精神医療の近代・現代

掲載日: 2012年02月01日English

「生存学」創成拠点の研究活動は、三つの柱からなっています。その三つの柱とは、「生存学創成拠点・趣意書」 arsvi.comの「「生存学創成拠点・趣意書」」へのとおり、Ⅰ【集積と考究】(歴史及び現在の把握と理論的考察)、Ⅱ【学問の組換】(当事者・支援者による学問形成の場と回路の形成)、Ⅲ【連帯と構築】(生き難い世界での生の技法を提示)です。このうち、Ⅰ【集積と考究】は、「身体を巡り障老病異を巡り、とくに近代・現代に起こったこと、言われ考えられてきたことを集積し、全容を明らかにし、公開し、考察する」ものです。実際、これまで「生存学」創成拠点では、「障老病異」をめぐり語られてきたこと、知られるべき事実について、膨大な資料の収集・データベース化の作業がなされてきました。


本拠点の研究活動の三本柱

Ⅰ【集積と考究】の一つに、精神医療の近代・現代をめぐる批判的検証の取り組みがあります。2009年度には、「精神保健・医療と社会」研究会(院生プロジェクト) arsvi.comの「「精神保健・医療と社会」研究会(院生プロジェクト)」へが発足し、「〈精神医療〉の名のもとに実践されている多種多様な事象を、当事者性や現場性を尊重しつつもそれらに同一化することなく、理論的かつ経験的に──すなわち〈批判的〉かつ〈建設的〉に──検討する」(「2011年度活動計画」 arsvi.comの「「2011年度活動計画」」へより)ことを掲げて、これまで精力的な活動がなされてきました。最近では、本研究会主催で、山本眞理(長野英子) arsvi.comの「山本眞理(長野英子)」へさん(全国「精神病」者集団会員/障がい者制度改革推進会議総合福祉部会・部会メンバー/World Network of Users and Survivors of Psychiatry 理事)をお招きし、公開インタビュー「『精神病』者集団、差別に抗する現代史」 arsvi.comの「公開インタビュー「『精神病』者集団、差別に抗する現代史」」へが開催されています。公開インタビューは2回の休憩を挟んで4時間以上にも及び、また学外の院生や当事者の方も参加され、会場には熱気がこもりました(「開催報告」より)。

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一番奥:山本眞理さん(語り手)、右:立岩真也(聞き手)

精神医療の近代・現代をめぐる批判的検証といっても、実際には、アクターだけ見てもさまざまなものがあります。上記の山本眞理さんの場合には、精神障害当事者ということになりますが、精神科医による専門家批判(自己批判)のケースもあります。たとえば、「精神保健・医療と社会」研究会の研究代表者でもある阿部あかね arsvi.comの「阿部あかね」へさん(本学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程4回生/精神科看護)は、論文「1970 年代日本における精神医療改革運動と反精神医学」(『Core Ethics』6:1-11, 2010年)などで、日本精神神経学会の学会改革運動の歴史を検証し、反精神医学と医療改革運動が結びついた日本独自の経過を明らかにしています。また、論文以外でもデータベースとして、「精神障害/精神医療・年表」 arsvi.comの「「精神障害/精神医療・年表」」へ「反精神医学」 arsvi.comの「「反精神医学」」へ「社会復帰」 arsvi.comの「「社会復帰」」へなどの項目を作成され、これらのページは精神医療系の研究者なら勉強になることばかりです。

私自身も、これまで研究テーマの一つとして、上記の日本精神神経学会の学会改革運動とも連動する、1970年代以降の日本臨床心理学会の学会改革運動を取り上げてきました。日本臨床心理学会には、心理テストや心理療法(カウンセリング)を行う、いわゆる「心理職」についている人たちが多く参加しています。1970年代以降、彼らは、心理テストやカウンセリングの加害性を問題にし、臨床心理学や技術の総点検をはじめます。心理テストが障害をもつ子どもの選別のために用いられていることや、心理療法が対象者の生活総体を捨象していることなどが問題にされていきます。

1970年代以降の学会改革運動に関わってきた人たちは、ある意味で、精神障害当事者のことを真剣に考えてきた人たちだと言えます。最近、インタビューをさせていただいた宮脇稔さんもその一人です。宮脇稔さんは、1976年に浅香山病院に入職し、以後、本病院の臨床心理室で25年間、精神障害者社会復帰施設で8年間、心理職として仕事をされてきました。現在は、大阪人間科学大学教授、全国保健・医療・福祉心理職能協会会長という御立場で、医療心理職の国家資格化の問題に取り組んでおられます。とても温厚な人柄で、私のインタビューにも丁寧に答えてくださいました。

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左:宮脇稔さん、右:堀智久(筆者)

宮脇稔さんは、1970年代の日本臨床心理学会の理念にも共鳴し、基本的には心理職の資格はない方がよいと考えています。なぜなら、心理職の資格といった場合、たとえば、カウンセリングを行う資格というわけですが、本来、人の悩みの相談に乗ってあげるのは、その人にとって気の置けない人なら誰でもよいはずだからです。

しかし、1980年代後半にもなると、精神障害者の人権擁護やコメディカルの充実が叫ばれる時代にあって、厚生省は医療心理職の国家資格化に着手し、日本臨床心理学会としても国家資格を否定し切れない状況に追い込まれていきます。こうしたなかで、日本臨床心理学会でも医療心理職の国家資格化を支持するかしないかで、立場が二分されます。宮脇さんは、精神障害者の社会復帰を支援するためには、医療心理職の制度的な裏づけが必要であることなどから、医療心理職の国家資格化に関わる道を選ぶことになります。

本ページのはじめで、「精神保健・医療と社会」研究会の取り組みを紹介しました。実際、「生存学」創成拠点には、精神医療の現場で働いている人も含めて、多くの精神医療系の研究者が関わっています。2011年3月には、生存学研究センター編『生存学』Vol.3 arsvi.comの「『生存学』Vol.3」へが発刊されましたが、本誌では、「精神保健・医療と社会」研究会のメンバーを中心に、特集「精神」を編むことができました。本誌は、精神医療系の研究者ならば、持っておいて損はない本です。定価2,310円(税込み)のところ、送料込み2,000円でお送りできますので、ぜひお買い求めください。

堀智久(グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点ポストドクトラルフェロー)

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