気功現場の「気」と「治」――上海気功研究所での気功実践を事例に

掲載日: 2020年05月01日English

所内の様子:「気」

私は、気功・気功療法を研究しています。気功は、中国発祥の治療・養生法であり、身体的技法でもあります。1980年代から1990年代の間、約6000万から2億まで、中国各地で、気功を練習する人口は増加し、中国独特な健康維持法として気功は世界に進出しました。1999年の「法輪功事件」によって、気功ブームは幕が閉じましたが、今現在、制度化された気功は中国の伝統的な医学である中医学の一部として、復活の兆しが見えつつあります。気功の練習において、「気」という概念は、理論と実践の両方においても非常に重要な役割を果たしています。「気」の物質性や治療効果に関しては、世界中の科学者によって数多く研究され、赤外線や電磁波などの物理現象だといった仮説が発表されましたが、「未知のエネルギー」、「暗示効果」などという結論に留まっています。また、古典的な文脈で、「気」の哲学的意味、気による養生に対する考察も少なくありません。これらの「気」に関する研究がある中で、私は「実践している身体」に焦点を当てて、「気」あるいは「気功による治療・治癒」を身体で感じるまでのプロセスを明らかにすることを目的として、およそ3ヶ月間、気功の現場で調査を行いました。

研究所の外観

今回、メインとなった調査フィールドは上海気功研究所の気功教室です。1985年に設立された上海気功研究所は、研究室、実験室、文献室、気功史陳列館、外来診療部を完備している中国における最大規模の気功研究所です。多くの気功専門家・研究員・医師は、定期的に一般人向けの無料公開講座を開いて、気功に関する知識を広げています。教室を利用して研究員たちは、各地から学生を募集し、それぞれ得意な気功を教習しています。中国人に限らず、何人かの外国人研究員も非常勤として働いており、上海に住んでいる外国人向けの教室も設けています。

私は、上海気功研究所のS研究員の協力のもとで、複数の気功教室で助手をつとめながら、気功の先生、学生たちへの聞き取り調査を行いました。また、中国における気功の現状を把握するため、上海気功研究所の所長と副所長への聞き取り調査を実施しました。さらに、気功による治療という側面を考察するため、中国唯一の気功病院、気功療法の発祥地である河北省気功医院に、短期間滞在し、気功療法・効果について病院の副院長、患者たちにインタービューを実施しました。

調査では、実践者たちの身体経験に注目し、実践者たちから、「気」は見えなくて非現実的なものだととらえられているものの、特定の身体とこころの動き方によって生じた身体感覚と感情的変化で構築される過程として語られました。同様に、「気」の流れるルートや出入口としての「経絡」、「経穴」も、気功よって生じた特別な「フィーリング」と想像力の相互作用によって、現実的な知識として記憶され、「気」を感じる基盤となっていると考えられました。「気」は、日常生活の中で恒常的に感じられるものではありません。しかし、気功の実践から身に付けられる「フィーリング」、想像力、記憶との相互作用が深まることによって、「気」に対する感覚は量的変化のみならず質的にも変化が生じることもあることがわかりました。

八段錦(気功の一種)を練習している学生たち

また、効果の面では、中医学の一部になっている気功は、よく病気とは診断されないものの健康でもないとみなされる状態である「未病」という概念とつながり、「治」の実践である治療や治癒を実現しています。「未病」への治療である「治未病」は、身体感覚で「未病」を見つけ、「未病」の変化を捉えることによって実現されます。そのため、「未病」とそれへの「治未病」は、もはや中医学の固定的な概念・実践ではなく、身体感覚をともなう相互的でダイナミックな感覚によって成立するものであり、身体によって個別的な違いも生じます。実践者たちの身体経験は、個々人の「未病」と「治未病」を構築するプロセスであり、気功現場は「気」と「治」の実践が連なる治療文化の現場なのです。

黄信者(立命館大学大学院国際関係研究科院生)

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