中国南部の新婦仔のライフストーリー調査
童養媳(トンヤンシー)とは、中国の古い婚姻制度に基づき、成長後に息子の嫁にするために実家とは別の家に養子として引き取られた女児を指す言葉であると同時に、婚姻形態そのものを指す言葉でもある。台湾語、潮州語を含む中国語の閩南方言では、こうした幼女は「新婦仔(シンプア)」と称される。
中国では伝統的に、婚姻の際に必要な結納金は新郎側が支払うべきものとされる。新婦の年齢が上がるほど支払いの金額が大きくなることから、将来の高額な結納金の支払いを避けるべく、男子を持つ家が幼い女子を養子に迎え、養育したのちに嫁とする慣行が一部の地域でなされてきた。しかし、中華人民共和国成立後、特に1979年から、一組の夫婦に子供一人を基本として国家が強制力を持って出生をコントロールするという「一人っ子政策」(基本国策)が行われていた。また、同時期に生産請負制が導入されたことに伴い、農家は跡取り息子を一層求めるようになったことが分かれた。そのため、初めて産んだ子どもが娘である場合、戸籍登録を避けようと考えながら、新婦仔として送り出された娘は殆ど一歳未満の赤ちゃんである。それは1980 年代以降の政治状況による影響があると考えられた。
そのような新婦仔経験を持つ女性たちにおける、その実親の再会とその後の経緯を、当事者たちの語りをもとに明らかにしていくのは、今度の調査の目的である。そのために、福建の福州市長楽区と莆田市秀嶼区を拠点に、新婦仔と彼女たちの実親の双方に対する質的調査を実施した。これまで聞き取り調査をしたライフストーリーから、新婦仔と実親の経済的状況とDNA 鑑定の有無が大きいことが看取されたことから、富裕/貧困および生物学的血縁関係が確定している/していないの二項を基準として分類し、各項が交差するケースが発見された。
新しい発見として子どもが生まれたことを契機にした「生みの親への思慕」や年齢を含めた自身の出生に関わる関心などから、新婦仔たちが実家探しを始めた。ただし、こうした親への思慕や実家探しから叶った親子関係の再編プロセスでは、当該社会において「適切」な贈与や礼節に影響されていく。
実は、養親は新婦仔が成長後に逃走するのを防ぐため、小さい頃からあまり教育を受けさせなかった。新婦仔たちは自立して生活する能力が低い場合、実親を探し当てたとしても、夫側から経済的支援を得られなければ、ほとんど実家(長楽)での高額な冠婚葬祭の費用を負担できない。また、将来的に貧しい実家に対する経済的貢献や孝行が期待できないと見なされた新婦仔は、実家族から他の娘たちに比べて冷遇されることになった。そのため、親子関係を再構築する難しさがフィールドで見出された。
21 世紀以降,DNA 鑑定技術の普及に伴い、新婦仔や実親探しが可能になった。新婦仔と実親の親子関係の再構築には、血縁の証明や感情的損失の問題だけでなく、あるいはそれ以上に、異なる文化圏に属する地域における社会関係の構築原理への理解とそれをめぐる実践こそが重要であることを明らかにしていきたい。
李思航(立命館大学先端総合学術研究科院生)