「精神保健・医療と社会」研究会

2012年6月、障害者自立支援法改正(案)が可決し、相談支援の中に意思決定支援が位置づけられた。また、2013年6月12日の衆議院厚生労働委員会では、精神保健福祉法改正にあたって「精神障害者の意思決定への支援を強化する観点からも、自発的・非自発的入院を問わず、精神保健福祉士等専門的な多職種連携による支援を推進する施策を講ずること。また、代弁者制度の導入など実効性のある支援策について、早急に検討を行い、精神障害者の権利擁護を図ること」との付帯決議がなされた。

これらの法改正は、障害者権利条約の国内法整備の一環として行なわれたものである。障害者権利条約12条2項には、法的能力(legal capacity)の平等が規定されている。この場合、法的能力の範囲には権利能力と行為能力が含まれると理解されている。

従来のパラダイムでは“障害者が能力故に有効に判断できない”ことが直接的に“障害者の法律上の意思決定・法律行為を有効と見なさない”ことを正当化してきた。しかし国際障害同盟などの障害者団体は、障害者権利条約作業部会において、従来のパラダイムを“代理決定パラダイム”と命名し、障害を理由とした他の者との不平等のパラダイムであると位置付けた。その上で障害者団体は、“障害者が能力故に有効に判断できない”としても支援をしながら意思決定していく支援された意思決定パラダイム(Supported Decision Making)の必要性を主張した。すると、制限行為能力である民法の成年後見制度や判断能力を根拠とした非自発的入院である医療保護入院制度は、法的能力の不平等ということになり、締約国は法律の改廃を含む措置を講じなければならないことになる。

しかし、日本国内の専門職を中心とした意思決定支援の受容のされ方は、国際障害同盟などの障害者団体の主張した内容と異なるものとなっている。佐藤久夫は、意思決定支援の理解のされ方を「サービス利用や財産などの契約場面を想定した成年後見制度廃止の意見」と「何を食べて何をするのか日常生活場面を想定した支援の設計」に分けているが、日本国内の専門職は、後者のみをクリームスキミングしたものとなっている(『高齢者在宅新聞』2014.5.21)。そのため、「成年後見制度も支援の選択肢である」とか「廃止したら判断能力がない人を支援する手立てがなくなる」などの意見まで出されている(2014年4月24日、第1回日本障害者協議会政策委員会)。こうした誤解の背景は、強制入院の廃止や成年後見制度を廃止したあとの“支援”の内容が不可視であることが挙げられる。

オランダでは、意思決定支援の実践として「ファミリー・グループ・カンファレンス」が行なわれている。その影響で2008年頃から非自発的入院の計画的削減政策が始動したことも伝えられている。こうした取り組みは、成年後見制度や医療保護入院への改廃を促す実践としての意義が認められる。そこで本プロジェクトは、オランダのファミリー・グループ・カンファレンスを体系的に把握し紹介すると同時に、日本における意思決定支援の最新動向との関係から実用化の可能性を考察していく。

本プロジェクトは、生存学研究センターの掲げる学問的課題群の内【生存をめぐる制度・政策】に貢献する。精神障害者の社会運動は、非自発的入院の体験――自分の主張が法律上無効とされ、相手にもされないまま拘禁されてゆく体験――を通じて、そうしたパラダイムに抵抗し、独自の生存の技法を獲得してきた。

こうして獲得された生存の技法を明らかにすることは、法的能力の不平等にかかわる問題への具体的な反論と成り得る。また、制度・政策の実現可能性について考察することは、法的能力の不平等を解消するための障害者運動の活動促進に寄与することもできる。

プロジェクト名 「精神保健・医療と社会」研究会
プロジェクト代表者 立岩真也
年度 2015