第10回「生存学奨励賞」授賞作が決定しました

掲載日: 2025年01月20日

第10回「生存学奨励賞」について、8名の審査員による厳正な選考の結果、以下のように決定いたしました。

生存学奨励賞 著者:柏﨑 郁子
タイトル:『<延命>の倫理−医療と看護における−』
出版社:晃洋書房

第10回生存学奨励賞講評

本書は、生存学奨励賞審査委員会において厳正に審査され、生存学奨励賞の受賞にふさわしいものとして、満場一致で受賞が決定した。
医療における生命終結の許容は、これまで、「安楽死(含、尊厳死)」という括りによって検討が重ねられてきた。生命終結といっても、そこに第三者がかかわるがゆえに人為的なものであることから逃れることは出来ず、生命倫理学的にいえば、そのELSI(倫理的、法的、社会的な是非)が問題になる。本書は、<延命>という概念に焦点をあて、看護倫理の変遷という筆者ならではの分析視角により、インフォームド・コンセント、事前指示、ACPにいたるまでの諸現象と概念史の往還を繰り返すことにより、これまでの議論に一矢報いた労作である。本書はまた、看護実践の系譜と重ね合わせることにより、ケアの倫理がもつ危うさに警鐘をならしている点を重要な論点として、指摘しておきたい。

生命倫理・医療倫理の領域において、<延命>という概念がどのように、「安楽死な死・尊厳ある死」に付置されていったか、ビシャやフーフェラントにさかのぼってvitalismを俎上に載せ、さらには、あてられた訳語の異同もあわせて、SOL(生命の神聖性)vs. QOL(生命の質)という生命理理学ではもはや古典的ともいえる対立構図を検討した点ひとつとっても、注と参考文献を一覧すれば、柏崎氏が、どれだけの先行研究と格闘したか、格闘せざるをえなかったかがわかる。その格闘は容易ではなく、必ずしも論証に成功しているとはいえず、一部と二部のつながりの不明瞭さのほか、審査委員の一人が、フーコーのレイシズムの概念に関する記述をとりあげたことを紹介しておこう。この点は、講評者も同感するところである。

本書を読みにくくさせているのは、柏崎氏がいうように、要所で医療従事者ならでは記述が前提となっていることや、それ以前に、氏が人文系の素地をもたないことに起因するものといえよう。その硬質な筆致も関係しているかもしれない。ただし、論証の瑕疵や読みにくさは、安楽死・尊厳死に関わる概念の歴史を現在の諸現象と往還してたどることの困難がいかほどであるか、その位相の複雑がいかほどであるかの証左であることを、類似の作業を行なってきた一人として、ここで補足しておきたい。

昨年の生存学奨励賞講評で、多くの奨励賞と同様に、生存学奨励賞もまた、こじんまりとした完成度を求めてはいないことを伝えた。
それはもちろん、論文としての完成度を拒むものはない。次年度、自薦他薦を問わず、多くの応募を期待したい。

2025年3月17日
生存学研究所所長
大谷いづみ