「日本と韓国のケア現場」
日本では2000年4月から、韓国では2008年7月から「介護の社会化」というスローガンのもと介護保険制度が施行されました。韓国では、主として日本の介護保険制度を参考に老人長期療養保険制度が創設されましたが、制度の内容に共通点がある一方で、相違が多くみられるのも事実です。
日本、韓国ともに急速な高齢化を背景に介護保険制度が創設・運用されたことで介護労働市場が形成・拡大されてきましたが、そのような介護労働市場の変化のもと、ケアの実践はどのように変化したのか。その担い手であるケアワーカーの働き方はいかに変わったのか。そうしたケア実践・ケア労働に対する介護保険制度のインパクトの差異について日韓比較を通じて考察するのが私の研究です。
私は韓国で社会福祉士として働いてきました。来日してからは、在日韓国・朝鮮人一世たちが暮らす京都の特別養護老人ホームで勤務しています。こうした現場での経験を踏まえつつ、社会福祉学をはじめとする様々な領域の広範な知識を習得し研究をしています。
ケアというサービスを提供するケアワーカーの質は介護福祉事業の成果を左右する重要な要素です。他の業種とは違って、利用者とその家族とケアワーカーとの人間的相互作用がサービスを提供するうえで重要な点となっています。その事業の成功の可否は有能な人材の確保や、その人材をいかに効果的に継続雇用できるかにかかっていると言っても過言ではありません。
しかし、両国の介護保険制度では、現場で介護サービスを行なうケアワーカーの人材不足や離職率の高さなどの問題が指摘され、ケアワーカーをめぐる諸問題は色々な形で顕在化しています。介護労働は、日本では3K(「きつい」「汚い」「危険」)、韓国では3D(”difficult” “dirty” “dangerous”)と呼ばれるようにきつい肉体労働に加え安い賃金のため、人材が集まりにくくなっています。
日本と韓国において介護保険制度は「人口の高齢化」と「介護の社会化」に伴って創設されました。人口が高齢化してもその高齢者をケアする人材がともに増加すれば問題ないのですが、現在両国においてケア労働市場は需要に比べ供給は低くなっています。韓国の場合、低賃金や高い離職率だけが問題ではなく、療養保護士(韓国のケアワーカー)の過剰養成によって、サービスの低下につながっています。養成された療養保護士の数は需要を超えていますが、介護現場では適切な人材の確保が難しい状況です。高齢者にサービスの提供をおこなう介護人材を確保することは重要な課題です。
これから日本は高度経済成長を経験した団塊世代が70代に入り、韓国も産業化と民主化を導いたベビーブーマー世代が60代に入っていきます。それに伴ってケア・介護サービスに対するニーズも高まると考えられます。2012年4月に介護保険導入から12年を迎えた日本と、長期療養保険導入から4年が過ぎた韓国の現状を、これからも継続して分析・研究することで、両国の今後進むべき道を明らかにしたいと思います。
最後に、私は2010年から生存学研究センターの研究成果などを韓国語に翻訳し、韓国語ホームページを作成し、韓国の人々に紹介しています。また、日韓障害学セミナーなどの国際セミナーでは通訳を務めています。このような役割を通じて、これからも日本と韓国の架け橋として生存学研究センターの国際研究活動に貢献したいと思います。