を通じて移動コスト、心理的障壁、スクールバスのバリア度等の検証を続ける。
  3. COVID-19下の2年間に大きく進展した情報アクセシビリティのプロジェクトを継続する。具体的には、2022年末に開催した映画『PLAN 75』の記録を元に『生存学研究紀要』8号にて特集を組む。そのほか、本研究所主催・共催・後援の研究会やイベントなどでの情報保障、本学土曜講座の情報保障の協力等を続ける。
  4. 2021年度採択されたPostコロナ云々、グラスルーツ・イノベーション・プログラムを引き継ぎ、「困りごとを抱えた学生と教員を架橋するプラットフォームの構築」をコンセプトに、多様な障害やツールを用いる当事者(潜在的障害学生・教員(研究者))のアクセシビリティの課題を可視化し、従来の「障害」のフレームワークの限界とその解決の方途を示す。ここでも、大谷と川端、岡部が参画するNEDOとの研究の射程が重なる点があり、目的や場面によって協働する。
  5. 世界的なCOVID-19パンデミック状況下における移動・情報アクセシビリティ、とりわけ移動弱者・情報弱者のリアルを、NPOゆにやNPOぽぽんがぽんなどと連携しながら調査し、プロジェクトメンバーと共有する。メンバーの欧陽が調査している日本各地のLGBTと障害の交差性の調査(LGBTパレードにおけるアクセシビリティの調査)に同行しインターセクショナリティの面からの調査、韓国でのアクセシビリティ調査を継続する。さらに、共同研究者のアンジェリーナ・チン氏(ポモナ大学、在米国)、保明綾氏(マンチェスター大学、京都にて在外研究)、安孝淑氏(韓国ALS協会理事、在韓国)のほか、山名勝氏(アクセス関西ネットワーク、在大阪)、焦岩氏(先端研院生、在東京)、小山万里子氏(東京ポリオの会代表、在東京)、柴田多恵氏(全国ポリオ連絡協議会代表、在神戸)らとオンライン会議にて情報交換する。そのうえで当事者や他研究機関の研究者とともにオンライン企画を行う。
  6. 美馬達哉による住友ファーマ社との産学連携(「パーキンソン病関連疾患に対するリハビリテーション用機器の開発及び本研究対象機器を利用した個別化リハビリテーション医療の創出に関する研究」)は、2022年から受託研究として契約を開始し、現在、2023年度の新規契約の締結に向けて準備中である。

研究成果の発信・社会還元の取組

オンラインを通しての情報共有やオンライン企画をはじめとする公開シンポジウムの様子や研究成果は、『生存学研究』等の関連媒体を通じて発表するほか、生存学研究所のWeb等を用いた成果を継続して公開する。個々の研究成果はメンバー間の学習会で共有したうえで、たとえば「東京ポリオの会」「車いすアクセスマニア全国集会」「JCIL(日本障害者自立生活センター)」など、メンバーがそれぞれかかわっている/これまでかかわってきた障害当事者とも引き続き積極的に交流を行い、実動的なアウトリーチ活動にも取り組む。この点は、R2030チャレンジ・デザインの多様な研究者をつなぐRitsumeikan knowledge Nodesの一翼を担うことにつながる。また、2020年に行われたBKCの学部生によるSustainable Week実行委員会企画への全面協力を研究所アクセシビリティ・プロジェクトの教学展開の一例として、今後も要請があれば、障害学生支援室等、本学の関連部署と連携して、積極的に応えていく。さらに、ほとんどの授業で対面授業が復活し、メディア授業を選択する条件が厳格化した2022年度以後、何らかの困りごとを抱えた潜在的な「障害」学生が、IT化による授業参加の選択肢を失って取りこぼされていること、移動アクセシビリティの問題が再度浮上している状況を調査し、イベントにともなう障害当事者の身体的負担も念頭に、オンラインでの発信や動画配信を含む成果公開の安定的な運営体制を構築する。また、テクノロジーの飛躍的進展をふまえ、アウトソーシングも含めた多言語のキャプションや文字通訳等も視野に入れた多層的なWebの研究成果発信にさらなる注力を行う。こうしたWebでの成果発信・オンライン企画を通じた交流や土曜講座、WHILLとの連携は、障害当事者と産学民を架橋するものでもあり、レピュテーション向上に向けた取り組みのブランティングイメージの成果を還元することが可能となる。まだ見えていない問題を可視化し、社会に向けて発信していくためには、WHILL実装実験やイベントにかかわる情報保障などの資金面の裏付けが不可欠である。
本プロジェクトメンバーは、障害当事者だけでなく多様な国籍から成り、アメリカのポモナ大学を始め、すでに海外の大学との連携を行っている。2021年度、美馬が代表を務めた「立命館大学「withコロナ社会での持続可能なケア」研究グループ」に協力したスペインのロヴィラ・イ・ヴィルジリ大学やカタロニア高等研究所(ICREA)も視野にいれ、今後さらに連携を深める。さらに自動運転研究やMaaS研究に取り組む他大学(早稲田大学、大阪大学、横浜国立大学など)との連携も探り、国内でも領域を超えて研究活動を拡大してくことも目指す。こうした活動は本研究所全体の取り組みのひとつでもあり、R2030のHuman Well-Being研究に不可欠なELSIを行っていく。