葛藤するシリアスゲーム――<まじめな学び>と<おもしろい遊び>のはざまで

掲載日: 2024年05月07日

写真1『シリアスゲームの社会的受容を問う――韓国の事例にみる「ゲーム」と「教育」の社会文化的研究』

拙著『シリアスゲームの社会的受容を問う――韓国の事例にみる「ゲーム」と「教育」の社会文化的研究』は、2020年に提出した博士論文を基にしています。シリアスゲームとは、1970年にアメリカの研究者Abtによりはじめて提案されたもので、エンタテインメント性のみならず、教育、医療、軍事、社会問題への喚起、トレーニングなど、特定の目的を持つゲームです。狭義としてあるスキルや知識の習得や理解を深めることを、広義には社会貢献を目指すことを目的としています。シリアスゲームはさまざまな分野で活用されています。

これまでシリアスゲームについて欧米を中心に活用され研究が展開されてきました。近年、ゲーム産業が盛んでいる東アジア地域において、とくに教育分野において活用が試みられています。一方、日本と韓国をはじめとする東アジア地域ではゲームに対する否定的な見方が根強く存在しています。未だにゲームを教育に応用することに懸念する声も大きいという共通点もあります。特に韓国では、デジタルゲームに対する韓国社会の否定的認識が強く、それを乗り越えようと「機能」と「効果」に特化した形で教育分野への活用を目的とするシリアスゲームが政府主導で展開されてきました。

しかし、シリアスゲームの活用の成功例は数少ないです。というのも、開発されても導入の段階で止まっているものや、十分に浸透せず既にプレイできなくなっているものが多いです。従来の韓国におけるシリアスゲーム研究は、ゲームの開発や、その効果を検証する研究とゲームの教育への応用をめぐる必要性を論じる研究の二つが行われてきました。この状況はゲームと教育との対立図式が固定化していることを示唆しています。

また、韓国のシリアスゲームの登場と展開に影響を与えた要因がいくつかありますが、シリアスゲームの開発や活用には注目した理工学的観点からの研究はされてきたものの、そのシリアスゲーム登場した背景やそこに影響を与える社会・文化的文脈、そのゲームに求められるものなどへの検討が十分にされてこなかった点が問題としてあげられます。

本書は、こうした内容を踏まえて、韓国を事例に、シリアスゲームがどのように展開、受容されてきたのか、また社会とどのように関わっているのかを検討したものになります。さらにいえば、そのような社会文化的観点が反映され、ゲームと教育の間で揺らいているシリアスゲームからその社会と文化を考えてみようとしたことからこの研究をはじめました。

写真2 MARAAS2023カンファレンスで報告する筆者(2023年9月30日、アメリカ)(撮影:川端美季)

本書では、これらの問いをもとに、シリアスゲームの定義や教育的活用をめぐる先行研究や政府の報告書、白書、新聞記事を検討し、さらにゲームデザイナやプログラマーなどの制作側とユーザー(プレイヤー、教育機関の関係者など)に注目し、インタビュー調査やゲームレビューなど多岐にわたる内容から構成されています。制作側はシリアスゲームを通じて伝えようとする意図や目的のためどういった工夫と戦略をしているのか。プレイヤーは、シリアスゲームをどのように経験し、解釈しているのかに関するプレイ経験についても考えています。また、ゲームそのものに対する「良い」もしくは「悪い」といったイメージの形成に大きな影響を与えた「場」にも注目しました。たとえばPC房(韓国式のネットカフェ)のような「依存」や「青少年の健康」の観点から警戒や規制すべき不健全な溜まり場として否定的に議論されてきた「場」についても検討しました。

次々と新たなテクノロジーが現れて、シリアスゲームの形も変化しています。以前とは異なるジャンルを合わせたり、アナログとデジタルの側面を備えたものあります。加えて、現地調査の手段としてゲームをしたり、歴史を保存するための資料として活用された事例もあります。このように今後のシリアスゲーム研究は、プレイヤーとゲーム開発者やゲーム研究者のみならず、歴史学や哲学、倫理学、社会学、人類学などの人文社会科学を含めた学際的な議論が不可欠になっていくでしょう。その中で、シリアスゲームの持つ特徴と社会文化的背景もまた組み合わせて考えなければならないと考えられます。

今後も私は、シリアスゲームにおける諸問題や可能性を考えることでシリアスゲームからその社会を考える、シリアスゲームを通じて我々の在り方をとらえようとする研究を進めていきたいと思います。

シン・ジュヒョン(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)

arsvi.com 「生存学」創生拠点

クラウドファンディング

書庫利用案内

「生存学」創生拠点パンフレットダウンロードページへ

「生存学奨励賞」

立命館大学大学院先端総合学術研究科

立命館大学人間科学研究所

立命館大学

ボーフム障害学センター(BODYS)

フェイスブック:立命館大学生存学研究所

生存学研究所のTwitterを読む