東アジアにおける生存学拠点形成

目的:課題設定の学術的背景・社会的意義

障害学国際セミナーのメンバーである東アジアの日本、韓国、中国、台湾における「情報化社会におけるユニバーサルアクセス」に関する課題を明らかにする。この課題は障害者権利条約の実施の最重要課題であるアクセシビリティの実施と重なる。アクセシビリティは、①一般原則<第4条>、②アクセシビリティ<第9条>、③表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会<第21条>に明記されている。

日韓中台は全て障害者権利条約を批准し、くしくもいずれも2022年夏に審査を受けている(日本のみは初審査。なお、台湾だけは、国連加盟国でないため、同条約を国内法として位置づけ、独自に国際審査を実施している。メンバーの長瀬修は審査委員長を務めた)。そして日韓中台全てが、アクセシビリティ全般、とりわけ情報アクセシビリティ向上を求める勧告を受けている。例えば日本への勧告事項は、「表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会」(第21条)に関して、①法的拘束力のある情報通信基準の策定による情報アクセシビリティの確保、②アクセシブルなコミュニケーション様式の開発、促進、利用のための十分な予算配分、③日本手話の公用語としての認定と手話通訳者の研修実施である。情報化社会において、災害時を含め、情報アクセシビリティの重要性は高まるばかりである。
 
なお、障害者権利条約の実施は不平等の是正に関する目標10をはじめとして、SDGsと密接に関連している。

目標・計画

2023年度は、情報化社会におけるユニバーサルアクセスを中心に研究を進める。障害学国際セミナーの国際的パートナーである韓国障害学会、台湾社会学会、東湖社会発展研究所(中国のNPO)と共に、(1) 環境:図書館の情報アクセス環境 (2) 政策:放送とメディアのアクセシビリティと関連政策、(3)教育とデジタルデバイド (4)発達障害者と情報への代替的アクセスの4テーマの研究を中心とする。そして2023年10月27日、28日にソウルにて開催される障害学国際セミナー2023において、各グループの研究成果を共有する。その際には、当研究所が2020年5月8日に、コロナに関する最初の緊急事態宣言下で開催した先進的な「新型コロナウイルス感染症と生存学」と題するオンラインセミナー以来、3回の障害学セミナーをはじめ、多くのオンラインセミナーでの情報保障(手話通訳と文字通訳、また日英・日韓中の音声同時通訳)に関してオンライン事務局が積み重ねてきた蓄積も共有する。4年ぶりの対面開催となり、若手の会場でのポスター報告(英文)も従来同様、積極的に推進する。

研究成果の発信・社会還元の取組

研究所が刊行する英文オンラインジャーナル、Ars Vivendi Journal(AVJ:大谷いづみ編集長)は、第15号の2023年3月刊行に向けての編集作業を進めている。2023年度には第16号を刊行する。AVJは査読付きオープンオンラインジャーナルでありながら、投稿料が無料であり、国際的な投稿が続いている。英語での査読作業となり、英語に堪能な運営委員による協力が欠かせない。

本年度にすでに5本の刊行実績がある研究所の英文メールマガジンは、引き続き隔月の刊行を行い、世界の購読者リスト190名に加え、英国リーズ大学障害学センターが主宰する障害学メーリングリスト(disability-research)等を通じて配信を行う。また、新たに共にリーズ大障害学センターのAnna LawsonとAngharad Beckettが編集長として2021年にオンラインオープンジャーナルとして刊行された “International Journal of Disability and Social Justice” では研究所のメンバーによる日本の障害者に関する書籍の書評が掲載されている。このように、AVJ以外のジャーナルでの研究成果の国際的発信を継続する。

研究所のウェブサイトにて掲載してきた障害学セミナーをはじめとする成果は複数言語で公開されている。また「研究の現場」の英語での公開も継続する。
今年度は研究所が開催した障害学大会の基調講演にリトアニアのヨナス・ラスカス教授(国連障害者権利委員会副委員長)の招聘を実現し、国際的配信を実施した。来年度も、コロナ規制が国際的に緩和される中、海外の著名な研究者の招聘と、国際的セミナーの本学での開催を引き続き継続する。