開催報告(2015年11月2日、3日開催)ボリス・シリュルニク氏講演会・シンポジウム「自分を救え、命があなたを呼んでいる Sauve-toi, la vie t'appelle」

掲載日: 2016年03月15日

 2015年11月2日(月)、3日(火)の2日間にわたりフランスの精神科医で、ご自身がユダヤ人でホロコーストの生き残りでもあるボリス・シリュルニク氏を迎えての企画が立命館大学ボリス・シリュルニク招聘プロジェクト主催、立命館大学生存学研究センター、立命館大学国際平和ミュージアム共催のもとで開催されました。

 11月2日(月)は、シリュルニク氏講演「自分を救え、命があなたを呼んでいる Sauve-toi, la vie t'appelle」が行われました。内容としては、ご自身が研究なされてきたトラウマからのレジリエンスについての発達・生物医学的観点からの遍歴が主なものでした。
11月3日(火)は午前中に前日の講演記録上映、午後に2つのシンポジウムが行われました。ここでは紙幅の都合のため筆者も参加、発表した1つ目のシンポジウムI「壊れやすさからレジリエンスへ」の内容を中心に報告させていただきます。

 まず司会のやまだようこ(衣笠総合研究機構・教授)先生よりナラティヴ・アプローチからみたレジリエンスについて簡単なレクチャーがありました。次に小西真理子氏(日本学術振興会特別研究員)より「レジリエンスとトラウマ回復理論――ボリス・シリュルニクの自己物語の解釈をめぐって」と題しての発表がありました(都合によりご本人欠席のため西成彦教授がペーパー代読)。内容としては、まずシリュルニク氏のレジリエンスに関した邦訳文献を自己物語という側面から丁寧に整理して、次にトラウマからの回復なのか、そもそもトラウマ自体を寄せ付けないのかというレジリエンスの2つの道筋を示しました。前者である場合、回復という規範が様々な問題を引き起こしうることを指摘しつつ後者の自らの内に宿る強さに着目することでトラウマ論からの狭い文脈からの脱却を論じました。

 次に山口真紀氏(先端総合学術研究科・院生)より「回復の条件としての『外部』」と題しての発表がありました。山口氏は、まず語ることでの副作用的側面としての「傷」の生成・再発・難治という侵襲性の高さとリスクを指摘しました。次に、精神科医である中井久夫氏による引き算的臨床実践とレジリエンス概念との親和性があることが提示されました。それらは共に「傷」への侵襲的介入を回避して、個人が元来備え持つ力の存在を信じるという「希望」の処方であると論じられました。

 北村健太郎氏(生存学研究センター客員研究員)は、「沈黙や失語を受け取る」と題して発表されました。北村氏は、まず血友病者コミュニティの破壊に着目して国家賠償訴訟請求で語られたような被害者としての血友病者のストーリーだけではないことを指摘しました。そこにはHIV非感染者である血友病者や、訴訟運動に参加しなかった人々のストーリーもあり、それらは往々にして沈黙や失語の状態を強いられた事実があると言います。よって我々はそれらのともすれば見逃がされやすい人々の存在を子細に把握していくことが必要であることを論じました。

 筆者、青木秀光(先端総合学術研究科・院生)は「統合失調症の子を持つ母親のレジリエンス」と題して発表しました。青木は、子どもの統合失調症が発症してから30年以上をともに過ごしてきた母親を対象に彼女がなぜ苦悩のなかに喜びを見出しつつも何とか生活を維持してこれたかにつき検討を加えました。分析の視点としてはPauline Boss氏による「曖昧な喪失」概念をてがかかりに、いかにレジリエンスのある状態であり続けられるのかを論じました。

 松嶋秀明先生(滋賀県立大学・教授)は「非行少年のレジリエンス―少年たちにどうすればいいか教えてもらう実践」と題して発表されました。松嶋先生は荒れた中学校のフィールドワークから1人の学生に焦点化してMichael Ungar氏による社会構成主義的なレジリエンス研究を下敷きに検討を加えました。その結果として教員によるストレングス視点にたった学生との関わりが学生と教師自身の成長へとつながると論じました。
これら発表を受けて、やまだ先生は総括としてシリュリニク氏が沈黙してきた数十年間について想像上の他者がいることでナラティヴを生成できることを四国遍路の「同行二人」に例えてコメントされました。

 以下シンポジウムⅡ「東アジアの70年、トラウマを越えて」については紙幅の関係上、発表者と題名の紹介のみとさせていただきます。

 西成彦先生(先端総合学術研究科・教授)「元日本軍慰安婦のナラティヴについて」
 村本邦子先生(応用人間科学研究科・教授)「南京ワークショップ〜歴史のトラウマと和解修復の試み」。
 高誠晩氏(生存学研究センター専門研究員)「許すことはできるが忘れることはできない人のために」。
 林 德榮氏(大阪市立大学 都市研究プラザ特別研究員)「韓国の浮浪人たち――その語りを通して」。
 ポール・デュムシェル先生(先端総合学術研究科・教授)「Catastorophes : Justice et Resilience」。

(立命館大学大学院先端総合学術研究科博士後期課程 青木秀光さんによる開催報告を掲載)