開催報告 (2015年6月16日開催)斎藤清二先生講演会「ナラティブ・アプローチからみた大学生支援システムの構築と運営:富山大学での経験から」

掲載日: 2015年07月03日

 2015年6月16日(火)、立命館大学生存学研究センター「生存のナラティブと質的研究会」は、今春より立命館大学大学院応用人間科学研究科に着任された齋藤清二先生をお招きし、「ナラティブ・アプローチからみた大学生支援システムの構築と運営―富山大学での経験から」と題する公開企画を開催しました。安田裕子・文学部准教授による開催報告を掲載いたします。

 ご講演は、前職場の富山大学にて「『オフ』と『オン』の調和による学生支援――高機能発達障害傾向を持つ学生への支援システムを中核として」という課題名により文部科学省の「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」に採択され2007年より展開してきた学生支援システムの構築と運営に関するものでした。

 この学生支援システムは、トータル・コミュニケーション・サポートとして概念化され、その要点は、①診断の非重視(医学的診断の有無を問わずすべての社会的コミュニケーションに関わる困りごとを支援の出発点とする)、②マルチアクセスの確保(システムにアクセスできる複数のチャンネルを用意する)、③メタ支援(支援する教職員や家族も支援の対象とする)、④シームレス支援(高大連携や就職後支援を視野に入れて活動する)です。そして、こうしたサポートの実現のために、支援者間で、①支援機会の損失を最小にする、②二項対立を超える、③燃え尽きを防止することが、駆動目標として共有されていました。

 さて、この学生支援システムにおいて採用されたナラティブ・アプローチとは、唯一の正しい物語を前提とせず対話のなかに浮かび上がる役立つ物語をその都度選択する、というものです。この手法は、ナラティブ・メディスンにおける三つのムーブメント(配慮、表現、参入)として概念化されており、支援者は当事者の苦悩の語りに耳を傾け、物語を読み取り理解することを通じて対話的な関係を形成し(配慮)、支援者と当事者は物語を描写し表現し共有することを通じて新しい物語を創出し(表現)、共有された物語に動かされて支援者は当事者とともに行動する新しい関係へと入っていく(参入)ことが目指されました。ご講演では、とりわけ、支援のチャンネルのひとつとして運営されたPsycho-Social Networking Service(PSNS)というWebサイトを通じた支援における、具体的な事例が紹介されました。PSNSにより、当学生がもともともっていた「省察的な文章を書く能力」を適切に展開する場が与えられ、PSNS日記を通じて自らの「好きなもの語り」が展開され、複数の「気づき」が明確に表現されるとともに「自伝的な物語」へと結晶させていく、「自己アイデンティティ」の語りが螺旋状に進展するありさまが報告されました。

 講演後には、休憩を挟んで、神戸大学の森岡正芳先生ならびに本学の安田裕子の2人の指定討論者によりコメントがなされ、その後、学内外からの70名ほどの参加者とともに、支援にまつわる予想外のハプニング、富山大学というローカルな場での実践であるという限定性の明確化、駆動目標の有用性など、多様な観点から非常に刺激的で興味深いディスカッションが行われました。今後も継続して学内外の研究者と協働しながら、障がい学生支援ならびにナラティブ・アプローチについて検討してまいります。

 最後になりましたが、講演くださった齋藤清二先生をはじめ、本企画にご尽力いただきました、やまだようこ先生、サトウタツヤ先生、森岡正芳先生、ならびにお越しくださった参加者の皆様に感謝申し上げます。

(本学文学部・心理学域安田裕子准教授による開催報告を掲載)