オンラインワークショップ「方法としての反ワクチン——歴史で考えるワクチン政策と抵抗する人びと——」

掲載日: 2021年08月19日

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開催情報

日時:2021年9月2日(木)13:00開始 16:30終了予定
会場:オンライン(zoom)

ミーティングID: 916 1791 8660
パスコード: 111111
参加費:無料
zoomへのQRコードリンク
https://ritsumei-ac-jp.zoom.us/j/91617918660?pwd=YTUwbno5ZXc5dk9qV2dpbGtRYWlGdz09

本ワークショップは挑戦的研究(萌芽)「マイノリティアーカイブの構築・研究・発信:領域横断的ネットワークの基盤創成」(19K21620、代表:美馬達哉)の支援を受けています。
主催:「方法としての反ワクチン」実行委員会
共催:立命館大学 先端総合学術研究科、生存学研究所

趣旨

ワクチンの歴史は、1796年のエドワード・ジェンナーによる天然痘予防ワクチンである種痘に始まる。19世紀にはすばやく世界に拡がった種痘の効果は絶大で、1980年、世界保健機関WHOは地球上での天然痘の根絶を宣言した。それは、近代の生物医学の輝かしい勝利とされている。

だが、それだけにはとどまらない。疫病による不慮の死をコントロール可能としたワクチンの存在は生物医学の権威を高めるとともに、近代社会における人間の生に対する合理的な支配の一つの範例となったからだ。その意味で、ワクチンは人間の身体に介入する生物医学的なテクノロジーであるだけではなく、生きた人間を対象とする生政治の登場と関わり合った社会的テクノロジーでもある。皮膚に穴を穿たれ、奇妙なものをすり込まれる「医療行為」を人びとに耐えさせたのは、人間の身体を調教する規律訓練の権力の上昇だった。

どんなワクチンであっても有害作用のリスクがゼロということはあり得ない。そして、ワクチンと関連した障害を受けたと感じる人びとの経験において、ワクチンは有害な異物でしかない。いっぽう、ワクチンが疾病のリスクを予防する手法である限りは、その有効性は集合としての人口のレベルにおいて確率の数字でしか表現できない。言いかえれば、ある個人が疾病に感染しなかったり軽い症状で済んだりした場合、それがワクチンの効果なのか、その個人の運が良かっただけなのかを客観的に判別をすることはできない。ワクチン被害のリアリティとワクチン有効性の数字の間のすれ違いは、ワクチンをめぐる議論の根底に横たわっている。

ここでは、国家レベルでのワクチン接種の導入とともに人びとの間に出現した反ワクチン運動の諸相を、非科学的な誤りとして断じるのではなく、歴史社会的な文脈に置き直して理解し、そこに含まれる可能性や意義を考えていきたい。

プログラム

13:00-13:40 「方法としての反ワクチン 個人と人口をめぐる生政治」
美馬達哉(立命館大学 先端総合学術研究科)
13:40-14:20 「20世紀初頭アメリカにおける反種痘運動の組織化とメディア利用」
平体由美(東洋英和女学院大学 国際社会学部)
14:20-14:30 休憩10分
14:30-15:10 「幕末の反種痘論とは何だったのか?」
香西豊子(佛教大学 社会学部現代社会学科)
15:10-15:50 「HPVワクチン定期接種A類疾病を推進する言説と反対(≒任意接種化要望)する言説構造のあわい―生政治とワクチン」
佐々木香織(札幌医科大学 医療人育成センター)
15:50-16:10 休憩10分
16:00-16:30 総合討論
指定討論 塩野麻子(先端総合学術研究科・院生)