残っていること 読めること――『本居宣長が見た江戸時代の京都~在京日記を読む~』から

掲載日: 2024年02月01日

写真1 著者近影 生存学研究所書庫で

私は博士論文ではカーシェアリングや自動運転について研究していましたが、その一方で以前から、江戸時代の学者、本居宣長の研究を続けています。特に宣長が青年期京都に遊学していた時期に関心があり、その期間に書かれた『在京日記』を詳しく読んできました。『在京日記』は宝暦二年(1752年)から同七年(1757年)の遊学期間に書かれたもので、当時の京都の生活、文化、娯楽、社会の動き、事件などが詳しく記述されています。『在京日記』は青年期の宣長の思考を知るという意味ではもちろんですが、江戸時代中期の京都の様子を知るという意味でも大変貴重な文献となっています。

私は、このように貴重な文献でありながら、あまり一般には知られていない『在京日記』を、幅広い方々に読んでいただきたく、『本居宣長が見た江戸時代の京都~在京日記を読む~』という書籍を出版しました。

写真2『本居宣長が見た江戸時代の京都~『在京日記』を読む~』

本書は日記を平易な現代文に置きかえたほか、横書きでブログ風としました。また、当時の図絵やイラストを加え、適度な解説を添えました。本居宣長や江戸時代の事柄に予備知識のない方でも気軽にお読みいただけるように工夫したつもりです。

日記の一部をご紹介しましょう。

◇宝暦六年十月十日(1756年11月2日)
(…)すべて大臣より高い位の方がお亡くなりになると、三日の謹みが沙汰される。宮中の方々についても同様である。それを近頃は御恵みによって軽くなってきており、今回も三日と言っても一日遅くお触れがあったので、実質二日の謹みとなっている。

おもしろい内容です。高位の人がなくなるに伴って出た三日間の歌舞音曲禁止のお触れが、一日遅れで出されるために、実質二日間に緩められていたという記事です。江戸時代のお上というと、相当厳格な印象を持ちますが、案外気の利いた”はからい”もしていたのだな、と微笑ましくなります。こうしたことは、江戸幕府の公文書、御触書の文言だけを見ていてはわからないことです。

写真3 「四条河原夕涼」『都林泉名勝図会』巻之一(国際日本文化研究センター蔵)

◇宝暦七年五月十三日(1757年6月29日)
夕方から、鴨川の四条川原の涼みに出かけた。まだ、川の水は多い。近頃の長雨で、橋をかけない日が続いていたが、昨日ようやく橋がかけられたとのこと。鴨川にかかる橋は、二条通、松原通、四条通のものは、仮の橋で、雨が降って川の水位が上昇すると、すぐに橋がはずされてしまう。(中略)こうしたことは、年に何回もあることだ。

当時、京都の夏の風物詩であった鴨川夕涼みの記事です。今のような立派な四条大橋はなく、仮設の橋であったことと、その運用の様子がよくわかります。「四条河原夕涼」など夕涼みの図絵などを一緒に見ると、当時の鴨川の様子が一層リアルに感じられます。

さて、このように『在京日記』を読んでいて思うことは、260年前に手書きされた文献が、現在、読めることのありがたさです。
『在京日記』を含めた宣長の膨大な著作は、彼の子孫により大事に保管されてきました。その後、公益財団法人鈴屋遺蹟保存会に寄贈され、現在は松阪市の本居宣長記念館に保存されています。今は、翻刻、出版された宣長の著書を図書館などで読むことができますが、原著が残されていなければ翻刻のしようもありません。宣長に限らず、契沖でも賀茂真淵でも、あるいは高野長英でもよいのですが、過去の文献を読む際には、常にこの残されていることの価値に思いを致さずにはいられません。
誰かが何かを考えて書いて残す。その書かれたものを別の誰かが読んで、考えて書いて残す。このサイクルが社会科学という学問のひとつのかたちだと思います。ただ、そのサイクルのうち、読んで、書く、という行為に比べて、残すということへの意識は、一般にやや低いように感じます。
この、残して読める状態にする、すなわち学問の活動の基礎を構築する営みに、近年力が注がれるようになってきています。広くアーカイブの構築と呼べるでしょうか。先の図絵「四条河原夕涼」は国際日本文化研究センターが「平安京都名所図会データベース」としてインターネット上で公開しているものです。誰でも簡単にアクセスすることができます。

立命館大学の生存学研究所では、生存学に関連する任意の団体の機関誌といわれるような文献、資料等の収集、保管を進めており、私もお手伝いをしています。通常、こうした資料は図書館などには集録されず、団体が解散などすると散逸してしまうことが通常です。こうした散逸を防ぎ、後の読者、研究者のために整理し、残すことに努めています。
残っていること、読めること。このことは、宣長の時代も今も、そして未来においても学問の基本です。これからも、残っていること、読めることの価値を意識しながら、研究や活動を続けて行きたいと思っています。

仲尾謙二(立命館大学生存学研究所客員研究員)

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