「知的障害」とされる人とただ、ともにあること――余暇実践の場から
大学3年の夏、滋賀県のとある美術館をおとずれた。昭和初期の町家を活用したその空間には、障害者の作品が展示されていた。繊細でありながらも迫力のあるドローイングの数々を前にして、ただ立ち尽くす。このとき筆者は、こんな作品を作ることができるなんて、障害者には自分にはない特別な才能があるのではないかと、無邪気に思いをめぐらせていた。
ここでふと、かつて大学の友人から、ある活動に誘われていたことをおもいだす。彼は、「知的障害者」との毎月の余暇活動のなかで、一緒に茶道をしたり、油絵を描いたりしていると話していた。作品を制作する障害者と実際に会ってみたいと思った筆者は、今更ながらその友人にLINEでメッセージを送った。新型コロナウイルスの影響により、活動に参加できたのは11月からであった。
活動は大学敷地内の水堀近くにある、木製のベンチや机が置かれているスペースでおこなわれていた。開始時間からすこし遅れて到着すると、みんなマスクをしていた(図1)。
とはいえ、だれが障害のある人なのかはすぐわかった。「オ!ア!イ!」とひっきりなしに叫んでいる男性や、「ねえねえ青色と赤色、どっちのほうが強い?」と大学生にたずねている少年が、おそらくそうだろう。この場には数名の障害者のほかにも、その家族、大学生、油絵に詳しい教員、特別支援学校の教員などが居合わせていて、すくなくとも20人は参加している様子だった。
油絵の活動では、大学生と障害のある人がペアとなる。はじめての参加でペアとなったのは、自分より年下にみえる少年だった。どんな絵を描くのだろうと待ち構えてみるものの、そもそも彼は自身のイーゼル1のもとに行こうとせず、水堀の周りをぶらぶら歩いている。
すると、彼はいきなり、筆者のマスクを指さして、「黒、黒」と連呼する。その様子を後ろから見ていた少年の母は、「黒色が好きなんですよ」と言い、微笑んでいた。「黒のマスクをつけてきて良かったです」と応じると、筆者はなんだかうれしくなった。
この少年が絵を描くのを待つことはひとまず諦めて、ただ一緒に散歩することにした。しばらくすると彼は、自身のイーゼルのもとに戻り、絵を描き始めた。作品はとても鮮やかなものだった(図2)。だが、作品そのものよりも印象に残っているのは、赤の他人の「知的障害者」だと思っていたこの少年と、筆者がかかわりをもった確かな感覚である。
それから現在まで、この活動には参加者/調査者として、約5年にわたって参加している。
以来、筆者は、「知的障害」とされる人とのかかわりに関心を寄せている。とりわけ、発話行為のない「重度の知的障害」とされる人との相互行為が、いかにして生まれているのか、また、その相互行為にはいかなる特徴がみられるのかを明らかにしてみたいと考えている。しかし、そのまえに考えるべきことが、いくつかある。
まず、「余暇」という言説について。これまで余暇の概念は、労働との対比のもとで用いられてきた。「知的障害者の余暇」という表現は、労働に従事する生産性のある主体を前提とする「余暇」という語と、一見すれば齟齬をきたすようにみえる。とはいえ、特定の支援者たちによって、知的障害者の余暇ないし余暇活動の重要性が主張されてきた経緯があり、そこでは「社会参加」や「生活指導」というような意味が付与されてきた2。
つぎに、「支援」という枠組みについて。余暇実践がおこなわれているのは、医療の場でもなければ、障害福祉サービスの場でもない。障害者の親の会を母体としたNPO法人が主導する余暇活動には、大学生をはじめとする多様な関与者が、ボランティアとしてかかわっている。そのため、ここで生まれる関係性は、支援の枠組みで想定されるような「利用者=知的障害者/支援者=健常者」とは異なっている。各々の役割が固定化されず、既存の関係性からは逸脱するようなかかわりが、この余暇実践の場から生まれているように思われる。
筆者は、余暇実践の場をつぶさに観察することを通じて、これまで「知的障害者」という異質な他者としてまなざしを向けられてきた存在を、支援の専門知をもたない人たちとのかかわりを通して捉え直すことを試みる。そのてがかりは、「知的障害者」として福祉や医療の対象となる手前の、人々が織りなす日々のかかわりのなかにあるのではないだろうか。
大橋一輝(立命館大学大学院先端総合学術研究科院生)
注1 絵を描くときに、キャンバスを載せて固定させる器具のこと。
注2 社会参加の場合には、「生活の質」の向上のため、生活指導の場合には、就職後に直面しうる「社会適応の問題」への介入のために余暇が必要という言説が多数みられる。
[参考文献]
大橋一輝, 2026, 「知的障害者をとりまく余暇の歴史的布置――1960年代から1990年代までの『問題白書』の記述を事例に」『Core Ethics』(22):13-24.
大橋一輝, 2025, 「知的障害のある人との「ともにある関係性」――余暇活動の場における「非専門家」に着目して」2025年障害学会第22回大会.













