第9回「生存学奨励賞」授賞作が決定しました

掲載日: 2024年01月12日

第9回「生存学奨励賞」について、9名の審査員による厳正な選考の結果、以下のように決定いたしました。

生存学奨励賞 著者:駒澤 真由美
タイトル:『精神障害を生きる――就労を通して見た当事者の「生の実践」』
出版社:生活書院

生存学奨励賞講評(生存学研究所 所長 大谷 いづみ)

さまざまな領域からの応募作がある生存学奨励賞授賞作の決定にあたって、しばしば意見が割れてきたことは、これまで幾度か報告されてきた。講評者が審査に加わってから5度目の第9回生存学奨励賞の審査において、当初は一見割れたものの、そこそこすんなりと本書に授賞が決まったといえるのではないだろうか。

「就労を通して見た当事者の「生の実践」」との副題が示すように、本書を彩っているのは、精神障害を生きる人々から聴き取った、膨大なライフストーリーである。長く講評をつづけた故立岩真也氏は、きちんと調べてとにかく書くことを求めてやまなかった。同じことを十数年前に求められたひとりとして、本書が膨大な聞き取りを破綻することなく読者に読み通させる筆力と構成力を備えていることを、講評者は、まずは評価したい。独自の文体の有無や語彙の多寡はさておき、筆力と構成力は、論文のいろはの「い」である。

むろん、瑕疵の指摘もあった。「リカバリー」概念のあいまいさ、「リカバリー」という枠組みにとらわれているのではないかという複数の委員からの指摘は、審査委員の一人からの「現今の精神保健医療福祉システムが、前提とする「リカバリー」と「就労」という規範を持ち出すことに対する著者の怨念ともいえる反発とその批判的精神に満ち溢れて」おり、「精神障害者というラベルを甘受する(=他動詞的にされてしまう)のみならず、障害者に自動詞的に「なる」のだという、著者の用語でいうところの「生の実践」のあり方を、多様な逐語録とその背景にある民族誌的記述で描きあげている」との評が退けた。さまざまな立場からの複眼的な記述や分析をふまえている点、就労支援の制度史を補論として記述して本書の内容に厚みを持たせている点も評価され、生存学奨励賞にふさわしいものと一致して授賞が決定した。

なお、今回の審査に当たっては、これまでの本奨励賞受賞経験者への再授賞の可否が検討され、「生存学奨励賞」にふさわしいものであれば、既受賞者への再授賞を阻むものではないことが確認された。
過去には、他の(著名な)賞の受賞者である点が議論のうえで授賞したこともある。奨励賞であるから、こじんまりとした完成度を求めてはいないこととあわせて、次年度の自薦他薦を期待する。

2024年1月31日
生存学研究所所長
大谷いづみ