社会に否定されてきた人々の歴史を掘り起こす――精神障害者の運動史研究

掲載日: 2014年09月01日English

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この社会には、自分の行動や考えが他人によってすべて否定されるという経験をもつ人がいます。そのような経験は、つらく悲しいことです。精神障害者は、「精神障害だから」という理由によって、たびたびそのような経験を強いられてきました。しかも、精神障害者の行動や考えは、ときに社会にとって都合のよいように捉えられてきました。

例えば、精神障害者が犯罪を起こした場合、精神障害があることが犯罪をおかした理由のように報道されます。すると、社会は精神障害者とは犯罪をおかすものだと決めつけ、強制的に入院させる法制度(医療観察法はその典型のひとつです)が制定されていきます。このように精神障害者は、「精神障害者である」というだけで、社会からさまざまな抑圧を受けているのです。

抑圧を経験した人のなかには、このような社会に対して個人で抗議をする人もいましたが、その多くは相手にされず黙殺されてきました。それゆえ精神障害者は、精神障害者で構成される団体を結成し、集団として意見を出していくことが不可欠だという認識に至りました。精神障害者は、1960年代後半から団体を結成して、社会運動を展開していきました。

さて、社会に黙殺されないために展開されたはずの精神障害者による社会運動は、どれくらいの人に知られているのでしょうか。実は、精神障害者の支援を生業とする医療関係者・福祉関係者の間でもほとんど知られていないというのが実情です。

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最近では、福祉系大学の精神保健福祉士養成コースに精神障害当事者が社会人学生として在籍していることがめずらしくありません。彼らの大学編入の動機は、実にさまざまですが、「自分自身の病の経験を他人のために生かしたい」「自分自身の置かれている状況についてもっと詳しく勉強したい」という話をよく耳にします。

精神保健福祉士養成科目には、「精神保健福祉論」という科目があります。精神保健福祉論は、精神保健福祉に関する制度、歴史、理論を網羅しており、精神障害者を取り巻く現状を理解する上で基礎的な知識の集合体です。私自身、精神保健福祉論と名の付く参考書を読み、精神保健行政の歴史を学びました。しかし、私が精神障害者の社会運動の担い手(研究協力者)に聞き取り調査をしたところ、彼らは、参考書に記されている精神保健行政の歴史とは異なる歴史認識の下に抗議してきたことがわかりました。例えば、宇都宮病院事件を契機として1987年に精神衛生法が改正されて人権に配慮したものになった、という精神保健行政史の歴史認識があります。それに対して、私が調査をおこなった研究協力者は「宇都宮病院事件以前から精神衛生法改正が準備されており、より退院しにくい制度になった。人権に配慮などしていない。だから抗議活動をしたのだ」などの話しをしてくれました。

精神保健福祉士養成課程に在籍する精神障害当事者は、精神障害当事者の歴史を無視した「歴史」を大学で学ばなければなりません。精神障害者は、その抗議活動の歴史記述においてさえ、社会にとって都合のよい「歴史」を押し付けられています。このことを私は、精神障害者たちがもつ大学編入の動機――病の経験を活かしたい、自分の置かれている状況を知りたいなど――を満たせていないのではないかと思い、精神障害者による社会運動の事実をもっと世の中に知らせていかなければならないと感じています。

その一方で、普段は仲間としてかかわっている人たちに研究の一環として話を聞くことには、ためらいや葛藤があります。仲間であるからこそ、共感や共有できることがたくさんあります。そこでの関係は対等であって、ときにはお互いに感情をむき出しにして喧嘩したりもします。ところが、私が研究者としてインタビューをすることは、仲間を研究協力者、すなわち被験者にしていくことでもあります。それが私には、胸をえぐるような感覚を伴い、ためらわれるのです。

こうした立場に揺れ動かされながらも、私は、精神障害者の社会運動の担い手である仲間に体験を聞きながら、どのように精神障害者が社会と闘ってきたのかについて歴史を明らかにして、歴史記述と社会への抵抗について考えていきたいと思います。

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