生体肝移植ドナーの心の軌跡と関係性の変容
一宮茂子著『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』岩浪書店,2016.3.23 286+ⅷ 2900+税
http://www.arsvi.com/b2010/1603is.htm
私は看護師という立場から、20年以上にわたって生体肝移植ドナー(臓器提供者)の経験やその意味づけについて研究しています。このたび、2016年3月に『移植と家族――生体肝移植ドナーのその後』という書籍を岩波書店から出版しました。本書は、臓器提供にかんする医学的な内容を追求するのではなく、ドナーの心の軌跡と、ドナーに関与した人との関係性について明らかにした研究です。
この研究の分析モデルは、臓器移植にかんする先行研究、私自身の臨床のなかでの経験、本研究に先立つ事前調査(パイロットスタディ)、同意をえられた17名のドナーにインタビュー調査をおこない、収集データを帰納法で分類し、時系列にならべて図にしたものです。ここで用いた分析モデル(図)は、3つの時間軸、22の要因、17種類の関与者からなり、時間と要因と関与者の三つが同時進行的に相互作用を及ぼしていることを表しています。
ドナーは、本来なら必要がない手術によって肝臓の一部を提供します。ドナーは、助かる治療法を知りえた責任上、患者を助けないわけにはいかないといった動機からドナーになることが多いといえます。ただし、ドナーを引き受ける過程の中で、これまでともに生きてきた家族や親族との微妙な関係性が反映され、葛藤が生じることは珍しくありません。誰もが家族愛の名の下にドナーになるわけではないのです。
こういった家族内の複雑な事情を、ドナーが第三者に語ることはほとんどありません。私は、患者と看護師という関係性からインタビューを依頼しました。あるドナーからは、「信頼している看護師だからこそ話を聴いてもらいたい」という理由で同意をえました。このように、相互の信頼関係(ラポール)がなければ決して語られることはなかったデータをもとに、研究をすすめました。
図 分析モデル(ドナーの意味付与の要因関連図)
注:地元医師は地元の病院や診療所の医師、移植医はA病院の医師、内科医はA病院の医師
ドナーは、移植が成功しドナーとレシピエント(臓器受容者)の両者が社会復帰したこと、家族・親族間葛藤がなかったことから、臓器提供に肯定的な意味づけをすることがあります。しかしその一方で、移植が成功し両者ともに社会復帰したとしても、臓器提供に否定的な意味づけがおこなわれることがあります。たとえば、妻の心情を汲みとらず姉のドナーになることを独断した夫のふるまいは、結果として夫婦間に軋轢をもたらし、ドナーの妻とレシピエントである姉、さらにその家族・親族との間に何年にもわたる不和を生み出すことにもなりました。こういった家族関係の不和が、臓器提供を否定的にとらえる要因ともなりました。
また、「命がけ」で臓器を提供したドナーの代償がレシピエントの死亡という結末となり、臓器提供に否定感をいだくこともあります。あるいは、移植後終末期に医療者に見放されたと受けとめて、ドナーと医療者との間に負の関係性が生じることもありました。一方、低い成功率を承知のうえでドナーになった事例では、レシピエントが死亡、あるいはドナーが術後合併症やあらたな病気を発病しても、ドナーの疑念や不安の心情を汲みとる家族の心理的支援によって医療者と良好な関係性が保持され、臓器提供に肯定感をえたドナーもいました。
ドナーの臓器提供への意味づけは、レシピエントの生死、関与者との関係性の変容、その変容期間の時間軸の長さといった要因に影響を受けています。本書では、レシピエントの死は避けられないとしても、臓器提供を否定的に意味づける負の関係性の変容を軽減する対策が必要であることを明らかにし、その対応策を提言しました。今後は、本書で採用しなかったデータからえられた知見をいかに現場に生かしていくのかが課題です。