日本手話を教育言語とするろう教育を調査する

掲載日: 2015年03月01日English

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パンフレット『みんなでつくる手話言語法』

私は、韓国からきてろう教育について研究しています。近年、韓国と日本では「手話言語法」の制定のため、活発な活動が行われています。特に、日本では、2013年10月に、鳥取県で全国初の手話言語条例が成立してから、現在までに10か所の自治体で手話関連条例が成立しました。手話言語法では、主に、手話を獲得する、手話で学ぶ、手話を学ぶ、手話を使う、手話を守る、という5つの権利の保障を主張しています。

その5つの権利のうち、私は特に「手話で学ぶ」権利について関心を持っています。日本のろう教育では、これまで聴覚口話法による音声日本語の学習に重点を置いてきました。聴覚口話法とは、口の形や補聴器などを活用しながら音声言語を身につける言語指導法です。近年では手話を活用することの必要性が認識され、多くのろう学校で手話を取り入れた教育を実施しています。ただ、ろう学校に勤務している教師の多くは聞こえる人(聴者)であり、手話でどの程度コミュニケーションがとれるのかは、かなり個人差があります。また、手話を用いている学校で使用されている手話の多くは、日本語対応手話とも言われています。日本語対応手話とは、日本語の語順にあわせ手話単語をならべるものを指します。日本手話とはろう者が日常生活で使用している手話であり、日本語とは異なる独自の文法や体系を持っていると言われています。

1990年代の後半、従来のろう教育に問題を感じていたろう者や聴者により、日本手話を教育言語とするフリースクール「龍の子学園」が登場しました。日本手話を教育言語とするということは、すべての教育活動が手話で行われることを意味します。フリースクール龍の子学園は、ろう児をもつ親の支持を得て、2007年には学校法人の認可を受け私立明晴学園に発展しました。明晴学園は、東京都品川区を所在地とし、幼稚部から中等部まであります。明晴学園の教員はすべて手話を身につけており、教員の半分程度はろう者です。明晴学園は、手話を活用するレベルにとどまらず、ろう児の第一言語である手話を教育言語として使用し、日本語の読み書きを第二言語とするバイリンガルろう教育を実施しています。全ての教育課程で日本手話をもちいているろう学校は明晴学園だけです。私の出身国である韓国では、バイリンガルろう教育を実施しているところがないため、日本手話によるろう教育の動きに関心をもつようになりました。

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明晴学園のニュースレター

私は、ろう者の社会統合のために多数派のことばである日本語のみを強調してきた、ろう教育における日本語至上主義や同化主義に批判的な視点を持ちつつ、日本手話によるろう教育の歴史やそれをめぐる社会的状況について調べています。調査方法としては、ろう教育や手話にかかわる文献調査だけでなく、龍の子学園や明晴学園の関係者への聞き取り調査も実施しています。聞き取り調査の対象者のなかには、ろう者もいれば、聴者もいます。私はまだ日本手話ができないため、ろう者への聞き取り調査は、手話通訳者に依頼しています。

ところで、冒頭で言及した「手話言語法」が制定されれば、日本手話を教育言語とするろう学校がより増えることが想定されます。しかし、ろう者のなかには手話言語法に反対する人々もいます。その理由は、手話言語条例や手話言語法案が日本手話と日本語対応手話を明確に区別しておらず、日本手話を使用している人の権利が矮小化されることを懸念しているからです。一方で、ろう者コミュニティのなかには、日本手話と日本語対応手話の区別に賛同せず、両者を区別することに危惧を抱いている人々もいます。そこでは、他のマイノリティ言語と同様、手話言語も音声言語の影響を大きく受けてきたため、手話を区別することは容易ではないという主張があります。また、日本手話のみを強調する主張が、「本当の」「純粋な」日本手話というような本質主義的な主張につながることを危惧して、批判している人々もいます。

私はこのような手話をめぐる様々な立場や議論を念頭に置きながら、日本手話を教育言語とするろう教育がどのように構築されてきたのかについて調査を続けていきたいと思っています。多くのろう者に会って、ろう者コミュニティ内の手話をめぐる様々な意見を聞くために、これからは手話学習により積極的に取り組んでいきたいと思っています。

クァク・ジョンナン2014/03 「ろう児のためのフリースクール――「龍の子学園」開校前史」『Core Ethics』立命館大学先端総合学術研究科、10巻、pp.61-72 http://www.r-gscefs.jp/pdf/ce10/kj01.pdf

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