からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症
つい先日、カッターで親指の内側をスパッと切ってしまいました。それも、かなり深く。「痛っ」と無意識に声が出たと同時に、切れた皮膚のあいだから血がポタポタと指の間をつたって落ちていきました。そんな時に限って白いシャツを着ていたため、赤い模様がまだらに服に染みわたり、さながら事件現場の様相となってしまったのです。
問題はその後でした。ドラッグストアなどで売っている、ちょっと高めのバンドエイドを深く切った親指に貼りました。ですが、顔を洗う、タオルを絞る、携帯を持つ、鞄を持つ…、その全ての生活動作において、ちょっと高めのバンドエイドでもすぐによれてしまい、そこからまた出血するのです。そして本当に痛い。そのため、その日以降の生活は「親指保護が最優先」の日常となりました。
しかしそれは、切り傷が自然に治るまでの数日間のあいだだけ。治るとわかっているから「親指保護が最優先」の不便な生活も我慢ができるものです。ですが、期間限定ではなく生涯に渡って全身の皮膚や粘膜がやぶれてしまうという病気があります。それは、「表皮水疱症(Epidermolysis Bullosa; 以下、EB)」という希少難病です。
「難病」とは、現在も治療法が確立していない病気のことを指し、そのなかでも極めて患者数が少ない難病は、「希少難病」と総称されています。その希少難病の一つであるEBは、皮膚そのものが非常に脆弱であり、僅かな外力で全身の皮膚や口腔粘膜等に水疱やびらんが生じます。皮膚の病ですから当然、強い痛みと激しい痒みも伴います。それだけではありません。足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍となり癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や浸出液が流れ出るため、慢性的な貧血や低栄養、加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません。
私は、難病患者さんやご家族等の公的相談支援機関である「難病相談・支援センター」で勤務をしていた当時、EBを抱える当事者の方々と出会いました。相談支援を模索するなかで、希少難病を抱えた彼らが社会のなかでこれまでどのように生活をしてきたのか、医療や福祉をはじめとする社会はどのように彼らを位置づけてきたのか、さらには、EBの病状そのものの困難さだけではなく、現状の医療体制や福祉制度から生起する生活問題もあるのではないか、と考えるようになりました。
これらの問いを明らかにしたいと思い、2018年に立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学しました。そして、2023年に博士論文『希少難病と生きる―表皮水疱症者の皮膚を巡る生活・医療・福祉』を提出し、2024年10月に博士論文をもとにした書籍『からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症』を出版しました。
書籍化にあたっては希少難病の啓発を目的としていました。ですので、より多くの方々に手に取っていただけるよう「学術書」ではなく「一般書」に近いものにしたいと思い、編集者の方と相談を重ねました。
書籍の第1部「EB者のリアル」は、EB者の生活の全体像をその語りから明らかにすることを目指し、第2部の「EB者をめぐる社会」は、彼らを取り巻く歴史的背景を整理しました。第1部がEB者たちの「現在」に焦点をあてているのに対し、第2部では、時間を遡り「過去」から「現在」までのEB者と社会との関係を問うています。第3部「EBと生きる」は、医療や福祉をはじめとする社会の諸制度とEB者との関係について考察しています。そして最後に、今後、EBと生きるためにはどのような仕組みが必要なのか、具体的な社会的実装について提言しています。つまり、EB者の「現在」「過去」「未来」という流れに沿って読み進めていただけるような構成としました。
もう一つこだわったのは書籍のカバーデザインでした。欧米では、EBを抱える子どもたちを、その皮膚の脆さを蝶々の羽にたとえて「バタフライ・チルドレン」と呼びます。国際的支援組織「DEBRA International」はそのことにちなんでシンボルマークに蝶々を採用しています。書籍においても、EB者たちが蝶々のように軽やかに生活できるようになることを願い、蝶々が描かれたデザインとしていただきました。
博士論文主指導の立岩真也先生から「書籍の販売活動も著者の努め」と何度もご指導を頂いております。ですので、多くの方々に手に取っていただけるよう研究活動をしつつ販売活動も続けています。もし、この原稿を読んでくださり「ちょっと読んでみたいなあ…」と思っていただけましたら幸いです。
戸田真里(光華女子大学看護福祉リハビリテーション学部助教/
立命館大学生存学研究所客員研究員)
関連リンク
戸田真里『からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症』
http://www.arsvi.com/b2020/2409tm.htm
研究の現場「希少難病と生きる」
https://www.ritsumei-arsvi.org/essay/essay-4796/