脂肪たっぷりの表象文化論――物質的視点を中心に――

掲載日: 2024年07月01日

写真1:SOGI研究会で報告する筆者(2023年12月9日、オンライン)

 フランスの小説家 ジョルジュ・ペレック(1936-1982)は「生きること、それは空間から空間へ、なるべく身体をぶつけないように移動する」と語っています。私たちは、私たちの身体を侵犯し合うことができません※1。そのため、過剰な空間消費は悪とされる傾向にあります※2。つまり、「過剰な身体」である肥満は、社会において敬遠される対象として存在しているということになります。書店に行くと数冊にとどまらないダイエット本が陳列され、テレビをつけると健康習慣の特集が散見されます。2024年3月には日本初の内蔵脂肪減少薬「アライ」が発売され、その効用と社会的影響について議論されたことが記憶に新しいのではないでしょうか。

 世界から脂肪はなくなってしまうのでしょうか。そのような心配の一方で、整形業界において脂肪は吸引されるだけの物質ではなく、注入される対象でもあります。腹部の脂肪のバランスを調整することで腹筋に見せかけるという施術も考案されています。素材や物質としての脂肪は、排除の対象になる一方で必要とされる対象でもあるということがわかります。このような背景のもと、私は視覚芸術における脂肪の位置づけについて研究しています。

 視覚芸術とりわけ映画※3やドラマといった分野においては、肥満表象は否定的な意味づけがなされてきました。これに対する異議申し立てがボディ・ポジティブ運動となって形作られ、勢力を増してきた2010年代以降の肥満表象は肯定的な意味づけに転換されることとなりました。「足手まとい」で自己肯定感の低いキャラクターとしての肥満から、「しごでき(仕事のできる)」で積極的に自己肯定をおこなう肥満へと変化したのです。しかし、ここで注意しなければならないのは、肥満表象は十把一絡げにすることは難しいということです。肥満表象に注目する際のおおまかな区分の一つとしては、身体サイズが挙げられます。映画における例が以下です。『スクール・オブ・ロック』(2003)のジャック・ブラックや、『ピッチ・パーフェクト』(2012)のレベル・ウィルソンのように日常的に外出する肥満表象。その一方で、『ギルバート・グレイプ』(1993)や『ザ・ホエール』(2022)に見られるように、ソファが基本的な生活空間であり引きこもりがちな肥満表象。後者は、肥満の中でも過剰な肥満として位置づけられます。

写真2:肥満表象が描かれる映画作品の例。

 ボディ・ポジティブ運動の影響により、「超」がつかない肥満は従来の否定的記号から肯定的記号へと変換されてきました。対して、病や死のリスクとともに語られる過剰な肥満は事情が異なっています。超肥満はかつてフリークスとして社会的に認識されていました。過剰な巨体は病理化され、モンスター化され、社会にとって異質な存在として扱われてきたといえるでしょう。しかし、英米圏を中心とする先行研究において肥満/超肥満表象はアイデンティティとして扱われる傾向にありました。では、肥満表象を即物的視点から脂肪としてみるとどうでしょうか。私は映画やアートなどの視覚文化を横断しながら、否定的身体としてみなされてきた肥満表象の両義性あるいは両義性を超越した物質性を見出そうと試みています。
 1990年代になり、インターネットが普及したこと、さらには昨今のVRやAI技術の発展により、私たちはデジタル空間へといざなわれています。テクノロジーの発展により、自在的身体が実現されつつある一方で、私たちの身体はただ重みを持ったまま、有限な身体として存在していることは翻ることがないでしょう。そのような現代において、私のおこなう脂肪研究は非常に重々しい物質を扱っていると言えます。脂肪表象を身体の重量感に注目し研究することで、有機的な身体のリアリティも提示したいと思います。

宮内沙也佳(立命館大学大学院先端総合学術研究科院生)

※1ゲーム空間においては、キャラクター同士の身体が侵犯し得る設定が散見されますが、本稿ではそうではない身体空間が主流にあることを前提に置いています。
※2過剰な空間消費については、性差が指摘されます。女性は男性よりも少ない空間で生活することを良しとされてきたことが度々指摘されています。詳しくは、肥満の医学言説を批判する立場をとり、2000年代初頭に英米圏を中心に確立したFat Studiesという分野横断的な研究群が参考になります。(Cooper, Charlot. (2010). “Fat Studies: Mapping the Field”. Sociology Compass. 4 (12): 1020–1034. や、Saguy, Abigail, Kevin Riley. (2005). “Weighing Both Sides: Morality, Mortality and Framing Contests over Obesity”. Journal of Health Politics, Policy, and Law. 30(5): 869–921.を参照)
※3ここでは映画業界のなかでも、主流とされるハリウッド映画を指し示す言葉として用いています。

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