統合失調症の子を抱える親をめぐる調査と自己
統合失調症とは100人に1人が発症するといわれる今やめずらしくもない精神疾患のひとつです。この疾患の特徴としては、発症年齢が思春期に多いこと、幻聴や妄想などを主とする陽性症状や、感情や考える力、意欲などが減退してしまう陰性症状が出現して、長期化傾向があること、発症の原因などが科学的に解明されていないことなどが挙げられます。
この疾患にかかった当事者やその親たちは多くの苦難に遭遇します。社会からの偏見や差別に苦しむこともあります。また、長期化しやすい疾患に親と子がどのように対応し、共生していくかなど様々な葛藤も経験します。
私は、これら統合失調症の子を抱える親についての研究を行っています。例えば、私が出会った親たちは「我が子が寛解して社会復帰を達成できるのでは」という希望を持ちながらも、自身の老いを感じ、「親亡き後」の子の生活に大きな不安を抱いているといったアンビバレントな感情をもって生きていました。これらの幾重にも深い苦難と葛藤の悲惨な結果として、親が子を殺害してしまう事件などが起こっています。
このような親たちがどのような経験のなかで生きているのかを調べる営みは、非常に重要である一方で、案外にもそれらの経験を聞き取り丁寧にその主観的現実を描写してきた研究は少ない現状があります。そのため、私は、その親が生きてきた歴史を聞き取るライフストーリー分析という方法を通して、彼/彼女たちがいかなる人生を歩んできたのかを調べています。そのなかで生起してくる課題に対して、どのような支援策が必要なのかを考えています。
調べる営みは、研究者としての自己が試される場でもあります。親からは「なんでそんなことが知りたいのですか」、「過去を聞いていますが、あなたは私の家系が原因だと思っているのですか」、「あなたは大学、大学院と出られて本当に立派ですね、うちの息子(娘)は・・」など、私自身に向けられる疑問や意見なども多いのです。その時に、私ははぐらかさず自己の経験を語ることを心がけています。つまり、自己の経験を語ることを通して相手と共にインタビューしあう場を作り、ライフストーリーを作っていくのです。私たちはロボットでもなければ、客観性という科学の鎧をまとった研究者でもありません。
それでも、私が研究という方法を選んでいるのには理由があります。それは、調査などの研究成果を批判的に検討することで、現場(フィールド)にいる人々の役に立ちたいからです。そのためには、常に「現場」の感覚を鋭敏にしておくことが求められます。実際に数週間泊まり込みで障害者の作業場で共に働かせてもらうことや、その生活のなかで親に同伴し仕事ぶりや生活ぶりを追体験させていただくこともよくあります。自己や他者を客観視することは重要ですが、それが調査者/被調査者という明確なかたちにのみ還元されるのではなく、いかにして研究を通した協同的な関係を築けるのかを模索していきたいと思います。
これらの議論を昨年度(2012年度)は若手研究者研究力強化型プロジェクトである多様な「生」を描く質的研究会や障害学研究会などで発表し、多くの有益なコメントをいただきました。本年度も多くの研究会で活発な議論を提起していこうと考えています。研究会メンバー、先輩、後輩、先生がた、そしてフィールドで私に関わってくださる全ての皆様に感謝申し上げるとともに、これからも愚直に研究活動に邁進していきたいと考えています。
青木 秀光