パナマ東部先住民エンベラのもとで調査すること

掲載日: 2013年10月01日English

パナマ東部のダリエン地方に位置する先住民エンベラの居住地域、これが私の研究の現場です。ダリエン地方には、現在でも多くの森林が残っています。ですがこの数十年のあいだに、牧畜を生業とする人々(現地ではコロノと呼ばれます)が、国内他地域から移り住むようになりました。それに伴い、新しくダリエンに住むようになったコロノと先住民エンベラのあいだに土地利用をめぐる問題が生じています。

1983年、先住民エンベラに対して、土地所有の権利を認める法律が制定されました。その法律は、それまでにエンベラが生活していた地域の多くを、特別区(comarca)として認定するものでした。以降、コロノとの土地問題をはじめ、特別区の行政的な運営に、先住民によって構成される総評議会(Congreso General Embera=Wounaan)が関わるようになっています。

総評議会は、ローカルな社会問題である土地問題への対応の他にも、様々な役割を担っています。そのひとつに、特別区で行われる諸々のプロジェクトへの対応があります。たとえば、総評議会は隣国のコロンビアとの国境を越えて繋がる電線網の建設プロジェクトや気候変動を背景にした森林利用方法セミナーの開催プロジェクトなどについて検討し、その是非の判断をしています。総評議会は、国外の団体・機関・個人とのやり取りを含んだ特別区の運営を円滑に進めるために、数年前にはダリエンから離れた首都・パナマシティに事務所を構えるようになりました。

事務所の移転が象徴するように、エンベラの生活の現在をかたちづくるのは、パナマ東部ダリエン地方という限られた地域に住む人々の実践だけではありません。総評議会にコンタクトを取り、連携する、外部の人々の構想・思惑も、彼らの現在や未来をかたちづくる要素となっているのです。


写真1

写真1は、パナマシティの総評議会事務所で撮影したものです。男性の背後にある壁に、一枚の絵が架けられています。特徴的な描画の様式は、中米・パナマから遠く離れた北米太平洋岸の先住民のもとで発展したものです。この絵は、総評議会のメンバーらが、北米太平洋岸の先住民のもとを訪れた際に、贈り物として受け取ったものでした。その訪問は、北米の先住民共同体による企業活動の視察を目的としていました。総評議会は、設立してまもない企業運営のありかたを学ぶために、北米先住民のもとを訪れたのです。これらの先住民共同体をつないだのが、エンベラの企業と業務提携する森林資源管理のコンサルタント企業でした。そのコンサルタント企業は北米の先住民とも提携していた、と写真の男性は教えてくれました。もともとこれら2つの先住民集団は無関係でしたが、この企業の活動によって、一方が他方に対する先行事例として位置づけられたのです。


写真2

写真2は、気候変動を背景に世界規模で構想されている、森林における定着炭素取引の枠組みに関するセミナーで撮影したものです。このセミナーは、総評議会に加え、パナマ国内の他の先住民や海外の学術機関が中心になって組織されました。パナマ国外のNGOも複数参加しました。セミナーでは、先住民ではない人々が、その枠組みについて先住民に対して情報提供を行ないました。なかには、写真を使いながらブラジルなどでの事例を紹介する報告もありました。ここでも、遠く離れたところで生きる集団が、それを視る人々にとっての先行事例として提示されていました。

ここにあげた総評議会が取り組む2つの活動には、本来無関係である別の集団がエンベラの先行事例として、ありうる未来として提示されています。総評議会を訪れる外部の人々は、エンベラと別の集団とをおなじように扱いうるものとして対象化しています。このような構想には、それぞれの人々の生活様式・文化・歴史の異なりを留保したうえで、それぞれを同じようなものとして一様に包摂できるかたちで認識しようとする枠組みが備わっています。

こうしたプロジェクトを通じて先住民の未来がかたちづくられようとしていることに対して、私は民族誌学的な視座に基づいた研究をこれからも進めていきたいと考えています。民族誌学とは、調査でであう人びとの代替不可能性を前提に分析と記述をするものです。この視座のもとに「現場」について思考をめぐらし、多様な集団を同じようなものとする認識のありかたでは描き切れない人間の生のありかたを描く「生存のエスノグラフィー」を実践することで、先住民の未来をかたちづくろうとする動向への批判の視点を探求していきたいと考えています。

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