開催報告(2015年7月17日開催)目の前のアフリカ 第12回「生物 医療・民族・信頼:ナイジェリア・ラゴス州エグンによるマラリア治療の探求」

掲載日: 2015年08月18日

2015年7月17日(金)に本学衣笠キャンパス学而館第3研究室において、立命館大学生存学研究センター主催企画第12回「目の前のアフリカ」セミナー『生物医療・民族・信頼:ナイジェリア・ラゴス州エグンによるマラリア治療の探求』を開催しました。

今回は、生存学研究センター客員研究員(アフリカ日本協議会・理事)の玉井隆氏をお招きして医療人類学に関する報告をしていただきました。玉井氏のフィールドであるナイジェリア・ラゴス州では現在、国家保健医療システム不在の状況にあります。1980年代から国家にかわって、国際機関や各国政府援助機関、NGO、民間企業、財団が断続的で不安定ながらも医療サービスを住民へ提供するようになりました。玉井氏はこうした状況を「グローバル・ヘルス」(国境を越えた世界の保健医療問題に関する学際的な研究と実践の領域)として整理し、住民たちが生存に関わる治療ネットワークをいかに構築しているかを示されました。

ナイジェリア・ラゴス州にあるマココ地区は、同国最大のスラム街です。玉井氏はここに居住するベナン南東部からの移民「エグン」とナイジェリアの「ヨルバ」との関係に注目します。二つの民族はもともと居住地域的にも隔たりがあり、婚姻関係はほとんどありません。さらにエグンは、強盗・暴行事件や警察によるハラスメントなどの喧騒をヨルバのせいだとみなし、自己たるエグンと他者たるヨルバという構図を維持・再生産しています。

エグンはマラリアに罹った場合、まず居住地のナイジェリアの病院に行きますが、ヨルバの病院は避けられます。エグンは、エグンが運営する診療所には違法操業されているものが多く、治療の質に関してもその他医療サービスよりも劣ることを認識しています。それでも彼らは同じエグンの治療ネットワークを頼ることを最優先します。国内で対処できないときには、バスやタクシーを乗り継いで故郷のベナンに戻っていきます。そのような行動はしばしば金銭的コストだけでなく、治療が間に合わないといった事態を招きます。これらの調査から玉井氏は、1)エグンにとってはどのような質の医療サービスを受けるかよりも、誰から医療サービスを受けるかが医療に対する信頼をめぐって重要な論拠になっていること、2)エグンがエグンの医療サービスを最優先することは、個人の選択というより、エグン社会におけるしがらみになっていることを指摘します。このような社会に埋め込まれた医療サービスに関する実践を今後どのように捉えていくかというところで、発表が締めくくられました。

質疑応答では、国家による医療システム不在の状況において、医療システムへの信頼と民族への信頼、個別具体的な人格的信頼とを分けて継続的に調査をおこなっていくことが、政策的な議論と実践に貢献しうることを確認するとともに、エグンの人びとにとっての信頼がどのようなものであるかをめぐり様々な論点が提示されました。

今回の発表は民族関係がひとつの焦点となりましたが、医療サービスに対する信頼を単なる技術や質の問題としてみることができないという点は、たとえば、日本における限界集落での医療を考える際などにも当てはまる、普遍的な問いだと考えられます。国内外の医療実践現場についての多様な研究蓄積を、今後もおこなっていく必要があると感じました。

(本学先端総合学術研究科院生、荒木健哉さんによる開催報告を掲載)