手話通訳における通訳者役割研究――実践と研究の架橋から

掲載日: 2024年04月02日

私は、コミュニティ通訳と呼ばれる、医療、教育、福祉などの対人援助場面の通訳者の役割について研究をしています。博士論文では、通訳者が要通訳者の言語を正確に忠実に翻訳するだけでなく、通訳実践場面で様々なコミュニケーションをつなげる行為(介入)を行っており、その現状を明らかにするだけでなく、介入の方法について基準を作成し、通訳者が基準に沿って介入行為を行ったり、振り返りを行ったりすること提案しました。博士論文は2016年3月に提出し、その後2018年に、博士論文の内容を加筆修正した書籍『対人援助における通訳者の倫理―公正なコミュニケーションに向けて―』を出版いたしました。おかげ様で多くの方に読んでいただき、反響・コメントなどいただくことができました。その中でも、特に、手話通訳者の方から、通訳実践場面での介入について学びたいという声を沢山頂くようになりました。

手話通訳の実践場面では、ろう者と対人援助の専門家(医療者や教育者、福祉専門職などの聴者)とのやり取りを通訳していくのですが、ろう者と対人援助の専門家との間に力の差があったり、コミュニケーションの慣習が異なることによるズレがでてきたり、社会的に弱い立場であるろう者が対人援助専門家に自らの意見を言えなかったりすることがあります。そのような場合に、「介入」が必要となるのですが、ろう者の自己決定を抑圧せず、またろう者の主体的な社会参加を促進するような形で「介入」を行わなければならないのです。手話通訳者は、自ら行っている介入行為が、正しいのか、またどのように振り返りをしたらいいかわからない状態でした。そこで、2020年に「手話通訳実践における介入基準作成と事例検討による介入行為教育方法の確立」(公益財団法人ユニベール財団研究助成採択)という調査研究を行いました。関西地域の聴覚障害者情報提供施設・手話通訳派遣事業所の方や、全日本ろうあ連盟、日本手話通訳士協会、また様々な関連機関の方々にご協力を頂き、アンケート調査、事例検討会の開催を行いました。調査はちょうどコロナ渦中だったため、最後まで調査を行うことができなかったのですが、多くのろう者や手話通訳者と意見交換ができ、実のある調査を行うことができ、ユニベール財団に報告書を提出することができました。

写真1:第21回日本手話通訳学会の基調講演のポスター

そのような調査のご縁から、各地の手話通訳派遣事業所などから、通訳者倫理や介入についての研修を依頼されるようになり、ご依頼があれば全国各地に赴いて研修を行っています。その活動の一つとして、2023年6月19日~8月18日までオンラインで開催されました、第21回日本手話通訳学会の基調講演をさせていただきました。オンラインでしたが、多くの方に視聴していただくことができました。自分の研究を実践場面にフィードバックすることができ、通訳者の生のコメントをいただけることで、新たな研究構想が浮かび、研究を展開することができています。

対人援助場面における、手話通訳と音声言語通訳の通訳方法の違いとして、音声言語通訳では、対話通訳(話者が話し終わったら、通訳者が通訳を行う)というのに対して、手話通訳は、話者が音声や手話で話している時に同時に手話で通訳するというものです。そのため、
音声言語通訳とは異なる順番交代(ターンテイキング)や、視線・頷きなどが見られます。現在は、いかに手話通訳者が、その場の相互行為の組み立てに関与し、ろう者と聴者という言語モダリティが異なる者同士のコミュニケーションにおいて、両者が言いたいことを伝えることができ、理解しあえる関係を作りだすことに貢献しているかの研究をエスノメソドロジー・会話分析を用いて行っています。

写真2:日本社会学会第96回大会にて発表する筆者

この研究については、2023年10月9日に開催されました、日本社会学会第96回大会にて、「手話通訳を介したコミュニケーションにおける通訳者のはたらき―インタビュー場面の反応の引き出しについて―」というテーマで口頭発表しました。手話通訳者は、ろう者が手話をよく見えるように、ろう者の正面に座ることが多く、また、順番交替のためのにろう者に視線を常に向けている必要があります。しかし、そのような状態の中でも、通訳者は、聴者(インタビュアー)に視線を向ける機会がありました。それは、①語の意味の確認などで、通訳者がろう者に対して自発的発言を行い、その確認行為の内容の伝達と終了を聴者に伝える行為、というものと、②同時に通訳をしているが、ワンテンポほどのズレがでてくるため、ろう者の話のクライマックスがどこにあるかを示し、聴者の反応を引き出そうとする行為が観察されました。このように、通訳者の「視線を向ける」という行為は、モダリティの異なる世界の両言語の訳出や情報の伝達を行っているだけでなく、適切な位置で適切な反応を引き出すために、通訳者は場面全体をモニターし管理していることを明らかにしました。このような通訳者の行為によって、ろう者と聴者がダイレクトコミュニケーションをしているかのように適切な位置で反応ができるように通訳者が貢献していることが分かりました。

研究のフィードバックを行うことで、通訳者の役割についての考察を深めることができ、新たな研究につなげることを通して、通訳者の豊富な技術を記述し、いかに要通訳者たちのコミュニケーション構築に貢献できるか、研究を続けていきたいと考えています。

飯田奈美子(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)

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