第6回「生存学奨励賞」受賞作が決定しました

掲載日: 2021年03月05日

第6回「生存学奨励賞」について、計7名の審査員による厳正な選考の結果、以下のように決定いたしました。

生存学奨励賞 著者:玉井 隆
タイトル:『治療を渡り歩く人びと―ナイジェリアの水上スラムにおける治療ネットワークの民族誌―』
出版社:風響社

生存学奨励賞講評(生存学研究所運営委員・立命館大学大学院先端総合学術研究科教授 小川 さやか)

 今年の奨励賞に関しては、審査委員のあいだで評点が割れた。そのなかで最終的に本書が選ばれたのは、複数の論点を微妙なバランスで構成することを通じて、博士論文らしい学術書として、実証研究としての堅実性と先行研究の陥穽を縫うオリジナリティを提示していることであるだろう。本書の結論は、次のように書かれている。

 「グローバル・ヘルス時代において、アフリカ各国の保健医療システムが脆弱である場合、特に貧困地域における人びとは、治療によるリスクを低減するために、当該社会における社会関係の形成過程に応じて治療を探究する。このとき人びとは、個別具体的な社会関係に基づき、病の対処の方策を柔軟に探究するために治療ネットワークを形成する。それは彼らの生存を担保するために必要な人びとの関係性である」。

 これだけ読むと、本書の重要性は十分に理解できない。著者は、開発援助の実務者や研究者の多くが抱える前提——人びとは、質の高い生物医療に基づく医療サービスに低コストでアクセスできる場合、それを積極的に利用する――を疑うことから議論を始める。だが、本書の対象であるナイジェリアのラゴスに移住したベナン出身の民族集団「エグン」に限らず、海外で暮らす移民、とりわけ当該社会の周辺部に組み込まれたマイノリティ集団が、同じ出身国や民族の医療従事者を頼りにすること自体はよくあることである。海外に居住する日本人もまずは日本人医師がいる病院を調べるという話をしばしば耳にする。

 しかし、その判断はどの程度までなのか。すぐ近くに低コストで質の高い病院が数多くあるのに、同じ民族あるいは知人がいるからといって、敢えて高価で不十分な治療しか施さない病院を利用するだろうか。いわんや死にそうな子供を連れてバスで約7時間もかけて国境を越え、母国の病院へ駆け込むだろうか。実際にその行動がもとで時折、人びとが亡くなってもいるにも関わらず。しかもその病は、不治の病や難病でも長期的な治療が必要なものでも高度な医療技術が必要な病や外傷でもなく、はたまた医療人類学が対象としてきた妖術や呪術、土着の治療が介在する類の病でもなく、早期に適切な治療を受ければ、比較的短期に治るマラリアなのだ。そのうえ、アフリカ諸国で多数の命を奪ってきたマラリアは、グローバル・ヘルスの代表的課題とされ、国際的な支援や政府の対策が諸々進展してもいる。

 そうなると、「同じ民族を頼りにする」という治療選択の実践をめぐる背景は複雑だ。そこで著者は、ラゴスの最大民族ヨルバとエグンとの民族的境界やエグンによる移住の歴史、エグンの人々のマラリアに対する認識、治療に関わる選択、故郷との関係、国際援助に依存したプロジェクトの不安定性、具体的なマラリアへの対処方法などへと民族誌的なアプローチで接近していく。著者が言うように、医療人類学はグローバル・ヘルス時代の今日的状況を十分に検討しておらず、グローバル・ヘルス時代の生物医療の展開に関する研究は、HIV/AIDSなどに偏り、治療選択に関わる民族的境界の問題が十分に検討されてこなかった。それらを問う重大さを本書は十分に説得的に開示することに成功している。そしてまた、これまで光が当てられてこなかった、ラゴス最大の水上スラム「マココ」地区を対象とした初の本格的な民族誌としても意義があるだろう。

 ただ一方で、冒頭で述べたように、グローバル・ヘルス時代の今日的状況、水上スラムという特殊な環境やエグンという移民の集団、治療や対処の選択に関わる実践、マラリアといった形で、本書が議論の対象を慎重に「選択」すなわち「限定」したことで、本書の主張が整合的に提示されたともいえる。研究に限定性を設けることは、議論を拡散せず、堅実な実証的見地を述べる博士論文の成果として当然否定すべきことではないし、民族誌とはそもそも特定の対象に根差した記述である。それでも政策的インプリケーションに向け、マラリアでなければ?故郷までの距離がもう数時間遠ければ?など、本書の議論は諸々の要素がどこまで重なることで成立しているのかを常に考えさせられた。また民族誌の醍醐味であるエグンの人々の人間関係や病に関わる実践の機微に関していくぶん抑制的で物足りなさを感じたのも事実である。もっともそれは単著としてまとまりのある本書ではなく、今後の研究の課題なのかもしれないのだが。