生存学アーカイヴィング

目的:課題設定の学術的背景・社会的意義

この国に限り、さらに戦後に限っても、多くの生の記憶・記録・智恵が失われつつある。例えば1960年代・70年代に福祉・医療の政策、社会運動に関わってきた人たちも70代、80代になっている。その人たちが亡くなると、そこにあった資料もなくなることが多い。そして今は、COVID-19の流行に際してさまざまな問題が生じ、報道や団体の声明などが短い間で多く出されている。これまでの検証に基づいて未来を展望するために、資料の散逸を防ぎ、収集し整理し公開していく必要がある。集めるべき対象は文字資料だけでなく、映像資料やオンライン上の発信等も含まれる。さらに私たち自らが、人々の証言を得、録音・録画し、それらを整理し、公開する。そして、収蔵・公開の必要性を否定する人はいないが、収蔵・公開に際しどのような条件が必要かを検討する。障老病異という領域について、それを実際に運営できることのできる体制があるのは本研究所が唯一である。他の特色のある各地のアーカイブとも協力して、研究のための収蔵の体制を作る。収蔵・およびその活用のための研究も行い、実際にアーカイヴィングの体制を継続して作っていく。

目標

科研費研究基盤A「生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築」(代表:立岩真也、作業とその成果の全て)、同「アーカイブ構築に基づく優生保護法史研究」(代表:松原洋子)を計画通りに進める。
◇一定の範囲に読者を限定された機関誌のような媒体の公開の条件について、現在の制度・学説、学会の動向等を調査し、できるかぎりの公開が望ましいという立場から、法的・倫理的な検討を行う。◇9月に障害学会と合同で公開企画を行う。
◇雑誌等の収集・整理の現状を点検し、必要な作業とその優先順位を決め、それに基づいた作業を続ける。
◇寄贈を受けた未整理の文字資料の整理を行う。◇京都新聞社他と協議し、前世紀と今般の幾つかの主題に関わる記事全文を閲覧できる体制を準備する。
◇映像資料についても大量の資料提供の申し出がある。著作権等の問題等を検討し、収蔵・公開の方針を定め、整理を開始し、目録作成をおこなう。
◇新型コロナウイルス流行に際する障害者団体の声明や活動などの資料を収集し公開する。

計画

収集し整理されるべきものが既に多数ある。まず、現在ある程度整理している雑誌・機関紙について、どの範囲を重点的に収集するかを決め、必要なものについて欠けている部分を入手する。
◇これまでPDF化されてきたビラ等について、整理・公開方法を定め、その作業を進める。
◇主に1980年代、とくに障害者政策関連の情報を精力的に収集し配布(当時は郵送)してきた「障害者情報ネットワーク(BEGIN)」から寄贈された資料を整理し、目録を掲載・公開する。◇「全国脊髄損傷者連合会(脊損連)」の役員が遺し寄贈された資料の整理を行う。
◇アーカイブ関連文献・書籍を収集し、購入できるものは購入し、研究動向と実際の収蔵・公開の現状を把握し未来像を広く共有していく。各地のアーカイブの実践や学会等における研究に学び、方法・体制を定めていく。

2022年度には6件の寄贈の申し出があり、受け入れた(http://www.arsvi.com/a/gift.htm「生存学 寄贈」で検索)。そのための空間はまったく足りなくなりつつある。申し出のあったもののすべてを受け入れるつもりはなく、廃棄してよいものもある、とするしかない。しかしそのための選別の作業もせざるをえないし、そのうえでも、受け入れるべきものの量は、今ある空間のその容量を超えていく。それを整理し、所蔵し、公開すべきものは公開し、立ち寄って読んだり見たりしていただくのがよいものは読んでいただき見ていただけるようにする。

それは大きな規模の事業になるだろう。私学事業団のマッチングファンドを申請することを考える。すでにそのための作業を始めている。また、まったく本研究所だけのものであるのがよいと考えていない。人間科学研究所他といっしょに運営することもおおいにあってよいと思っている。

具体的な場所として今私たちが考えているのは、創思館の3階にある、日頃あまり使われていない空間である。ここを、より多くの人が書籍・資料に接することのできる空間とする。それは現在の教育・研究をまったく阻害しないで可能であり、大学をより広く人々に開かれたものにするためにも好適な場所である。10000冊ほどの「闘病記」を集積したきた人・組織がその寄贈を望んでもいる。もし実現されるなら、それらを所蔵する空間は上記した新たな空間以外にはない。実現するなら広く市民に使っていただけるものにする。それを運用・管理するための人を置く必要がある。そのための予算執行の実現を強く希望し、期待している。他方創思館4階は、すくなくとも当面、散逸の可能性についてより慎重を期すべき資料を置く。こうした活動について、毎年刊行される「叢書」に記していく。

研究成果の発信・社会還元の取組

この研究自体が、最初から、直接に、社会に発信し、これからの社会に貢献しようとしてなされる。

◇年間の累計ヒット数が3000万近い研究所のサイトにある情報は、当該言語を解するすべての人が得ることができる。いちいち他国語にしていくことは不可能だが、重要性のあるものについては、まずは英語の文章を作る。一部は大学院生の協力も得て中国語・韓国語にする。
◇予算が許すものについては、画像ファイルでなく、文字コード化されたものを公開する。それによってサイトにおける検索→発見が容易になり、視覚障害者他、多くの人の情報入手が可能・容易になる。
◇書庫について。大きな部分については現在よりも広い範囲の人たちに公開するとともに、同時に、貴重・稀少なものについては確実に保存し続ける必要がある。現在の書庫は既に手狭になっているが、その利用法を再度点検し、公開と確実な保存の両方の要件を両立させる仕組みを作る。
◇本プロジェクトには、すでに中国・香港・台湾・韓国・アメリカ・中東・アルメニアなど海外の多くのひとがいる。すでにのべたように、研究所のサイトには英訳および中国語訳・韓国語訳されたものもあり、多言語での発信を今後も継続する。こうした研究所に協力する中東・イスラーム研究センター、国立武漢大学、国立台北大学、香港大学、アルメニア大学、ヘルシンキ大学とも今後一層交流を深め、R2030にむけたレピュテーション向上に取り組む。