観光社会起業家による持続可能な開発へのコミットメント-インドネシアにおける探索的研究-

掲載日: 2020年04月01日English

地域のジャングルの管理者として1960年代からその魅力を観光客に伝えてきた人物(写真右)。ほとんどの観光客が地域の有力者の経営する宿泊施設を通じてやってくるため利益の65%は手数料として搾取されている現状がある。こうした地域内格差の改善にも新しい仕組みづくりと共に取り組む。

オーバーツーリズムが世間をにぎわせた2019年から一転して2020年は観光客不足に悩む年となりそうです。新型コロナウイルスの大流行による急激な市場環境の変化に多くの観光関係者の生活が危うくなっています。私はこの事態を「観光地としてどのような姿を目指すのか」という問いを持たず「観光地としての経済的利益の最大化をするにはどうしていけば良いか」という問いに集約される、いわば経済成長志向の観光地開発モデルの負の側面が現れている状況と見ています。このように従来の観光開発モデルが立ち行かなくなっているいま、根本的に人間の生きる意味を問い直しながら観光産業のモデルを問い直す必要があるのではないか、という問題意識が研究背景にあります。

私は、インドネシア・西スマトラ島を拠点に活動するEntra Indonesiaの創設者兼CEOと共に3週間を過ごし、EntraのステークホルダーやCEO自身、そして関連する他地域の観光関係者を共に訪れることでインドネシアにおける「観光社会起業家」の実態に迫りました。Entraは、2014年に西スマトラ島出身26歳の現CEOがインドネシア大学在学中に教育省が主催するビジネスコンテストで「サステナブル・ツーリズム」のプランで受賞したことを契機に活動をはじめた社会的企業(注1)です。

CEOの母親姉妹が所有する土地(ミナンカバウ族は母系制社会)の集落の中に親戚一同の合意を得て設立したEntraロッジ。ここに宿泊し、地元ガイドと共に出歩けば地域住民全員と顔見知りになることができる。

彼自身は、地域での観光産業の構築を通じて世界の持続可能な開発目標(注2)に対して地域から取り組んでいける「コミュニティのキャパシティ」(注3)の向上を根本の狙いとしています。地域で産業を立ち上げることは、彼の考えでは地域の生活を維持するだけではなく、ポジティブに地域を「変容」(transform)させていくことなのです。

観光産業そのものが地域と密に関わるため、従来から地域への影響には意識を向けられてきました。しかしそれは、観光客の急増により市民生活を妨害されることや自然環境の破壊が行われるなどの負の影響に対する取り組みが大半でありました。これは、観光産業の社会的な潜在能力をあくまで副次的なものとしてしか捉えてこなかったことがあると考えています。しかし彼は、観光の持つ「社会的なちから」(注4)を意識的に活かしてより高次な目的を達成していくために地域に観光産業を立ち上げることに取り組んでいます。

私は、このような「持続可能な社会に寄与する観光の持つ『社会的なちから』への可能性に期待しアイデアを膨らませ、地域内外からの様々な資源を動員し、地域のキャパシティを向上させながらそれを成立させ、単なる個別の課題解決に留まらず時には社会制度や社会関係などの変容も伴うイノベーションとして展開していく過程」のことを観光社会起業として定義しています。

藤本直樹(立命館大学大学院政策科学研究科博士前期課程)

(注1)社会起業(=Social Entrepreneurship)とは、端的にはビジネスの原理や仕組みを用いて社会的価値も同時に生み出しながら、これまでにない社会課題解決の仕組みを創出する革新的な活動のこと。民間の立場からこうした社会的起業を生み出す主体のことを社会起業家や社会的企業と呼んでいる。

(注2)国連が定めた持続可能な開発目標(SDGs)は、2030年までに誰一人取り残さない世界にすることを理念に定められた17の目標と164のターゲットで構成される。こういったグローバルの視点から達成していくべき項目の合意形成がされたことで社会課題に対しての協働が促されやすくなった半面、地域レベルでは公益よりも共益を求める傾向にあるため、なかなか浸透しないことが実情である。

(注3)コミュニティ自身で自分たちの課題を設定し、それに対して前向きに取り組んでいくための能力やスキルのことであり、こうした集合知や集合的な能力のことを指す。その具体的能力は、問題解決能力や批判的分析力、リーダシップ、起業家精神、技術的・マネジメント的なスキル、ネットワーク・コミュニティの凝集性、外部組織とのパートナーシップ、資源とインフラ、モチベーション・自信などである(【参考】Gianna Moscardo ed., (2008), Building Community Capacity for Tourism Development, Cabi International.)

(注4)例えば、人々の幸福感・満足度・健康状態(well-being)を高め、異文化理解や学習を推進し、地域の発展や文化の保全、環境の保護をし、平和を促進するといったことである。【参考】World Tourism Organization (WTO). (1999). Global Code of Ethics for Tourism.

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