希少難病と生きる

掲載日: 2023年09月01日

日本において「難病」とは、現在も治療法が確立していない病気のことを指し、そのなかでも極めて患者数が少ない難病は、「希少難病」と総称されています。治療法が確立していないだけではなく、患者数が少ないという希少難病を抱えた方々は、社会のなかでこれまでどのように生活をされてきたのでしょうか。そして、医療や福祉をはじめとする社会は、どのように彼らを位置づけてきたのでしょうか。私の研究テーマはここにあります。

最初に、なぜこの研究テーマなのか、その背景について簡単に記してみたいと思います。
私は、難病患者さんやご家族等の公的相談支援機関である「難病相談・支援センター」で、約15年間、看護師として勤務をしていました。それ以前には、神経内科病棟等で勤務をしていました。ですから、「難病相談・支援センター」に就いた当初は、難病といえば神経難病という認識が強く、他の難病のことはほとんど知らず、知ろうともしていませんでした。また、入職した当時の「難病相談・支援センター」は、神経難病を専門とする国立療養所病院内に設置されており、ゆえに、神経難病を抱えた方々や、彼らを支援する医療者等からの相談が多かったのです。

写真1:病状を繰り返すことによって生じる手指の癒着(NPO法人表皮水疱症友の会より提供)

その後、私は相談業務を継続しつつ、就労支援を主に担当することになりました。「就労支援をしています。ご相談ください。」と記したリーフレットを作成して広報を行った結果、様々な難病を抱えた方々からの相談が多く寄せられました。そして、支援方法を手探りで模索しながら、お一人おひとりの就労に関する相談を聞かせてもらいました。そのなかで、就労相談で来られたはずが、相談内容をよくよく聞くと、就労支援以前の課題を持つケースが多々あることに気付きました。専門医が不在で医療機関が定まらず病状管理が不安定だったり、日常生活面での支援が必要と思われる方々が多く、これらの課題に対する支援者も不在でした。このような状況が顕著に表れていたのが、表皮水疱症(Epidermolysis Bullosa; 以下、EB)を抱える方々だったのです。EBは希少難病の一つで、軽微な外力により、容易に皮膚や粘膜に水疱やびらんが生じ、合併症には、繰り返す水疱によって生じる手指の癒着や食道狭窄、皮膚癌などがあり、現在も治療法はなく有効な対症療法もありません。私は、支援方法を模索するため、様々な難病関連の学会に参加し発表を重ねました。しかし、「難病」と称する学会の多くが、神経難病を抱えた患者さんを主な対象としていました。これらの状況と、相談支援の現場で生じている課題との乖離から、私のなかの「もやもや」は増大していきました。なぜ、希少難病を抱えた方々の生活は不可視化され、支援が検討されないのだろうかという思いが、15年のあいだにわたって静かに蓄積していたのです。その根底には、私自身も希少難病を抱えた方々の課題をこれまで知ろうとしなかった自責の念もありました。

写真2:NPO法人表皮水疱症友の会 宮本恵子会長(左)へのインタビューの様子。右が著者。(NPO法人表皮水疱症友の会より提供)

本研究は、このような動機から始まりました。そこでまず、日本の難病対策のなかでEB者をはじめとする希少難病者はどのような位置づけにあったのか、その歴史的背景を整理しました。そして、EB者の生活を実証的に明らかにするために、EB者の方々とEB者のご家族16名に身体的・家族的・経済的・制度的課題についてインタビュー調査を実施しました。
その結果、難病対策のなかで行われた、「難病患者の療養生活」や「難病看護」研究は、主に神経難病者の方々を対象にしており、EB者をはじめ希少難病を抱えた方々の日常生活における問題は今なお等閑視され、周縁化されたままであることが明確となりました。また、EB者の方々からのインタビュー調査では、疾患そのものによる多様な問題や、皮膚に病状があるゆえに社会から強固なスティグマ付与を受けていました。のみならず、医療や福祉からの孤立という問題が上乗せされた環境のなかにあったのです。EBという疾患は、難病法という制度的枠組みに包摂されていることから、一見、支援が行き届いているかのように見えます。しかし、現在においてもEB特有の生活問題は不可視化されていました。また、生活を支援するための障害福祉制度も、皮膚障害から生じる多様な生活問題を掬い取ることができない構造でした。完全には欠損しない皮膚という組織に生じる身体障害の実態や、完全に欠損していないがゆえに生じるケア等の生活問題は、医学的に数値化できず、結果として障害福祉制度はEB者たちを排除してきたのです。

上述の研究内容を、今年の3月に博士論文にまとめ、立命館大学大学院に提出をしました。そして、この博士論文をもとに、2024年春に書籍として出版をする予定です。当事者の方々や、医療や福祉支援に関わる方々はもちろん、希少難病のことをまったく知らないという方々にも、ぜひ、手に取っていただきたいと思っています。なぜなら、「知る」ことが「動く」ことにつながると私自身が体感してきたからです。

戸田真里(立命館大学大学院先端総合学術研究科/京都光華女子大学健康科学部看護学科在宅看護学助教)

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