立命館生存学研究所叢書の刊行

目的:課題設定の学術的背景・社会的意義

研究所の前身の研究センター発足以来、大学院生・修了者が著者・編者となった書籍は――教員(運営委員)による書籍はさらにずっと多いがそれをここで示す必要は、その人たちが研究し公刊するのはまったく当然でしかないのだから、ない――139冊を数える(http://www.arsvi.com/a/b1.htm)。
それは、すくなくともその量としては、本学だけでなく全国を見渡しても、突出している。ただそれは、(多く学内の出版助成をありがたくもいただきながら)博士論文を書籍化する方向に傾かざるをえないものだった。学位を取得した人たちが研究職に就職してもらうことを考えるなら、そこに注力するのは当然のことではあった。しかし、それは一つ、研究所の企画・成果としては見えにくかったかもしれない。
また一つ、そうした「業績」の相対的な数の多さにもかかわらず、そんな速度では(速度であったて)、変化し動いていくと同時に記憶・記録を失っていくこの社会にまったく付いていけないという思いを強く感じさせるものでもあった。そしてその思いは、毎日、強くなっている。
研究所として、成果をまとめ、その個々の研究のつながりを示し、世に示し、問うていくことを、より積極的に行なう必要があると考える。

目標・計画

2023年度は、以下の20冊のうち、まず◆『生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築・1』を刊行する。2022年の日本社会学会大会のテーマセッション「質的データのアーカイブ」(企画・視界:立岩)に続き、2023年秋にも同じ主題でのテーマセッションを企画。その大会までに「1」を刊行する。2022年の報告者を主な筆者としつつ、本研究所がこれまでに行なってきた企画・事業を知らせる。
これは2「生存学アーカイヴィング」の成果、そして本研究所がこれまで蓄積しそして現在行なっており、さらにこれから行なっていくことを知らせるものである。立岩が代表の科研費研究が2025年度までであり、2023年度・2024年度・2025年度と毎年度1冊刊行し、次の科学研究費獲得にもつなげる。
そして次の1冊、◆『異なる身体のもとでの交通交信』の1冊目を刊行する。それはもちろん、4「支援テクノロジー開発」の成果も受けたものである。
さらに、もう1冊、◆『感染・防衛――害さず効けばよい、か、忘却と現在』の1冊目を刊行する。むろんCOVID-19のことがあってのことだが、私たちは、研究所発足当初から、知られず、知られなることなく忘却された、とくにアフリカにおける、いっときは年に300万を超える人が亡くなったHIV/エイズについて、いくつも資料集・書籍を刊行してきた。その時のことと、このたびのCOVID-19とは何が異なるのか。そのような研究・発信はなされたことがない。私たちは何を経験しそして(予め)忘れたのか。そのことを記録し、考察する。
これらの出版は、普通は、ありえないほど困難である。しかし、書かれ知らされるべきことはたくさんあり、私たちは長くそのための準備をしてきたのだから、そしてなにより求められているのだから、その出版は可能であると考え、可能にする所存である。

研究成果の発信・社会還元の取組

以上述べたように、この企画の全体が発信の企画であり、社会還元の企画である。そして、このたびの企画は、すでに多い「発信」の数をさらに多くしようというだけのことではない。就職のためには博士号をとり、その論文を書籍にする、というのは、すくなくとも人文社会科学の分野では慣習化しつつあるようだ。しかし、多くの場合、就職できた人たちも忙しさのなかに埋没し、その「成果」の「先」が続かない。そんなことがいくら続いたとしても、研究の量も質もたいしたものにならないことを、私たちは感じてきた。今回の企画は、ただ仕事=研究をさせて、公表しよう(させよう)というものではない。より重要な一つは、どのようなテーマがこの社会にあり、どのように様々につながっているのかを、まずは「若手」の各々自身に理解させつつ、その人たち自身が一貫した見立てのもとで、ものを調べ、書き、発表してもらうものである。そしてそのようにして作り出される書籍群は、この社会に生きる人々に、この社会にある様々がどのような脈絡のもとにある様々であるか、どのようにつながっているのか、ときに対立しているのか、そこから発して、どのような方角を向いて、人々とその社会が進んでいくのかを示そうとするものである。
背表紙の共通性においてそれと知れる20冊の書籍のシリーズは、それなりの存在感を有するものとなるだろう。ただ私たちは、それらはなされるべきまた知られるべきことのごく一部であるとも考えている。これまで行なってきた作業を継続し、また資金が得られるなら再開し、各々の主題に関連する情報を研究所のサイトに収録し増補していく。同時に、関連する書籍や機関誌、等々の資料群が、新たに拡張された空間を得て、所蔵され、広い範囲の人々の利用に供される。そうして堆積されたもの、さらに堆積が続いていくもののなかに、どのような脈絡を見込むか、それを書籍によって示す。集積することと、全体を見通しこれからを見晴らすこと、両者を往還させる。その全体のなかの、一部を、しかしよりよく見え伝わるかたちで遂行する。