「障害基礎年金と当事者運動-新たな障害者所得保障の確立と政治力学」

掲載日: 2021年02月01日English

立命館先端研で博士号を取得した翌年、2019年7月、職を得て北海道の道北地方にある名寄(なよろ)市に移住しました。名寄の冬は、気温はマイナス30度にまで下がる屈指の豪雪地帯ですが、内陸に位置し、大きな山もないためか、ほとんど風が吹かず、氷点下に下がってもあまり寒さを感じない、冷たさがむしろ心地よさのある不思議な土地です。この名寄の地で2020年8月、明石書店から「障害基礎年金と当事者運動-新たな障害者所得保障の確立と政治力学」を出版しました。

写真1 高阪 悌雄「障害基礎年金と当事者運動――新たな障害者所得保障の確立と政治力学」明石書店 名寄の雪景色を背景に

本書は、戦後最大の年金改革と言われた1985年の年金大改正で誕生した障害基礎年金の成立過程を明らかにしたものです。1985年の年金大改正は、現在の二階建て年金制度の源流となった改革です。国民年金を全国民加入の基礎年金とし、当時現役労働者が多かった厚生年金や共済年金から基礎年金への財源移転を通じて、財政状況が悪化していた国民年金制度の存続を図る目的で行われた改革でした。

当時、「第二臨調」という財政健全化施策の提言を政府に行う審議会がありました。会長は「メザシの土光」と言われ質素倹約を掲げ、国民からの高い人気を集めた土光敏夫という財界人でした。この土光臨調は、年金給付削減や国鉄等の公営企業の民営化推進など、多くのコストカット政策を政府に提言します。こうした土光人気の下で進められた財政縮減の改革だったため、1985年の年金大改正では、多くの国民の年金の期待給付額は大幅に下げられたのです。

こうした縮減策が中心となる1985年の年金大改正の中にあって、唯一といえる改善策として誕生したのが、障害基礎年金制度です。保険は、保険料の拠出をして給付があるという基本的な原則の上に成り立っています。しかし障害基礎年金制度では、幼いころから国民年金の障害認定基準に該当する障害のある方が20歳になった段階で、国民年金の加入期間である20歳を超えて事故等で障害を持った方と同額の給付が行われます。つまり、保険料無拠出の方の給付額を、保険料を拠出した方の給付額にまで引き上げたのです。こうした仕組みは保険の原則を超えるものであると、制度設計を行った厚生省年金局内でも若手の官僚を中心に多くの異論がでました。

本書では、こうした障害基礎年金誕生の謎を解く事を目的に政治家、官僚、障害当事者の方々にインタビューを行ったほか、障害者団体の機関誌や故人となった官僚の追悼集、国会議事録等で多くの声を集め、その声から障害基礎年金の成立過程に迫ろうと試みました。

研究の結果として本書では、障害基礎年金成立について大きく2つの側面を明らかにしました。1つめは、国際障害者年という時代背景の下、当事者が声を挙げ、その声に心を動かされた官僚や政治家が協力し、年金制度という大変頑固な性質を持つ領域で、無拠出と拠出の統合させる理論を構築、障害基礎年金という前例にない新たな仕組みを作り上げたことです。いわば正義の実現としての側面です。

2つめは、多くの国民に負担を強いる大きな年金改革を国会で成立させるため、障害基礎年金やそれを求める当事者運動が担った政治的な役割があったこと、また所得保障以外の介護保障等の当事者の要求はスルーされたことにも、政治的思惑があったことを明らかにしています。これは正義の実現とは違う障害基礎年金や運動が持つ政治的な駆け引きがあったとする側面です。

写真2 特に読みこんだ本

出版後、証言いただいた方に様々な思いを馳せることがあります。内容の客観性を追求する以上、証言いただいた方とその関係者にとって、必ずしも意に沿わない考察もあったのではと思っています。証言には大変なエネルギーが伴うものです。しかしそれにも関わらず、証言いただいたのは、すでに鬼籍に入られた関係者への供養とも義務感とも言える思いからきているのでは・・・と感じました。本書で示された当事者、官僚、政治家の声が繰り出す多くの人間模様が、次の時代の障害者福祉制度策定のあり方を考えていく上での指針になればと願っています。

高阪 悌雄
(名寄市立大学保健福祉学部教授/生存学研究所客員研究員)

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