病んだ体で強者かもしれず、死んでいないので生きていかざるを得ないグレーな二人が綴る往復書簡―『あしたの朝頭痛がありませんように』(現代書館、2025)

掲載日: 2025年12月01日

 一見、「健康体」だけど、頭痛やだるさ、めまいが常にある。命に別状はないけれど、学業や仕事、家庭生活など、あらゆる場面で「ちゃんと」ふるまえず、「怠けている」「甘えている」と言われてきた。慢性疾患の人間はどうしてこんなに生きづらいのか。この社会で慢性疾患を生きるってどういうこと?

 子供の頃に脳腫瘍で開頭手術を受け、汎下垂体機能低下症を患う弁護士の青木志帆さんと、15歳から24時間365日体調不良が続くものの、診断がなかなかつかない新聞記者の谷田が、そんなもやもやを語りつくした往復書簡が本書です。

 例えば、青木さんは成人になったとたんに国の難病指定から外れ、高額の医療費が毎月かかるようになりました(現在は制度が改正、助成されている)。その薬がなければ、死んでしまうにもかかわらず。「皆、子供が大きな病気にかかるドラマを見たらきっと涙するはずなのに、せっかく生き残った子に用意されている現実はあまりに冷たくないか?」と疑問に感じた青木さん。「自分を原告にして憲法訴訟をしてやる」と弁護士を目指したといいます。

 ただ、司法試験の勉強と並行して進めていた就職活動の面接試験でそのことを語ったところ、落とされてしまいます。さらに司法試験に合格後も、最高裁判所から電話がかかってきて、「病気を治してから司法修習に来られないのか」と問いただされました。「協力が得られなくて多少しんどい思いをしてでも、健康体のふりをしているほうが、家庭から、地域から、教室から、職場から、排除されないのです」と青木さんは吐露しています。

 一方の私、谷田はなかなか診断がつかず、病院を転々としてきました。そもそも周囲から「病人」と認められず、自分でも「怠けている」と思ってしまっていたのです。

 青木さんのように「国の制度がおかしい」とは考えられませんでした。というのも、診断が確定しないということは、そもそも「国の制度で守られるべき人間」だと考えられないこととイコールだからです。医療や福祉制度のほとんどは、医師による診断や障害認定を基準に運用されています。診断のつかない人間が国に何らかの医療・福祉サービスを求めるには、制度の適用範囲を広げるという線引きの問題にとどまらず、「現代医学の知見を基準とする」という制度の前提そのものを問わざるをえないからです。

 青木さんはそんな私のことを本書で「ドタニマー」だと表現しています。青木さんは制度や社会の関心、認知の谷間に落ちてしまった人のことを「タニマー」と呼んでおり、「ドタニマー」は、そんなタニマーの中のタニマーであると。登山者が谷間に入ることで方向を見失い遭難するように、自分でも何が何だかよく分からない状況に置かれてしまっているのがドタニマーなのでした。

 実は、私が落ちている「谷間」がどのようなものなのかを指し示すことばは、医学ではなく、人文・社会科学の中にありました。難病に詳しい野島奈津子・静岡文化芸術大准教授と出会い、「病名がないのに、人がただ患っていることを社会は許容しない」と教えられたことで、診断がつかない人が直面する困難について、社会の問題として捉える視点とことばを得たのです。

 そこで、新聞に「『ただ患う』ことを受け入れたい」とのタイトルの記事を掲載。「医学で明確に説明できず、診断が確定しない症状で苦しんでいる人は少なくないのではないか。診断にかかわらず、困りごとに応じたケアが保障される社会であってほしい」と訴えたところ、青木さんの目に留まり、この本の執筆につながったのでした。

 この本は、慢性疾患の人が落ちてしまう「谷間」についてことばにしていくことで、自分たちの困難や社会の問題を明らかにし、少しずつ見通しのよい山頂へと上っていく試みとして始まった、といえるのかもしれません。実際、往復書簡を通じて、「怠けているのではない」とようやく思えるようになりました。

 とはいえ、本書の肝は、二人が対話するなかでたどり着いた、予想もしなかった全く別の境地にあると考えています。それが何なのかは、お一人お一人に読んでいただきたいので詳しく語りませんが、青木さんの語ることばがちょっと変わった瞬間に立ち会えたことが、何より良かったなと思うのでした。

 表紙のグレー色は、死んでいないし回復しない、強者であり弱者でもある、診断がなかなかつかない、そんな「グレーな」青木さんと谷田を表現しています。自分と相手の中にある白黒分けられない複雑さ、白でも黒でもある多様さ、白と黒に引き裂かれる痛みと向き合った本書が、さまざまな生きにくさを抱える人に届いてほしい、と願っています。

写真1 『あしたの朝頭痛がありませんように』表紙

写真2 左側:青木志帆氏 右側:谷田朋美

谷田朋美(生存学研究所客員研究員)

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