生活保護費を、日本社会の「地下水」に――「エンパワメント」と「コミュニティ」から公的扶助を再考する

掲載日: 2015年11月01日English

enlearge image (to back to press x)発表の準備を終えたところ。ポスターは日本で外枠と背景のみを印刷し、内容は現地の小型プリンタを用いて「切り貼り」した。

現在の日本には、217万人以上(2015年3月時点)の生活保護受給者がいます。政府と自治体が支出する生活保護費は、受給者に対する現金(生活費)・現物(住宅・教育・医療等)・自治体のケースワーカーたちによる援助等に使用されます。保護費は、直接的または間接的な形で、社会のすべての人々の多様な利益となります。たとえば、受給者による保護費の消費は地域の商店や住居の貸主などの収入につながります。保護費の削減は、社会全体への大きな悪影響となるかもしれません。しかし2013年以後、専門家委員会の「慎重に」との指摘(社会保障審議会・生活保護基準部会報告書(2013))にもかかわらず、政府は保護費を削減し続けています。貧困状態にありながら生活保護受給者ではない「漏給」状態の人々は、正確な人数さえ把握されていません。

私の研究は、このような現状への問題意識から始まっています。受給者の生活状況と必要な対応は、どうすれば調査できるのでしょうか? 「ゆりかごから墓場まで」を単一の制度でカバーする生活保護制度は、現在の日本にとって最良でしょうか? 保護費には、受給者の生きる力を強め(エンパワメント)、地域コミュニティを活性化するための費用という肯定的な側面はないのでしょうか?

私は2015年2月15日、米国・サンノゼ市で開催されたAAAS(American Association for the Advancement of Science:米国科学振興協会)の年次大会で、日本の生活保護基準、特に2013年7月からの生活扶助削減についてポスター発表を行いました。

ポスター発表に訪れた10人以上の研究者たちのほとんどは、貧困率と保護率を比較したグラフを見て、貧困率の10%程度にすぎない保護率に注目しました。2012年、日本の相対的貧困率は16.1%でした(平成25年 国民生活基礎調査(厚生労働省))。その一方で、同年、人員ベースの保護率は約1.7%でした(平成24年度 被保護者調査(厚生労働省))。相対的貧困率は「資産はあるが、収入はない」という人々も含んでいるため、保護率との単純な比較はできませんが、権利である公的扶助が、対象者の一部にしか届いていないのは確かです。さらに、保護基準そのものにも注目が集まりました。保護基準自体が低くみえる上に、その基準の妥当性を実質的に保証する仕組みがなく、さらに基準への異議申立ての手段が受給者本人による訴訟以外に存在していません。

enlearge image (to back to press x)Sacred Heartに設けられた小学生向けコーナー。

放課後は「宿題クラブ」が開催される。家にPCのない子どもも、充実した環境で指導を受けながら宿題に取り組める。また、親がネグレクトの罪に問われる心配をせずに働くための支援ともなっている。

こういった生活保護の制度運営全体への疑問は、「それが『基本的人権』を保障する仕組みになっているのか」という疑問にも結びつきました。また、「『あなたは』どうあるべきと考え、どうすれば変えられると思いますか?と質問した研究者も数名いました。私は「メディア報道も含め、社会教育が鍵だと思うと答えました。社会教育の充実は、社会を活性化し、さらに生活保護制度や保護費の意義を再考する人々を増やす可能性につながります。

日本の生活保護制度について考えを深めることにもなった発表終了後、サンノゼ市内の生活困窮者支援NPO「Sacred Heart(聖なる心)を訪れ、見学と情報交換を行いました。生活や生存に何らかの困難を抱えた人々は、これらのNPOや団体を訪れ、公的扶助を申請する支援や社会教育の機会を得ることができます。人々は、物資の提供を受けたりボランティア活動に参加したりすることを通じて、有利な生活手段を達成するための選択肢を数多く獲得し、安定した雇用に至る場合もあります。「Sacred Heart」のミッションの一つは、困難を抱えた本人を支援する一連の取り組みを通じて、コミュニティを活性化することでもあります。訪問した他の団体も含め、米国の困窮者支援のありようは、個人に対する公的扶助の給付金額だけでは測れない生活保障の枠組みへのヒントでいっぱいです。

高齢化が進行し貧困が拡大する日本では、今後、公的扶助の必要性は増大する可能性が高いでしょう。その現実を受け止め、今、金額の多少にとどまらない議論を始める必要があります。

今後も、訪問した団体との協力関係を維持し、日本の生活保護制度を、いわば「社会の地下水として機能させるために役立つ何かを提供できるように、研究を発展させたいと考えています。

三輪佳子(みわよしこ)

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この成果は、生存学研究センター2014年度若手研究者研究力強化型「国際的研究活動」研究費の助成を受けたものです。

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