第7回「生存学奨励賞」受賞作が決定しました

掲載日: 2022年02月21日

第7回「生存学奨励賞」について、計6名の審査員による厳正な選考の結果、以下のように決定いたしました。

生存学奨励賞 著者:野口 友康
タイトル:『フル・インクルーシブ教育の実現にむけて――大阪市立大空小学校の実践と今後の制度構築』
出版社:明石書店

生存学奨励賞講評(生存学研究所 所長 立岩 真也)

いつものように、意見が最初から一致したのではなかったが、しばらくの議論があった後、この作品に決まった。

博士論文がもとになった本で、横書き411頁の大部な本で、とても大作・力作である。大阪市立大空小学校がやってきたことが詳細に調査されて記述される。私の関係する博士論文たちもこのぐらい調べてくれるといいんだが、と思う。そして著者は大空小学校、その関係者たちに魅力を感じていて、そしてさらにそれが一つの変わった学校のことであってはならないと強く思っているから、その方向で論が進められる。そのことに異議はない。他の審査者たちもそう思っているだろう。そして私は、たぶん著者もそう思っていると思うが、ことをそう難しくしたくないとも思う。とてもたやすいというほどでもないが、できることはいろいろとある。難しがって、現状にとどまることはない。だからこの本についても、すなおに、ほめればよいとも思う。書かれていることのほとんどは妥当なのでもある。

ただ、そのうえで、なにか違う書きようがある、しかしそれはわからない、とこの講評を書いている者は思った。

たぶんそれは理論枠組みがどう、とかいう問題ではないと思う。ただ、そこに間違いはあるとは考える。第3章は「援用理論の提示」。「個人モデルと社会モデルの二項対立」といったことが言われる。そのように受け取られる所以がその「モデル」を言った人たちにあることは了解するが、それはうまい捉え方ではない。そして、ケイパビリティ・アプローチがよいとされる。私は、だいぶぶんまったく当たり前のことが言われるそれがなにか目新しいものでであるように言われることがよくあるのは不思議なことだと思っているが、そのだいぶぶんはもっともであると思う。ただ、とくにヌスバウムのものについては文句を言おうと思えば言える。ここで講評の執筆者の著作を持ち出すのは些か居心地のわるい所業ではあるが、しかし、本来学問とはそういうものであるべきだとも思うから、『不如意の身体』(青土社)という本にそのことが書いてあることを申し添えておく。

述べたように、「理論枠組み」にうまくないところがあることと、本書にまだ言えることがないだろうかと思えてしまうことは直接には関係ない。その「アプローチ」は「教育」にわりあいよく接続する。それに対して、できなくてもよいではないかと言い返すことはできなくはないが、それは現実には「放棄」の方に向かうから、だったらまだ、教育に向かうことのほうがよいことにもなるからだ。ただ、これまで、この国で――大空小学校のようでないこの国で普通の――普通学校へ・学級へという動きにおいてなされてきたこと起こったことのの多くによいことがあったかといえば、すくなくともそうとばかりは言えない、それは――この社会、この社会の学校の普通のもとで――無謀とも言えるようなことだった。それはケイパビリティ的にどうなのか、と問えば、好ましからざることであったかもしれない。しかし、それでも、なされた。臆病な私自身はそこにあった様々な摩擦、対立を見るのも体験するのも億劫になってしまうから、とくに肯定したいのではない。無謀な試み・営みにならないように、仕組みをきちんと、にもまったく賛成だ。ただ、その営みにはやはり受けとれるものがあり、そしてそれはケイパビリティ的にどうかというのとは少し違うものであり、そしてそのことを大空小学校の人たちもじつは知っているのだと思う。

ともかく、この本はこれで終わった。次の、たぶんより困難な研究・著作を、それは私はできないと思う私は、誰かに、期待するとしよう。

※関連情報&リンクのある頁があります。ご覧いただければと→http://www.arsvi.com/ts/20220008.htm